残り香を纏った君を抱く
「『想いを力として具現化する能力』……って、なに? どういうこと?」
「どうもこうもない。言葉の意味そのままだ」
「……その意味が分からないから聞いてるんですけど」
「なるほど。猿でもわかるように説明してほしいということだな?」
「(いちいち癪に障る……!)」
「――この斬魄刀は心を映す刀だ。敵を斬る意志が強いほど刃は鋭くなり、攻撃を防いで守りたいと思うほど、頑丈な盾にもなる」
「……」
「必ず生きるという不屈の意志すら、霊力として具現化する。お前が心に抱いた“想い”の全てが、この刃を通して力に変わる。それが私の――
翡芲の能力だ」
「……なんか、すごいね」
「――故に。私を使いこなす上で重要なのは、“いかに戦況に応じた強い想いを持てるかどうか”だ。それに全てがかかっている。お前が少しでも怯み、躊躇い、恐怖すれば――その刃は、紙すら斬れない
鈍らに一瞬で変化するぞ」
……面白い、不思議な能力だと思った。そして同時に、これほど私に似合いの能力は無いだろうとも思った。頑固で意地っ張りで、負けず嫌いで。そのくせ卑屈で、自分に自信なんてこれっぽっちも持てない私が……自分の想いを武器として戦うなんて。最高に皮肉の効いた、私らしさ全開の能力。――まるで、使いこなせる気がしなかった。
――ザシュ!
――ギェェエエエ!!
「……浅かったかぁ。次はもう少し、強く……」
だから私は、実戦で使うのをずっと躊躇っていた。扱いが難しかった。彼の言う通り、私が少しでも迷いや恐怖心を抱けば、なんの力も貸してくれなくなるから。霊圧操作とか、斬魄刀を生かした戦術とか、そういう問題ではなくて。ただ単純に“私の心を克服する”のに、ものすごい鍛錬が必要だったのだ。私は技巧を磨くばかりで、精神力を鍛えたことはほぼなかったためにかなり苦戦した。いやはや本当に。
翡芲の性格が悪いのは、自分を未熟だと思う私自身の顕れなのだと以前言っていたけど……皮肉にも程がある。
『戦いに必要なのは“恐怖”じゃない。そこからは何も生まれない』
『躱すのなら“斬らせない” 誰かを守るなら“死なせない” 攻撃するなら“斬る”』
――だが。なんの因果か、私の能力は奇しくも“愛する男が先の未来で説いた教え”に倣ったものだった。……単なる偶然、そんなこと分かりきっているのに。かつて、彼の言葉を心の中で反芻して危機を乗り越えた経験を思い出して、胸が温かくなった。斬魄刀鍛錬への執着は異常に膨れ上がり、モチベーションの塊と化した私は、輪堂先生が呆れて物も言えないくらい……ただひたすら、毎日何時間も
翡芲と向き合って特訓した。本当はもっと使いこなせるようになってから使いたかった、というのは紛れもない本音ではあるけれど……それでもその甲斐あって、なんとか形にはなったんじゃないかと思っている。
「さて。……終わりにしようか」
これで“必ず斬る”。それだけを強く願い、想いを乗せた刃を天に掲げた。――
翡芲へと収束する霊力の渦が私を取り囲んで、つむじ風が頬を撫でる。
ゴウゴウと吹き荒れる風の音。夜空に輝く星々が、刹那の瞬きを見せた時。
鋒が仮面の奥に隠れた双眸を捉えたその瞬間――ほんの僅かに、切なそうな瞳がこちらを向いたような気がした。
――グォォオオオ!!
