シガレットキス
煙草を吸い始めたのはいつ頃だったのか、はっきり覚えている。あれは中学生の頃。好きな先輩が隠れて吸っていたのを見て先輩に近付きたくて私も隠れて吸い始めた。不良な先輩を好きになるのはよくある事だと私は思う。何故か、それはレールを外れて自分の道を貫こうとする道に憧れるからだ。不良に走るのも怖くて唯一真似ができたのが煙草だった。親の吸っている物を一本盗み、ライターに指を掛けて火を点火させ恐る恐る口に咥えた。
「尾形も吸いに来たの?」
「あぁ、お前もか」
喫煙者によくある煙草休憩をしにこちらへ来る尾形は胸ポケットから煙草ケースを出すと慣れた様子で煙草を口に銜えてジッポで火を付ける。肺一杯に主流煙を送るために吸い、満足したように副流煙を外に撒き散らした。これをファミレス等ですると子供連れが煩いだろうなと自分を棚に上げて私も副流煙を撒き散らす。
「あの案件どうなってる?」
「別にどうもこうもねえよ。あの案件持ってきた奴をしばきあげてえ」
「あれ金持ちの坊ちゃんが持ってきたから、したら会社首になるだろうね」
ゲッと顔を顰めて「あの坊ちゃんかよ」と言うと舌打ちをしながら煙草に口に付けた。坊ちゃんと言うのは鯉登だ。鶴見社長に気に入れたいが為にどんな事でもしても彼は仕事を取ってくる。それはいい。ただ、尻拭いは私達がする事になる為、皆嫌がっていた。当たり前だ。自分の為にもならない仕事を誰かしたいと思うものか。出世、社長へのごねすり、どれも下らない。
「だから月島が死んだ目でパソコン睨んでいたわけか…お守りも大変だな」
「月島さんが?」
「あぁ、何やら栄養ドリンク飲んでいるにも関わらず眠眠打破も一気飲みしていたとか宇佐美が言っていた」
私は小さな悲鳴を上げた。月島さんは坊ちゃんのお守り係で、鯉登の手が回らなくなれば彼がする事になる。言わば尻拭いだ。月島さんは同僚思いの良い人であるため、月島さんの仕事を頼まれなくても皆が無言でカバーをするほどに人情が厚い人だ。それならば私も頑張るしかあるまい。月島さんは私も何度か助けて貰った事がある。ここで返さなければいつ返すのだ。
「ちょっと、戻るわ。それなら早く仕事を終わらせないと」
「…何でお前が頑張る必要があるんだ」
「月島さんには色々と助けて貰っていることがあるんだよ」
煙草を会社に備え付けてあるスタンド灰皿に押し付け穴に押し込み捨てる。尾形は何故か不機嫌な顔をしてこちらを見ているが知ったことでは無い。じゃあと手を振り仕事へ戻ろうとするが何故か掴まれる。
「…この手は何かな?尾形くん?」
「もう一本付き合え」
「月島さんの仕事を手伝わないといけないんだけど?」
「お前じゃなくてもいいだろ」
ああ言えばこう言う。この男は引くことを知らない。引くことを知らない人間に対して引けと言っても時間のロスだろう。月島さんの体調を気にしてしまう迫る気持ちを抑えた。尾形に向き合い隣へと移動すると手を離され煙草を渡される。それを口で受け取りライターを探すがない。
「火を貸してくれない?」
「いいぜ、受け取れよ」
ん、と尾形が口に銜えた煙草を人差し指と中指で支え私に言った。
「いや、お前ジッポ持ってたじゃないか」
「失くした」
しれっと白を切る尾形に呆れを通り越してしまった。さっき内ポケットに入れてたじゃないか。唖然とする私に「ほら、さっさとしねえと仕事戻れねえぞ」とニヤリと笑う。ちくしょう、月島さんの為だ腹を括り口に銜えた煙草を尾形の吸っている煙草に合わせた。火のついたシガレットペッパーに合わせジジジと火を貰おうとするが尾形は火が移りそうな時に身を引く。中々火を貰わせて貰えないイラつきが溜まっていき目線を上にあげて睨み付けると前髪を撫で上げて口角を上げた。
また、ゆっくりと煙草を合わせ顔を傾け尾形が身を引いたら近付き火を貰いに行くと尾形は目を見開いた。固まった男に疑問を持ちながらも煙草に火を付けれたのでそのまま離れようとする。が、腰を掴まれてしまう。驚きの余り身体を震わせた。
「何かな」
尾形と私の距離はあまりにも近く煙草に火を付けているため指に挟み下に移動させて聞いた。尾形の双眸が私の瞳を貫き言葉を発しようと動いた唇を睨みながら先の言葉を促す。
「火を付けたのはお前だぞ」
いや、尾形でしょ。その言葉を発せないまま彼の唇に飲み込まれて消えた。