霧散する叫びは誰のもの




「やっほー、久しぶり」
「見てこれ、すごい可愛いでしょ。コスモスって言うんだよ」


 ――寂れて今にも崩れそうな廃屋のたもとへ、彩度もコントラストもチグハグなビビットカラーを添える。可愛らしい花を届けたところで、この廃屋が元の活気を取り戻すわけでもないけど。この場所を輪廻の始まりと定めた人達のことを思えば、お誂え向きの仏花よりもついつい花瓶に飾りたくなるような花を贈りたい。私はそういう人間だ。……いや、もう、人間じゃないのだけど。

 流魂街の雑木林にぽつりと佇むここは、一年前と違って随分と朽ち果ててしまっていた。大好きだった霊術院の友人が最期まで戦っていた場所。私はここへ、花を手向けに来た。既に現世にて死した者たちの集うこの世界において、さらに輪廻へ向かった人々をこうして悼むことは文化としてどうなのだろう。分からないけど、未だ私の記憶にはっきりと残っている物語の中では、丁寧に弔っていた覚えがある。だからこうして――所謂一周忌にあたる命日に合わせて、花を手向けに来た。


「――君が教えてくれた夏祭り、今年は行ってみたんだ。一人だったけど、いろんな出店があったから全然退屈しなかったよ」
「打ち上げ花火もね、欲張ってすんごい近くで見たの。あの心臓に響く感じがたまらなく好きでさー。……今まで見たどの花火よりも近かったからかな、迫力が半端じゃなくてめっちゃ楽しかった。あれは死ぬまで忘れないと思う」
「……それと。私、ちゃんと二回生に進級したよ。飛び級試験も全部合格して、今度ついに卒業試験を受けることになったんだ」
「……二年で卒業するって決めてたからさ。結構大変で、出来なかったらどうしようって何回も不安になったりしたけど……でも、なんとかここまで来れたよ」


 手向けたコスモスが、風に靡いてひらひらと花弁を揺らしている。その鮮やかなピンク色は、いつもニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべていた彼女みたいだった。……だから、花屋で見つけてすぐに手に取ったのだ。きっとこれをコサージュにしたら、彼女によく似合うのだろう。


「恋の進捗は全然ダメで……って、進むつもりは微塵もないんだけど。……それでも、あの人のために頑張るって腹括ったから。見守ってて欲しいな」
「……じゃ、また来るね。今度は死覇装見せに来てあげる」


 あの日は冷たい雨が降っていたけど、今日は雲ひとつない蒼天が私たちを見守っている。朗らかな空の色に、太陽に色めく暖かな木の葉がよく映えている。そこに混ざるビビットは一際目立っていて、力強くて、私はまた彼女に背中を押してもらっているようだった。……ありがとう。私はとても良い友に恵まれたのね。願わくば、もっと一緒に居たかったのにな。


 雑木林を抜けてしばらく歩けば、活気のある街まで戻ってくる。せっかく休日に流魂街へ来たのだから、少しくらい寄り道して帰ろうかな。そう思って、ふんわりと香ばしい匂いの漂う茶屋へ吸い込まれるように立ち寄った。
 鼻腔を擽り、空腹を訴える私を誘う匂いの元は、焼きたてのお団子だったらしい。欲のままに串団子とお茶を注文した私は、店外の閑散な大通りに用意された席へ適当に腰を下ろした。

 素朴な味でも、こうして趣ある世界の中に溶け込んで食べる団子は格別に美味しく感じてしまう。そう思うあたり、私はまだ自分を部外者だと思ってる証拠なんだろう。――この世界に来て二年。霊力を得て死神を目指し、私という存在をこの世界に縫い止める斬魄刀も結ばれたというのに。ふと自分を客観した時に感じるのは、いうなれば憧れの世界に溶け込んでごっこ遊びをしているような感覚だった。


(……ん?)

