七夕


※尾形との子供が最後ちらっと出てきます





俺らしさも出しつつ、共感が出来て、誰かに訴えかける作品が出せるのなら、自分という一人の人間が生きていたって証を誰かに残せるような気がしてならない、万年筆を手に取り人付き合いが苦手な尾形百之助が唯一選んだ職は小説家である。人の感情など考えたことも無く、小説なども読んだことがない彼は一体何を作品に込めるのか自分でさえも分からなかった…ただ淡々と自分の生き方を用紙にインクを染み込ませ文字に書き起こし文章にしていく、彼の姿は何処か浮世離れをしている。今どき紙を使うなんてとせせら笑う者もいるだろうそれでも彼は筆を走らせる、なにかに追われるように生き急ぐかのように。蝉が泣き、車の走行音が聞こえ、夕方になると子供達の笑い声が聴こえる、夜になると家族団欒でもしているだろうか、カレーの匂いが立ち込めていていた。顔を顰めて筆を置き机の上に肘をかけ頬杖をし口を開く

「俺もあんな風にどこか違う世界線で家族団欒出来る…そんな祝福された道はあったのだろうか」

呟いた声は誰にも聞かれずにポツリと暗闇に消えて行った。自分の書いた原稿用紙を見るが、もう集中力は切れており書けるものも書けなくなっている。家族とは何なのだろうかと考えたがそれは今の尾形百之助には一生解けない問題である。彼の家庭は家族として機能していない機能不全家族であった。今の時代ではよくある話でありよくある出来事だと尾形は受け入れていて、でも、もし、可能性の話であるが、ちゃんとした家庭に産まれていれば俺はこんな風にはならなかったのではないか漠然とした気持ちに覆われる…馬鹿馬鹿しいことは分かっていても考えてしまうのだ。


アクション映画を見てあんな風に戦えたら、俺なら上手く出来たのにと思う事はあるだろう、恋愛映画を見て自分もあんな恋をしたいと思う事もあるだろう。尾形はそれと同じモノを考えていた。よくあるホームドラマを見てあんな家族の元へ産まれていたのならば…その気持ちを彼は周囲の家族を見て物心をついた頃からずっと尾形百之助は感じ考えてきた。父親には会った事がなく狂った母親の元で育った。親の愛に飢えていた、叔父叔母の愛は貰っていたが欲しいのはそれではなく親からの愛、自分だけにしか向けられない愛情が欲しい今も誰かに一人の人間として求められたい、認めて欲しいと願っていた。ははっと笑い前髪を撫で上げて俺の感情を気持ちを認めて欲しいがために小説家になるなんて馬鹿げているなと改めて自分の馬鹿さ加減に呆れていく、もうこの家へこもり、どれくらい経ったのかそれさえも分からなくなりそうで今日は何日なのだろうかとカレンダーを見て今日の日付を確認する。

七月六日


今日の日付は七月六日か…彼はそれを見るとちっと舌打ちをし腹ごしらえのために財布と鍵を取り外へ出た。

彼には明日の七月七日、七夕の日に苦い思い出がある。彼が小学低学年の時、レクリエーションで短冊を書くイベントがあり、短冊に「かぞくがほしい」と書いて飾った記憶があった、小さい頃はなんでも願いが叶うと聞くと本当の願い事を書いてしまう純粋な頃が彼にもあったのだ。しかしそれが不味かった、それを見た先生が母親を呼び出して彼が書いた願いについて話したらしく母親がその願いを知ってしまったのだ。家へ帰ると怒鳴られ泣き叫ぶ母親の姿を見て

「あぁ、ぼくには 家族なんてできないし 望んちゃいけないんだ」

と小さい頃に記憶してしまった思い出が今も尚心を苦しめて、じわじわと心が闇に溶かされていく。

苛立ちが彼を支配して行く中、尾形の元へ1つの細長い紙がふわりと空から降ってきた「あ?」空を見上げて周囲を見ても、家が密集している住宅街でどこから降ってきたか検討も付かない。「短冊か?」まさかなと笑いながらそれをポケットに入れてコンビニへと向かう

カサカサとポケットの中で存在感のある紙を手でなぞりながら買い物を済ませ家へと戻るとポケットの中に入れていた短冊らしき物を出して机の上に置くと男はとち狂ったのか万年筆で【かぞくがほしい 】と書いて窓の方へ向かい短冊を飛ばした。ひらりひらりと靡きながらも風に乗り空へ舞っていく短冊を消えるまでずっと眺め続けた。


