男になりたかった
人からやられた事を私はやり返して来た。報復として自分を守るためにはそれしか無かった。親からされてきた事と言うのは立派な愛情ではなく歪んだ愛情。母親からの愛がとても気持ち悪くて吐き気がした。何を行動するにしろ報告、親が気に食わない相手は遊ぶなと絶叫、親の行動に付き合わなければ1日中不機嫌になる母親を見て女ってくだらないと思ったし私と同じ性別なのがとてもとても嫌気が差したのだ。
「男になりたかったなー…。」
つい出てしまった本音の声、女というしがらみから逃げたかった。どう足掻いても女という性別が付き纏い自分が嫌になっていく、だからと言って女が好きではなく男に恋愛感情があるため男に完璧になりたいと言う訳では無い。中途半端。中途半端な気持ちが川のように流れて来ている。その気持ちを受け止めている容器は小皿一杯、溢れ出ている気持ちを抑えるにどうすればいいかも分からない。
ラーメンを啜りながら私を怪訝そうに見るとお冷を飲み喉を潤し口を開く。唇は油で少し光っており、男は不健康な顔色なのに唇だけが元気を出張していく。
「なんだ、藪から棒に」
「あー、いや気にしないで」
餃子貰い!と相手の男の餃子皿から餃子をかっぱらう。美味しい。もぐもぐと食べる私に尾形は溜息をつきながらまた麺を啜り始めた。
割り勘でそれぞれ支払いを済まし外へ出るとヤケ食いをしてしまったためかお腹が悲鳴を上げる。うっとお腹を押さえると隣から笑い声が聞こえた。
「ははっ、人の餃子を食べた罰なんじゃねえか?」
「…うぅ」
「まあ、食欲盛んな女にはいい罰だな」
私より頼んでいた癖に何故そんなに元気なんだろうか。ジロリと目を細め睨み付けるが尾形には効かないらしくフリスクを口に含む。
「…やらんぞ」
「…私って大食いキャラ確定なの?」
「違うのか?いつも人の物を取って食うじゃねえか。しかも俺のだけ」
俺のだけを何故か強調するように言う尾形。私はあらゆる誤解をさせてしまうかもしれないと思い声を上げた。
「だって、杉元は取ると悲しそうな顔するし、白石は取ったら倍返しされるし…尾形はノーリアクションだから取りやすい!」
胸を張り言うとフリスクを噛む音がカリッと響き渡る。
「次、取ったら払わせるからな俺の分」
ニコリと笑いながら顔に青筋を浮かばせる尾形に目線を逸らして口笛を吹きながら尾形の家に向かい歩き始める。後ろから視線を感じるが気づいていない振りをした。
夏の蝉が鳴く。ミーンミーンと泣き喚き、雄が雌を誘き寄せるために必死に鳴いている。隣で一緒に歩く尾形。暑さで蜃気楼が見え始めるコンクリートの上をエアコンが効いている部屋へ戻るために必死に足を動かした。じわじわと汗が滲み、空からは忌々しくも太陽の光が照らし続け、風は生温い。
ちらりと尾形を見ると、何故か無表情で汗をかいてない。あいつの周りだけ何か冷気でも回ってんじゃないの?と思い近くへ寄ると眉を顰めた。
「鬱陶しい離れろよ」
「…尾形の周りに冷気でも付いているのかなって思ったけど付いてない」
「なにアホなことを抜かしてるんだお前は暑さで頭がおかしくなったか?」
ダメだ。尾形と話していると苛立ちが走ってしまう。ここは我慢だ。ダラダラと汗が流れ、手で拭うと何が言いたげな顔をしてこちらを見た。
「どうしたの」
「さっきの話だが、男になりたいと言っていたな」
忘れてと言ったじゃないかと言おうとしたが真剣な表情でこちらを見る男の顔に言えないでいると歩きながら言葉を続ける。私は尾形の背中を呆然と見てると慌てて尾形に追いつくために足を動かした。
「男だろうか女だろうか興味はない。お前だから手に入れたいと思ったんだがな」
と伝えられた。私は何度も何度も尾形の言った言葉を頭の中に思い浮かべて、意味が理解出来ると足を止めて金魚のように口をパクパクさせてしまう。足音が聞こえなくなったのか後ろを振り向き私の顔を見ると無表情ながらも顔が少し赤くなっている尾形の顔。
「さっさと行くぞ」
私の腕を掴み一緒に歩き始めて行く尾形の背中を目に焼きつけるように眺め続けた。じんわりと汗で冷えた腕に尾形の熱が帯びていく、暑いのにそれが嫌ではない。そう言えば身体に触れられても嫌じゃない人は尾形だけで…それってつまり。自覚するとドクンと鼓動が一際高く音を立てた。それがまるで正解のように。彼の傍でずっと居られるといいなと私らしくない事を考えた。