「――あ、」


 残った串団子はあと一本。勢いのままに食べるのは少しもったいない気がして、伸ばした手で湯呑みを掴んだ時だった。ふと見知った霊圧を感じた気がして、パッと目線を上にあげる。すると――どうやら向こうも同じことを思ったのか、バチリと視線がかち合ってしまった。


「……おや。どうかなさいましたか、平子隊長」
「なんや。オマエがこないなトコおるなんて珍しいやんけ」


 向かいから歩いてきた真子さんは、私を見つけるなり自然と声を掛けてくる。……隣に、“藍染惣右介”を引き連れて。


「隊長のお知り合いですか?」
「ん、まぁそんなトコやなァ」
「……こ、こんにちは」
「こんにちは、霊術院の学生さん」
「今日は休みなん?」
「え、ええ、まあ。そんなところです」
「……華の女学生が一人でお茶かい。寂しいやっちゃなァ」
「べ、別にいいでしょう。一人でお茶してたって」
「しゃァないからオレも付き合うたるわ。なァ、惣右介」
「(な、何言ってんの――!?)」
「ダメですよ、どさくさに紛れてサボろうとしないで下さい。先程も茶屋に立ち寄ったばかりじゃないですか」
「サボりとちゃうわ、ボケ。休憩や、休憩」
「お、お茶されるんでしたらお二人でなさればいいじゃないですか! ほら!」ズザザッ
「……そない露骨に距離取られると傷つくんやけど。なんやオレ、嫌われとるんか?」
「やや! そんな! 私のような一人でお茶をする陰鬱女学生が、隊長格のお二人と同席なんてとんでもない! 私はこちらで失礼します!」
「……フラれましたね、平子隊長」
「やかましいわ!」


 最後の一本だった串団子を引っ掴み、これでもかと言う程大きく口を開け、串に刺さった団子を一口で全て口の中へ。湯のみに残ったお茶でゴクリとすべて流し込み、代金を適当に置いて店を出た。途中、ろくに噛まずに流し込んだせいで団子が喉に詰まりそうになるのをなんとか誤魔化して、未だこちらへ視線を向ける彼ら二人にピシッと綺麗に会釈をする。そして、彼らの様子など少しも確認する間もなくぐるりと勢いよく踵を返した。


「(や、やべー! 藍染ラスボスに会っちゃったんですけど!)」
「(ていうか真子さんも何普通に話しかけてきてんだ、こちとらただの一般人だっつーの! あんたとは立場が違いすぎるっつーの!)」
「(……って、急に隊長格に遭遇して慌てる女子生徒を装ってみたけど……あれで良かったかな)」


 久しぶりに出会った『こちらが一方的に知る人物との初対面』に、すっかり平静の装い方を忘れてしまっていた。霊術院に入学してから原作キャラに会うことがなかったから油断していたよ。……そんな時に限って一番油断しちゃいけない人に会うなんて。寿命縮んだかと思った。いや、マジで。


「(裏切り者なのに敵意も何も感じない、優秀な副官にしか見えないんだもん。怖すぎる)」


 五番隊副隊長、藍染惣右介。その実は、尸魂界を欺き続け、この世界の裏で糸を引く白き衣の反逆者である。けれど、彼の声も視線も、振る舞いも。何一つ違和感を感じ取れなかった。その完璧な偽装を目の前にして私が感じ取ったものは『恐怖』のみ。……あの男が、彼を傷つけ貶める張本人だと知っているはずなのに。本能的な嫌悪感はあれど、そこには怒りも憎しみも……何も湧いて来なかった。こんなにも、このまま平和な日々が続いて欲しいと願っているのに。あんな事件なんて起きなきゃいいと、本気で思ってるのに。


「……未来を知ってるとかバレたらタダじゃ済まないよなぁ……気をつけないと」


 私は、しがない霊術院の女子生徒。無名のエキストラ。白き衣の反逆者にとって“そう思ってもらわないと”いけない。――と、よくよく噛み締め熟考しながら、学生寮までの帰路を歩いた。

 敵を欺くことは決して簡単なことではないと、この時はまだ、よく分からないままだった。



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