用意周到
>仕事が終わり、自分の褒美に高いアイス買って、その上にウイスキーを掛けた一品。私にとってのささやかな幸せを自宅で楽しもうと早足で会社を去ろうとした。が、何故か白石に腕を掴まれて阻まれる。汗が全身から吹き出ており、何か厄介事を頼まれそうで頬を引き攣らせた。
「お願い!人助けだと思って!ね?」
「…」
目の前で仕事帰りの私を捕まえたと思いきや、白石は顔の前に手を合わせ必死に「合コンの数合わせに…お願い!」と迷惑極まりない事を口走る。合コンなら他に行きたい人いるでしょと言えば
「みんな、相手居るって断られて…」
しゅんっと口を尖らせて言った。
「それに、ごんべえちゃんを来させないと殺されるし」
ボソボソと小声で何かを言った。私は聞こえなくて「え?」と問い掛けると「なんでもないよ…」と青褪めた顔でそう答える。怪しい、目を細めて疑いの目で白石を見ると、慌てた様子で口を開いた。
「ねえ!お願い何でも言う事聞くから!!」
ネットで言ったら確実に変な人が湧く言葉を大声で言ってしまい皆の視線の注目の的に。もう本当に白石は歩くトラブルメイカーじゃないだろうか。「…ちょっとあの男何でもするって」「あらやだ、何をするのかしら」「「うふふふふ」」と怖いお姉様も集まってきた所で白石の腕を引っ張り人気の無い所へ連れて行った。
「…行くだけだからね」
「ありがとう!」
ぱぁぁと顔を輝かせお礼の言葉を言われながら、今日はやっぱりガッツリ酒を飲もうと疲れた顔で女は考えた。
□□
合コン初日
女性と男性で盛り上がる中、私はくっそ甘いカシスオレンジを嫌な顔をしながら飲んでいた。
本当は違う酒を飲みたかったのだけれど「皆と一緒にしましょ?自分だけ強い酒飲んで注目集めるなんて許せないわ!」と顎髭を蓄えた男性が背中に般若を背負わせ私に命令をする。変な迫力を持つその雰囲気に呑まれ「は、はい」と答えてしまいさっきからカシスオレンジばっかりこちらに来ていた。本当はいやお前男だろとか言いたかったけれど何故かしっかりと女性陣のリーダーになっており言える雰囲気でもなく、まぁいいかと納得をする。そっちのケがあるだけだし…普通の男より安心は出来るし。無理やり自身を納得させながら咥内に残る甘さに顔を顰めた。
続々とくるツマミ摘みながら、男達が座る席を見ると1人だけ女性に話し掛けられても何も話さない男が居た。黙々と日本酒を飲み、刺身に手を付けて食べ続ける姿は様になっている。女達が撃沈していく中、私の顔を見て目がギラりと光ったかのように見えた。
隣に移動して来る男に少し居心地が悪く感じてしまい私も席を移動しようと思ったが「おい」と話し掛けてしまい腰を浮かすタイミングが掴めなくなり渋々と男に応える。
「…なんですか?」
「お前も白石に頼み込まれて人数合わせの為に連れてこられたんじゃねえか?」
「まあそうですけど、なんで分かったんですか?」
「そりゃあ、男に言い寄られてもすぐに会話を終わらせようとする女なんて男目当てじゃないだろ。それにあいつらみたいに媚びもしねえしな」
あいつらと指を指した場所を見ればリーダーが男の頬に口付けをしていて、男は「勘弁してください」と涙まみれに周りに助けを乞う。それは地獄絵図のようで目を逸らした。
「いやあれは、合コンと言うか地獄絵図じゃないですかね」
「ははっ、違いねえ。」
お猪口に日本酒をつき出しながらぐいっと口に含むと私の酒を指差し「お前も好きな酒ぐらい飲んだらどうだ」と声を掛けられた。そんなに分かりやすい顔をしていたんだろうか。
