マーキング
頭からお湯の中へ。湯船に潜ると気泡がぶくぶくと浮かび上がり、それがとても好きで息が苦しくなるまで見続ける。お湯の温度はぬるめに設定、逆上せにくくするための悪あがきであった。飽きてきたら入浴剤を入れて匂いと色を楽しむ…一息の安息を楽しんでいるとドンドンと音を立て安息を邪魔する者が現れた。
「おい、逆上せてないだろうな」
どうやら長く入りすぎたようで百之助が様子を見に来たらしい。
「いや、逆上せてないよ、大丈夫」
答えると百之助が風呂のドアをガラッと開けて私の全身をくまなく見る。長い付き合いだから見慣れている身体をそんなに見てなにか楽しいのかと思いながら疑問を口にした。
「…見に来るなら聞いた意味無くない?」
「やかましい、どうするかは俺の勝手だろ」
ミントの入浴剤の匂いが嫌らしく顔を顰めながら答えると、そのまま不機嫌な顔で私に問う。
「もしかして、男に逢いに行くのか?」
「しないよめんどくさい…百之助って想像豊かって言われない?」
熱さで頭がおかしくなったのだろうか。
「言われたことねえな」
そう言ってその場から姿を消した。
仕方が無い、もう少しゆっくりと浸かりたかったけれど…このまま無視すると何をしでかすかは分からない。
風呂から上がりタオルで水分を拭き取っていくと、また視線を感じる。
廊下へ続くドアを見ると百之助が恨めしそうに、こちらを見ていて笑いが込上げていく。
「何だ」
「…ぷふっ、いや、何でもないよ」
ふんっと鼻を鳴らしたかと思うとまた去っていく。もしかして、上がるまでああやって待ってたのだろうか?猫の様だなと思いながら下着と服に手を通した。
「上がったよ」
ベランダに行くとソファーで寛ぎながら私を見ると立ち上がり此方へやってくる。何だろうか?と構えているとぎゅっと抱き締めて何故か頬にも顔を寄せて来る。ちくちくと百之助の髭が当たり擽ったい。すりすりとマーキングされるかのような、自分の匂いを擦り付けているように見えた。
「ちょっと擽ったいよ」
そう言っても止まらないため、ソファーに百之助をなんとか誘導させてポスンと二人分の体重が載せられギシッと非難の音を立てた。
時折くんくんと私の匂いを嗅ぎ顔を顰めて、またすりすりと体を擦り付けるを何度も繰り返され、風呂に上がったと言うのに汗がまた滲み出る。クーラーはガンガンに効いていたが、その冷気に触れる前に百之助に拘束されてしまっているので熱がこもっているのだ。
くんくんとまた匂いを嗅ぎ、気が済んだのか無表情な顔に戻すと私を離す。
離された頃には私はぐったりとソファーに身体を沈みこませており、百之助を見るとしてやったりの顔で立ち上がって前髪を撫で上げている。
「気が済んだかな…?」
「まだ済んでない」
「…そうですか」
百之助はその場を去っていくと、手になにかを持って戻ってきた。すると、シュッシュッと私に何かを掛けている。次は何ですかと思い見ると百之助がいつも付けている香水で、匂いが完全に百之助と同じ物になってしまう。
「百之助くーん?何しているのかな」
顔に青筋を浮かべながら聞くと。
「マーキング」
しれっと答える百之助を見て面倒臭いなこの男、げんなりとした顔でそう思った。