スマホが震えて、誰だこんな時間にと舌打ちをしながら画面を見ると息を潜めてしまう、何故ならそこに表示されていたのは

ななしのごんべえ

焦る気持ちを抑えて出ると
『 明日時間空いてますか?』
との言葉に短冊を飛ばした窓を見て「…空いてる」と答え
七夕の日貴方と約束を誓う

まだ見ぬ明日への期待を胸に彼は空を見て…まさかなと呟いた





七月七日


予定の時間より少し早く起きて身支度を整えるために洗面台へと向かう、蛇口を捻り水を出しそれを手に集め顔にそれを当てた、冷たくひんやりとした感触、その衝撃で脳を無理やり覚醒させると鏡を見た。寝起きのためか髪型がボサボサになっている、髭は毎日手入れをしているから大丈夫だ。…何が?俺は今まで外見に興味など持ったことがないどうしてこんなに心がザワつくんだ?あいつに会うからか?あいつに会うだけでこんなになるのか?思春期のガキかよ俺はもうそんな歳では無いはずだし第一向こうに彼氏や夫が居るかもしれない、甘っちょろい事考えるな。

ザワついた心に喝を入れる為、歯ブラシに歯磨き粉を付けて磨こうとするが歯磨き粉だと思った物が洗顔クリームで口に入れた瞬間「ヴォエ」と吐き気を催し口の中の物をすすいでいった。今日の俺はどうかしている

朝九時に駅前の喫茶店で待ち合わせの約束をしているため、少し早めに喫茶店に行き珈琲を頼んだ。

原稿用紙と万年筆を机の上に広げカリカリと執筆している音が辺りに響く、ここの客層は地域住民がよく集まっているのか新聞紙を読んだり小説を読んだり窓の風景を見ながらサンドイッチを食べる客などゆったりとした時間を店で流れているジャズを聞きながら、それぞれの時間を過ごしていた。店のセンスもなかなかいい、太陽の光が店内を照らしており家具は全てウッド調で統一されている、店員はよそよそしくも無く、だからと言って馴れ馴れしくもなくここはとてもいい店だな感慨深くそう思った。

しかしあいつよくこんな所を見つけたな昔は一人で店も入れない臆病者だったくせに、牛丼屋に入る時もわざわざ俺を探しに来て一緒に食べませんかとかわざわざ隣に座ってきたり鳥の雛のような奴だったのに…まさか男と来たのか?ミシッと万年筆に力が篭もる、短冊のことも気になるが好いた女のことが一番気になってしまうのはよくある事なのだろうかとため息をついた

「尾形さんすいません遅くなっちゃいました」

考え事をしていたからだろうかその好いた女が俺の方に近付いて居たことなど気付きもしなかった。

久しぶりに見るその笑顔と微笑みに胸が高鳴りを覚え「…綺麗だ」と口に出している事など気付かずに何とか感情を抑えて見るが彼女が顔を赤くしていてぎゅっと自分の服を掴み視線をこちらに合わせない、どうした?と聞くとい、いえと目線を合わせないまま店員へメニューを頼んでいく姿を見て変なやつだなと笑った。彼女はサンドイッチとアイスコーヒーを頼んでいて注文を聞いた店員は厨房へと向かう、それを見遣ると彼女の方へ向かい話を聞かせてもらうために口を開いた

「いきなり連絡が掛かってきたから驚いた」

「えへへ、すいません。今日逃したら一生貴方に言えないような気がして…気付いたら尾形さんに電話をかけていたんです」

「ははっ、何だよその言えないような気がする言葉って」

そう言うと頬をまた赤く染めて無言になりテーブルを見つめてそ、それはと彼女が口を開いた時に頼まれたサンドイッチとアイスコーヒーが来たらしく店員がお待たせいたしましたと慣れた様子でテーブルへ置くと去っていく

「あ、はは、えっとサンドイッチ美味しいですね!」

と言いながらサンドイッチをほおぼってる姿を見てさっき言いかけた言葉は何だったのかと疑問に思ったがもぐもぐと必死にそれを口に放り込んでいく姿を見て何も言えなくなった。そう言えば俺はまだ食べていなかったなと思い何か食べるかとメニュー表を眺める

「サンドイッチそんなに美味しいのか?」

「美味しいですよ。あ、尾形さん食べます?」

「あまり食べてないじゃねえか」

「ええ、何か緊張してしまってお腹すいていなくて…」

「緊張?」

「あ、いえ気になさらないでください」

サンドイッチを貰い食べているとちらっと机の上に置いてある原稿用紙に目がいったのかそれを見つめている。俺が食べ終わりそのまま何か話を聞こうとするが何も言わずに黙っている時間が多く、別にこのままでも良いのだがなんの為に呼ばれたのか分からないままで刻一刻と時間が過ぎていく、前髪を撫で上げ女の様子を見るが緊張しているようだ。何をそんなに緊張しているのか、頬を赤くして目を潤ませて視点をキョロキョロと動かしている。頬杖をつきその様子をじっと見つめた

