残り香を纏った君を抱く




「そんなことより。腕、また千切れちゃったんスか?」
「え? ああ……いや、『また』って言わないでよ」
「えー、輪堂サンが自分で言ったんじゃないっスか。『本物の右腕は十の昔に千切れちゃってる』って」
「……その話も聞いてたの? まったく、元隠密起動は侮れないねぇ」
「まったく、はコッチのセリフっスよ。アナタの義手に使ってる素材、なかなか入手出来ない特殊素材なんスよ? 大事に使ってくださいねっていつも言ってるじゃないっスか」
「……やっぱり怒ってる?」
「いえ。ボクの言いたいことは朝緋サンが代わりに言ってくれましたし」
「……そう。ごめんね」
「――これを機に、もっと頑丈な素材で作り直すってのはどうっスか? 対虚用のトクベツ仕様にするとか!」
「やだよ。そんなこと言って、どうせ自分が作ってみたいだけで、あわよくばがっぽり稼ごうって魂胆でしょ」
「えー、ボクってそんなに信用されてないんスか?」
「君ほど胡散臭い男に僕は出会ったことないよ」
「……前腕部分に仕込み刀隠したり、切断されたら起爆する手榴弾を装備したり。……ホラ、面白そうじゃないっスか」
「ちょっと気になるけど、男のロマンが詰まってるけど! それじゃあもう義手じゃなくて武器じゃないか!」
「……じゃ、トクベツ仕様は要検討というコトで。――ひとまず、そのままじゃ修理が終わるまで不便でしょうし、引率が終わったらウチに来てください。代替品ならいくつか用意があるんで」
「うん。……いつも悪いね」


 輪堂が申し訳なさそうにぽつりと漏らせば、喜助は「同期のよしみじゃないっスか。気にしないで下さい」と言って微笑んだ。





 ***





「あー! 最後の一体! 私が倒そうと思ったのに!」
「ハッ、残念やったなァ! これでウチの勝ちや!」
「もー。ひよ里さんも始解で戦うなんてずるいじゃないですかぁ。手加減して下さいよ」
「アホか! それじゃあ勝負にならんやろボケ!!」


 私の涙ぐましい努力も虚しく、どっちがより多くの虚を倒せるかの勝負はひよ里さんに軍配が上がった。そりゃそうだ。私が副隊長の実力に勝てるわけがないんだから。むしろ、最初からこれっぽっちも勝てるとは思ってなかったけど。ひよ里さんはいつもこうした下らない勝負を私に仕掛けてくる。恒例行事といっても過言ではない、いつものノリ。


「ほな、今度メシ奢ってな」
「はぁー、仕方ないなぁ。でも、大衆向けの安いところにして下さいよ? 私もう貯金そんなに残ってないんですから」
「んなもん喜助にたかって来ィ!」
「(なぜそこで浦原隊長が出て来るんだ……)」
「ホラ。噂をすればなんとやらや。財布が歩いてきよったで」
「……ちょっと。ボクのいないところで二人してなんの話してるんスか?」
「別に大した話じゃないですよ。ていうか、浦原隊長まだ帰ってなかったんですか? 早く寝てくださいって言ってるのに」
「だって、片腕の輪堂サンをあのまま放っておくわけにはいかないでしょう?」


 「生徒サンたちが集まってる場所まで送り届けてきたんスよ」と言って、彼はその疲労の滲む顔にヘラヘラとした笑みを浮かべた。それならそれで、送り届け終わったのなら帰ればいいのに。なぜわざわざ戻ってきたのだろう。そう疑問に思って首を傾げていると、「それに、」と言って彼が言葉を続けた。


「それに、朝緋サンに言いたいことがあって」
「え、わ、私に言いたいこと……? なんですか急に。……ハッ、も、もしかして帰れって言ったの怒ってます!?」
「違いますよ。全然違うっス」
「え、じゃ、じゃあなんだ……鍛え方が足りないとか? 刀の振り方がなってないとか? それとも――」
「もう、なんでボクが説教すること前提になってるんスか。違いますって」
「……説教くらいしか話の内容に心当たりがないのですが……」


 この状況で言いたいことがあると言われたら……よもや、最後に会った日の出来事を蒸し返すとも思えないし。「帰れ」と言った件についてではないのなら、私の戦い方に関することしか思い浮かばなかった。彼の事だから、説教というよりも私の弱点をよく見抜いてるような言葉。あれがなってないとか、それじゃあダメだとか。そういう話かと思ったのに。


「約束。忘れたわけじゃないんですけど、一応きちんと言葉にして伝えておこうと思いまして」
「……約束?」


 『約束』
 ――とても私たちには似つかわしくない、その四文字。
 それがどうやら今、彼と私を繋ぎ留めているらしい。


「――翡葉朝緋サン。十二番隊隊長として、アナタにお願いがあります」
「は、はい……?」
「卒業したら、十二番隊へ入隊して下さい」
「!」
「アナタを十二番隊へ迎え入れたい。それをきちんと伝えるために戻ってきました」
「……」
「……みんな、朝緋サンのこと待ってますよ。入隊祝いも兼ねて、また、みんなで花見しましょう」
「……」
「今度は一緒に、満開になった桜を見れそうっスね」


 ――まるで、なんて事ないように。ふわりと笑うその姿は、私の網膜に強烈に焼き付いた。美しい闇のキャンパスに散らばった綾なす星々の中に、うんと輝く一番星があった。どこにいたって、どんな時だって、強く光り輝く私の一番星。ああ、もう、なんて眩しい輝きなんだろう。
 ……胸が痛くて痛くて、このまま張り裂けて死んでしまいそうだった。私が心の奥底に封じ込めた恋心が、こんなところに閉じ込めないでと悲鳴を上げて泣いていた。ただの口約束を覚えられていた程度で、抑えきれないほどの喜びを感じてしまうのは……きっと、私の生涯にはたったひとり、この男だけ。こんなふうに喜んではいけないと捨てたはずの恋心は、たった一言でいとも簡単にぶり返す。私の心をこうも揺さぶれるのは、この男だけだ。どうしようもなく愛おしい、この男だけ。
 もし、心というものが目に見える形で存在していたのなら。私はきっと今、呼吸を止めていたかもしれない。


「あ、はは。改まって何かと思ったら……なんだ、そんなことか」
「……、」
「そういえばそんな約束してましたね。いやー、危ない危ない、忘れてた」
「……朝緋サン、」
「いいんですか? こんな意地っ張りの減らず口で、隊長に楯突くような女を引き入れて」
「……」
「……あなたは私と違って、誰にでも頼れるような立場じゃないのにね。誰にも頼らないくせになんて言って……最低だ、私。ただの八つ当たりです。ごめんなさい」
「……いいんスよ。もう、昔のことなんスから」
「……でも。十二番隊へ入ったら、また、馬車馬の様に働きますから。――ううん、前よりも、もっとです。パワーアップした翡葉朝緋が、みんなのこと支えて、守ります。だから……」
「……」
「――私を、また、あなたの部下にして下さい」


 どれだけ手を伸ばしても、決して届かない。近づこうものなら、その身を焦がしてしまう。それなのにどうして、私たちは過去の光を美しいと思うのだろう。先ゆく星々は、そんな私たちをどう思っているのだろう。
 ――叶わぬ恋を追いかけて、たったひとりを愛し続ける私を。あの一番星はどう思うのだろう。



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