マカライト
結婚なんてしたくない。ご飯を毎日作り子育てに追われ家庭に縛られるのは嫌だったから、この男と付き合ったと言うのに。何故この男は私にプロポーズをしているだろうか。確かに付き合って5年は経っているしその時期かもしれない。それでも私は独り身が好きだった。
「…百之助ごめん。それは受け取れない」
「なんでだ。他に男でも居るのか」
ミシッと音を立てて軋む指輪箱に百之助の怒りが目に見えて分かった。ここは答えを間違うとバットエンド行きだなと冷や汗を流しながら考える。ここは有名なホテルの最上階にある高級レストランであり百之助も何かするとは思えない、もし…したとすれば警察を呼ばれるだろうと分かっているはずだから。
「答えろよ」
…ミシッ、ミシッ。
指輪箱が変形するほどに力を込めて無表情で問い掛けるそれは下手なホラー映画より怖く恐ろしかった。こうなれば自分の本心を伝えるしかあるまい。
「…結婚はしたくないの」
「俺としたくないって事か?」
いやもう指輪箱が機能してない、箱の蓋がふにゃりと開いて指輪が丸見えになっており、箱は正方形だったはずなのに長方形になり掛けていた。行動ではなく顔に出して欲しいと思う。
「百之助だからしたくないとかではなく私誰かに縛られるのが嫌なの。家庭に縛られたり、妻という肩書きとか、独り身の方が自由に生きられるし縛られたくないから結婚はしたくない」
言葉を選びながら自分の意思を伝えると力を弛めていく百之助を見てほっと一息をついた。
「…なら、俺とこのままの関係でいたいってことだな」
その言葉に狼狽えた。何故ならばプロポーズが出た時から、距離を置こうと考えていたからだ。プロポーズを断って付き合い続けるなど、何処ぞの拷問だろうか?百之助は気にせず付き合う事は出来るだろうけど私には出来ない。だって顔見るとフラッシュバックしてしまい忘れることなど出来ないだろうから。しかし、ここでそれを言ってしまうと色々と不味い。
「…うん」
「そうか、ならいい…おい左腕を出せ」
断ろうとしたが尾形百之助は私に拒否権はないと、その指輪箱が物語っていた。指輪を取り出し、私の手を取り左手の薬指にそれを嵌められた。嵌められる瞬間に何処か首輪を付けられるような圧迫感、俺のモノだと主張しているかのような独占欲、無理やり指輪を指に通されてしまい、自由などお前には無いと言われているような気がした。
「私は結婚しないって…!」
「結婚はしないってだけでお前は俺の女だろ?指輪を付けて何が悪い…それともなんだ、もしかして俺からこのまま去ろうと思っていたんじゃねえだろうな?」
鈍い光が百之助の瞳に宿り、声色は明るく出して私に問うそれは海の底にへばりついた泥が私を締め付けているかのような感触を覚える。左手の指輪を見ると緑の石が指輪に嵌っている。これは確かマラカイト…。
「そんなんじゃないよ」
「どうだがな?お前ならやりかねそうだ」
薄く笑いながらワイングラスを持ち口に運ぶ、目は私を捉えたままで離さない。わずかの動揺も逃さないように私を監視していた。もしかしてこの男は私が独り身でいたいことを知っていて、お前は俺から逃げられると思っているのかと伝える為にわざとプロポーズをしたのでは?背中に悪寒が走りカタッと椅子を動かして立ち上がってしまう。
百之助は前髪を撫で上げて笑い立ち上がると左腕で私の腰を引き寄せると耳元で囁いた。
「愛している」
その言葉を聞いてマラカイトの宝石言葉を女は思い出していく、子の保護、病魔の退散、あと、もう一つは…。
危険を伴う愛情
男は蒼褪める女の顔を見ながら愛おしそうに首に口付けを落とした。