「あ、あの」

「なんだ」

「す、好きな人はいますか」

やっと決心がついたのか口を開いた彼女になんだと答えると思いもよらない言葉が出てきて言葉に詰まり頭を抱えた

「あー」

「あ、いえ、答えたくないなら別にいいです」

「気になるやつはいる」


目の前に、それは口に出してはいない心の中で呟いた。するととても悲しい顔をして、そうですかと震える声で言った

「お前はどうなんだ」

「…ずっと、そばに居たい方が居ますね」

俺の目を見て真剣な表情をしながら答える、ふと短冊の願いを今思い出す【かぞくがほしい】俺はそう書いた。やっぱり無理じゃねえか目の前の好いた女も俺ではない誰かのそばに居たいと言っている胸が痛い、じくじくと刃物で刺されたかのような痛みが広がっていくのを感じた。珈琲を飲んで、そうかと立ち上がりお会計でもしてさっさとこの場から離れようと思うと彼女が服の裾を掴んでいる。もう用はないだろと顔を見ると彼女はほろほろと頬に涙が流れ始め…泣いていた

「泣くなよ」

気付いたら手を取りお会計を済ませている間、おやおや青春ですねとにんまり笑った店員が気に触ったがぐっと堪えて外へ。でも何処へいくのか決めていないまま宛もなく歩いていると神社が見えた。木も多い茂り、人も少なさそうな場所である、彼女は泣き止んでいるが恥ずかしそうに握られた手をぎゅっと握って俺の後ろを歩いていく。取り敢えずあそこでゆっくり休ませるか、神社の中に入ると独特の雰囲気を醸し出していた。木が多い茂り、街中だと言うのに森の中にいるようなどこか現実離れをしているかのようなそんな空気を出している、彼女を石段に座らせて近くの自動販売機で適当に飲み物を買い渡すと、ありがとうございます、そう言いながら渡した飲み物を大事そうに両手で握りしめる。沈黙が流れアンニュイな空気も流れ始めてどうするか思案すると彼女が口を開いた


「実は昨日、空から短冊みたいな物が降ってきたんです」

短冊?もしかして同じやつなのかもしれない彼女の顔を見ながら耳を傾ける

「明日、いえ今日七夕の日でしょう?だからもしかしたら、願いが叶うかもしれないって思って…おとぎ話かよと笑われるかもしれませんが願い事を書いて空へ飛ばしたんです」

ぎゅっと握りしめる力を強くしながら苦しそうな顔で言う

「そうしたら尾形さんの電話番号を書いた紙が出てきてもしかしたら願いが叶うかもしれないって思ったんです。でも、尾形さん気になっている方が居ると仰っていたから…私、あぁ願い事叶わないんだなと思って気付いたら尾形さんの洋服を掴んでいて泣いていましたすいません」

「願い事、何を、書いたんだ」

「【尾形さんのそばにずっといられますように】って…書いたんです」

胸が高鳴りを覚えていた、それはさっきの痛みではなく嬉しさの高鳴りが全身を通して訴えている。風が頬を撫ぜる、風が背中を押していくようなそんな感触も覚える、気付けば貴方を抱きしめてもう二度と離さないように強く優しく抱きしめていた

「俺は【かぞくがほしい】って書いたんだ…俺も来た、短冊が空から、それで願いを書いたごんべえから電話が来て、うれしかった、もしかしたら願いが叶うかもしれないって、…やっと叶うかもしれない」

顔を隠すかのように彼女の肩に顔を置くと貴方の耳元でそう呟く、貴方は大事な宝物をやさしく触れるかのように頭を撫でて「私も叶うかもしれません」やさしい音色で彼に伝えた








ある小説家がいた。その男は自分の存在意義を求めるため、自分という一人の人間を認めてもらいたいが為に小説を書き始める、純粋な心を持っているが為にそれを求めた。今では時代遅れの原稿用紙と万年筆で彼は作品を仕上げている。生き急ぐかのようにではなくマイペースに、家族団欒など体験していない彼が何故か書いていたのは家族のことで忘れないように記憶するかのように文章を作り上げていく、家の中ではカレーの匂いが立ち込めていて今ではそれが愛おしく感じている

「パパ!ごはんできたって!ママが!」

自分の分身のようなかわいい子供の頭を撫でて、すぐに行くからお母さんに伝えといてくれと頼むとバタバタと愛しき女の元へ走っていく、頭を撫で上げ重い腰を上げて家族の元へと向かった