(……やっぱり、背後から仮面を斬るセオリーは……守った方がいいのかもな)
巨大虚が宙へ霧散する様子を眺めながら、心へ雪崩れ込んでくる後味の悪さに思いきり顔を顰める。私がしているのは殺戮でも断罪でもなく、救済であるはずなのに。倒す瞬間に目が合ってしまうというのは……どうも気持ちの良いものでなかった。……慣れればまた、違うかもしれないけれど。次からは立ち位置には気を付けよう。
――しかし。そんな余韻も、突如響き渡った衝撃音にかき消される。
「!! 輪堂先生!!」
「ぐっ……」
どん、という強い衝撃音。弾かれたように顔を上げれば、輪堂先生が相手をしていた巨大虚の捨て身の攻撃に耐え切れず――勢いよく弾き飛ばされ、衝突した家屋が激しい音を立てて崩れていた。
「輪堂先生!! 大丈夫ですか!?」
「あ、はは……ごめんごめん。君が本体を倒してくれたからギリギリ助かったよ」
「た、助かったって……何言って……っ!」
周囲を包む砂煙をものともせず、空を切って急いで彼の傍らまで駆け寄った。……すると、目に飛び込んできたのは……頼りなさそうに笑う、輪堂先生の姿。巨大虚の鋭い爪に肩を貫かれたのか――右肩から先の腕が、無くなっていた。
「僕が相手してたのは分裂した個体だったみたいだね。いやぁ、あと少し遅れてたらどうなってたことやら」
「っ、もういいから喋らないで下さい! すぐに手当てします!」
「平気だよ。ただのかすり傷だから」
「これのどこがかすり傷なんですか!! いいから黙って!」
「いや、本当に平気だってば」
「っ、平気なわけ――」
あまりにも痛々しい姿に直視する事が出来なくて、悔しくて俯き加減でギリッと奥歯を噛みしめる。腕を斬り落とされて平気なわけがない。彼の傍には、刀を握ったままの千切れた腕だって落ちている。見え透いた嘘なんかつかないで欲しい、そう叫ぼうとした私の言葉は――彼がおもむろに右肩の裾をたくし上げたことでぶつりと途絶えた。
「僕ね、右腕は義手なんだ」
「――!」
「そこに落ちてる腕はただの義手。本物の右腕は十の昔に千切れちゃってるから。平気平気」
「……」
「ほら、血なんか一滴も出てない。僕は全然平気だよ」
「……」
「……翡葉さん?」
「……平気じゃないでしょ、」
「?」
「『刀なんてもう握れない』って……義手だから戦えないって、そういうことだったんですか」
「うん、その通り! こんな簡単に壊れちゃう腕じゃ、とても戦場には立てないからね」
「……」
「もう、そんな顔しないの。君が気に病むことなんて何ひとつないじゃない」
「じゃあどんな顔すればいいんですか。お世話になってる人の腕が千切れて、でも実は義手でしたって言われて。普通になんて出来ないですよ。馬鹿ですかあなたは」
「え、ええ……?」
「『心配して損した』って笑えばいいんですか? ええ? 私をそんな不謹慎な女にしたいんですか?」
「い、いや。そんなつもりじゃ、違――」
「だああ、もう! 義手だろうとなんだろうと腕千切られてんのは事実でしょうが! ヘラヘラしない!! あの腕はおもちゃでもなんでもない、輪堂先生の一部でしょう!!」
「え、あ、は、はい」
「……だから、」
「?」
「だからもう、平気だなんて笑っちゃダメです。そんな風に笑ったら、きっと……その腕を作った人だって怒りますよ」
ぽかん。輪堂先生は固まっていた。
「――おーおー、相変わらずこないなとこでも世話焼いとんのォ」
「え、」
しかし、その瞬間。
懐かしい声が突如背後から聞こえて、思わずぶんっと音が鳴りそうなほど勢いよく後ろを振り返った。
「自分の身も守れへんハゲは放っといたらええねん! オマエはコイツの母ちゃんか!」
「ひ、ひよ里さん!? どうしてここに……!?」
「アホ。ウチだけやない」
「……!」
ピッ、と親指を後ろへ指すひよ里さん。その方向へと視線を動かせば――……
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