「…リーダーに言われていて飲めないんですよ、私も本当はビールとか麦焼酎とかそっちの方が飲みたいんですけどね」
くそ甘い酒を口に含むと頭が痛んだ。甘い酒を飲むと直ぐに悪酔いしてしまう性質で本当は変えたかったけれどあの人に逆らってしまうと地獄絵図がこちらに来そうで怖かったのだ。
横からピピッと音がしてそちらを見るとタブレット端末のメニューからビールを二杯頼みましたと言う文字が見える。男の顔を見るとしれっと「俺が勝手に頼んで飲まされたといえば何とかなるだろ」と前髪を撫で上げて言った。
「…ありがとうございます。えっと、」
お礼を言わなければ行けないと口に出したが名前が分からず困惑をしていると「尾形百之助」そう名乗った。尾形さん、尾形さんと頭の中で反芻させる。
「尾形さんありがとうございます」
「別に、お礼を言われるほどでもない」
「いえ、助かりました。本当に」
「…そうかい」
ふいっと顔を横に向けたかと思うと何も無かったようにちびちびと酒を口に含む姿にこの人ぶっきらぼうな所があるけれど優しい人なのかなと心を開きかける女。尾形と話すと意外な事実が発覚する。ブランド物を身につけている割には庶民派らしくお婆ちゃん子だったとか田舎育ちで濃ゆい味付けが好きだとか漬物が好きとか、尾形さんの外見に似合わない事を聞かされて口元が緩んでいく。
それを目に入れたのか「なんだよ」とムスッとした顔で尾形は女に聞いた。
「いえ、尾形さんって親しみやすいなと思って」
「何だ、話す前は親しみやすくなかったのか?」
無表情な顔をずいっと私の方に持ってきて言う尾形にしどろもどろしながらも答えていく。
「だって、尾形さん何も喋らないまま黙々と酒を飲んでいたので」
そう言うと眉間を顰めてまた顔を近づけて行く。後数センチで唇と唇がくっ付きそうでギュッと目を閉じると、こつんと頭に軽い衝撃が加えられて驚いて目を開くと尾形が口角を上げて数センチの壁を無くすかのように近付く。合わさる唇に目を見開きながら、何とか離れようとするが出来ない。唇をこじ上げろうとする舌に対抗をするが鼻を掴まれてしまい呼吸が出来なくなると口を開けてしまう。触手のように舌が咥内を弄ぶ。互いの息がはっ、はっと掛かる中、音を立てて離れる唇に手を押さえた。
「ーーーーっ、な、何を、、」
「ここは合コンだろ?狙った女に手を出して何が悪い、それとも本当に優しい男だなと思っていて油断していたのか?」
さっきとは雰囲気が違う。さっきは雰囲気が穏やかだったのに、今は猫が獲物を狙う剣呑さと欲の深い危険な香りが混ざっている。
腰に腕を回す男にビクリと身体を震わせると尾形の吐息が耳に当たり、低く心地よい声が頭に響いた。
「残念だったな優しい男の人ではなくて」
た、助けてと周囲を見渡すも皆リーダーを男から離させるのに必死でこちらに気付いていない。また顔を近付かせる尾形に身を構えた。
翌朝、白石が私を呼び出した。怖いお姉様達がコソコソとこちらを見て話す中、白石は申し訳なさそうな顔をしたあとに口を開く。
「実は、あれ尾形ちゃんから脅されて合コン仕組まれてさー、許してちょんまげ」
痛む腰を押さえながら謝る気がない緩い謝罪の言葉を言われてしまう。固まる私に白石はそのまま「ごめんね」と伝えて目の前から憎たらしい背中を見せて去っていった。
震えるスマホに気付き画面を見ると『今日お前の家に行く』と簡潔ながらも恐怖にしか思えないメッセージを見てしまい女は、この用意周到な男から逃げられるだろうかと途方に暮れたのであった。