星の体温で眠って
「ちょ、ちょっとひよ里サン! そんな急いでドコ行くんスか?」
「どこってそんなん、朝緋んトコに決まっとるやろ。『演説が終わってからなら行ってもいい』って言うとったやんけ!」
「それはひよ里サンがやることすっぽかして朝緋サンのところ行こうとしてたからでしょう!」
「ああ? 別にもうやること終わったんやからええやんけ! オマエにグチグチ言われる筋合い無いわボケ!!」ゴンッ!!
「痛い!」
「……オマエやって、ずっと気になっとったやろ。――アイツの、霊圧の変化」
「……」
「ホレ。……アイツのおるトコからこんだけ離れとってもよォ分かるくらい、霊圧デカなっとるやんけ」
修練場で演説をしている最中。隣の――とはいえ距離の離れた修練場から、とても逞しい霊圧をひしひしと感じていた。それが見知らぬ人のものであれば、誰も気にはしなかっただろう。だが、それがつい一年程前までは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた雑用係のものだったから――彼女は真っ先にそれに気がついて、ずっとソワソワしていた。
ひよ里サンは、あの子の事を気に入ってるから。しばらく会っていないだろうし、会いに行きたくて仕方ないのだろう。現に隙を見て居なくなろうとする彼女に「まだやる事残ってるんスからあとでにしてくださいよ、ね?」とやんわり静止を促したのは言うまでもない。
「……ハハ。こりゃまた随分と逞しく成長してるみたいっスねぇ」
「ココ来る前は、みんなと離れるのが寂しい〜〜言うてピーピー泣いとったくせにな」
「……ええ。ホント、朝緋サンの成長はあっという間っスねぇ。……もう始解出来るようになってるなんてビックリっスよ、ハハハ」
「っ何が『ハハハ』や! なんでオマエが朝緋のこと遠くに感じてんねん! シバくぞコラァ!!」ドスッ!!
「!」
――ドサッ
不意に鳩尾へ衝撃を感じたのもつかの間、彼女の渾身の飛び蹴りが炸裂したと思った頃には尻もちをついていた。鳩尾の鈍痛へ手を添えながら、突然の出来事に驚いて彼女を見上げる。すると――腕を組んで眉尻をキッと釣り上げた、まるで般若の如き険しい顔がこちらを睨みつけていた。
「朝緋は死神になるんを自分で選んだんとちゃう、オマエが“選ばせた”んやろ!」
「……」
「アイツを戦場に立たせるために力つけさして、ここに放り込んだんもオマエや!」
「……」
「それやのになんでオマエが他人事みたいな顔してんねん!!」
「……それでも、結局選んだのはあの子じゃないっスか」
「!!」
「それに、他人事だなんて思ってないっスよォ。さすが朝緋サンだなぁって、微笑ましく思ってますって」
「それが他人事やと思てる、言うてんねん」
「……?」
「なんで心配せぇへんのや。浅打持って一年で始解なんて無茶苦茶にも程があるやろ!」
「……」
「……オマエ、ホンマはもう心ん中で『いつか朝緋が無茶して死んでも仕方ない』って思とるんちゃうやろな」
「……」
「この先もし朝緋の無茶を許してアイツが死んだら、ウチはオマエのこと一生許さへんからな。覚えとけよ!」
……心配なんて、とっくにしてる。してるに決まってるじゃないか、と。喉まで出かかった言葉を飲み込んで、朝緋の元へ向かった彼女の小さな背を見送る。
あの子は今、どんな顔をして前に進んでるんだろう。痛い時は痛いと、きちんと言えてるんだろうか。本当は怖いのに、笑ったりしてないだろうか。……痞えるものを吐き出す代わりに、ただ無事を祈った。それしか出来なかった。ボクはきっと、また間違える。朝緋の覚悟を弱さだと決めつけてしまう。謝罪すら憚られる日々を、舌に馴染んで忘れられなくなるほど飴玉を口にして誤魔化してきた。――同じ間違いを繰り返すくらいなら、他人事でいたほうがマシだ。今まで何度もそうして合理を選んできたじゃないか。まるで言い聞かせるように、ただ立ち尽くしたまま一歩たりとも足を動かさなかった。
「自分で自分の道を選ばなければ、誰かの物語に飲み込まれて終わり。その為に、自分の目で見て、触れて、考えて選び取る」
「それが、“生きる”ということ。……そう、思いませんか?」
「私は、正義感とか献身とか、そんな理由で強くなろうとしてる訳じゃないですよ」
「自分に負けたくない」
「私は、誰よりも強くて格好いい女になるんです」
――朝緋はいつだって前を向いていて、芯が真っ直ぐで、決して自分を曲げたりはしない。立ち止まるくらいなら、どんな痛みを受けてでも前に進むような子だ。男の自分ですら羨ましいと思うくらい、格好いい女なのだ。
「……無茶して死ぬなんて、そんな中途半端なことをあの子はしないっスよ」
「――!」
「何がなんでも生き残ってやる。私は頑固で負けず嫌いなんです、死んでたまるか! ……って、朝緋サンなら言うんじゃないっスかね、きっと」
遠ざかる小さな背中へ、独り言のように呟いた。彼女は足を止めたあと、こちらを振り返ることなく「しょーもな!」と吐き捨てて、今度こそ朝緋の元へと走り去ってしまった。
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