熱
尾形百之助は混乱している。じゃなければこんなことはしないと思うし、家の中で見せるものでは無いと思う。いや何処で見せても頭おかしいのは変わりはないけれどこれはきつい。そもそも尾形とは付き合っても居ないし、彼の家には何故かゲーム機が揃っていたから遊びに来ていただけだ。なのに、どうしてこうなったの?
「おい、嬉しすぎて声も出ねえのか?」
「…呆れているんですけど」
「そうかそうか、頼んで良かったぜ」
「え、この人誰と話しているの?怖い」
ゾゾゾと鳥肌が立ってしまい腕を擦りながら尾形が持つ服をまた見る。そこには尾形の顔がデカデカと主張しているデザインで上の方に尾形Loveと書いているのが無駄にムカつく。色はピンクで、何故か尾形の顔は死んでいる。いや、何でだよ。自分で頼んで何で無表情なんだよ…。
「ははっ、照れるなよ」
「尾形さん…それどこで作られたんですか…。」
話が通じない男に恐怖を感じて敬語になってしまうごんべえに首を傾げながら答えた。
「白石に頼んだ」
白石の顔が頭に浮かんだ。腹の立つ顔がぴゅう!と私に告げた後モヤモヤと消えていく、後で殺るか。今は何とかこの窮地を逃げねばならない。
「そ、そうなんですねー。じゃあ私はこれで」
ガシッと片腕を掴まれて動けない私に尾形はとち狂ったのか「着てこいよ」と私に告げる。いやいや、罰ゲームじゃないんだから、金払われても着たくないよ、着るとしたら林家ペー子さんぐらいだよ!
「…あはは、尾形が先ず着てみなよ。私は勿体なくて着られないからさ」
「お前の顔のやつ着ているから脱ぎたくない」
「ごめん耳がおかしくなってた何て?」
「お前の顔のやつ」
どやぁと前髪を撫で上げてジジジとジッパーを上げると私の顔がドーンと真ん中に載せられているTシャツが出てきた。何故か私の顔は満面な笑顔で、自分の顔なのにここまでムカつく事は一生ないだろう。と言うかこれ…
「これ何処で撮ったの…?」
「お前が俺にマリカで勝った所を隠しカメラで…」
ぽっと頬を赤らめて恥ずかしそうに言う尾形の姿を見て、いや、赤らめる意味が分からないとか、何で隠しカメラ設置してるんだよとかそんな考えが走り回る。
「いやもう恐れを通り越して怖いよ…サイコパスすぎるよ…」
「褒めるなよ…。」
「きゃっと顔を隠すな何なんだよお前…。」
「きゃっとだけにキャット(笑)」
「上手くもねえし親父ギャグ言ったつもりもねえよ。クソが。何だよ(笑)って殺すぞ」
何故か尾形の口調が私に乗り移り尾形を責め始めるともじもじと足を動かす。顔が赤くうっすらと目に涙が溜まる。もしかして言い過ぎたかな?
…いや、顔が赤すぎるような?
尾形に近寄りおでこに手を当てると熱い。このおかしな行動は熱によるものだったのかと判断すると尾形の腕を掴み返し寝室へと連れて行く。
「おい、そんな大胆な事を…」
「怒られたくなかったら早く寝て?」
グイッと親指を下げて言い放つとしゅんとした顔をしてベッドの布団へと潜り込み横になった。それを確認すると頭を冷やすものと風邪薬等を片っ端から探していく。すると、リビングの三段ボックスの中に『兄様専用☆薬入れ』と書いてある袋を見付けた。中を見るときちんと薬の効用と説明書きがされてあり、分かりやすい。
「『ご飯を食べて飲んでね☆』…全部の説明に何で語尾に☆が付いているの…?」
食べる物を何か作らないと立ち上がり台所へと向かう。材料を確認すると揃い過ぎていたが無視をしてお粥を作る。グツグツと米が煮えたぎる様子を見ながら何で私ここまでしているんだろうと後悔が過ぎてゆく。
小鍋にお粥を入れて持っていくと、うつらうつらとしながら必死に首を振り上半身を起こしている尾形の姿があった。
「…帰ったかと思った。」
「流石に頭がおかしくな、げふん、調子の悪そうな尾形を放っておけるわけないじゃん」
危ない、頭おかしくなったと言う所だった。キョトンとしながら私を見る尾形はふにゃあと力のない笑顔を私に見せると小鍋に気付いたのか私に問い掛けた。
「なあ、それって…俺の為につくってくれたのか?」
「あーうん。不味かったら残してくれていいから」
「いや全部食べる。不味くても食べる」
嬉しそうに私に言う。小鍋をサイドテーブルに置くと直ぐに上げてもぐもぐと食べ始める尾形に微笑ましい目で見守る。詰め過ぎたのかゴホッゴホッと咳を始めたので背中をトントンと優しく叩き水を手渡す。ゴクゴクと飲み干したかと思うとまた食べ始めた。
こうして見ると可愛いんだけどなぁ。ベッドの尾形の横で座りながらそう思った。
「…ご馳走様」
「お粗末さま」
全部綺麗に食べ終わると薬を渡し飲ませていく。片付けを始めようと腰を上げると服が引っ張られて中腰の体勢で尾形の方へ顔を向けた。
「片付けなくてもいいから…もう少し居て」
「ーーーーーっ。」
身体が固まった。尾形は横になっておりその体勢から腕を伸ばして服を掴んでいる。熱の為か目は潤み頬は色付いて…、可愛すぎるでしょ尾形の癖に。
頭の中で葛藤していると、ぐいっと服を引っ張り体勢が崩れ始めると押し倒されて何故か尾形の胸に押し付けられる。そして、それを狙っていたかのように腰に腕を回され抱きしめられていた。
「いい匂い…。」
なんとか離れようと手に力を込められるが離れない。何分か格闘したけれど離れなくて諦めて尾形に離してもらおうと声を掛けた。
「お、尾形くぅーん?離そうか?」
「…すー、すー」
「嘘でしょ…寝てる…?」
身動ぎをしても外れない男の腕に悶々と尾形が起きるまで女は悩み続けた。
「…ん?」
尾形が起きた頃には暗闇が辺りを包んでいる。ふと腕の中の柔らかい物体がある事に気付いた。不思議に思いそちらへ目を凝らすとごんべえが居た。苦悶の表情を浮かべながら身を縮ませて腕の中にすっぽりとハマっている。
昨日の事を思い出そうにも思い出せない。
数分間固まっていたが、取り敢えず今はごんべえを堪能しておこうと思い強く抱き締めて胸いっぱいに匂いを嗅いだ。