魔法使い


少女はある少年の肌に触れてしまった事がある。それは少女の家族にとっては禁忌に近い。まだ、男女の恋愛話も分からない頃の話。ブランコに乗って立ち漕ぎをしてどっちが高く上へ行けるかの競走。今思えば危ない行動だろう。ブランコの足を乗せる踏み台を捲り上げて高さを調整して必死に上半身を動かす。早く動かしても意味が無いというのに。少年、少女は無駄な競争心に心を燃やして挑んでいた。

「ねえ、わたしのほうがたかいでしょ!」

「そんなことない!おれのほうがはやい」

「なにをー!」

振り子の原理で二人の身体が揺れ動きながら大声で話していく。少年と少女はそんな何気ない時間がとても好きでかけがえのないものだった。熱中し過ぎて辺りがオレンジ色に染まった時、少女は帰宅時間を気にする。

ーーもしかしたら、帰る時間が過ぎてしまったのかもしれない。

子供にとって親は言うことを聞かないといけない存在であり、また彼女は少女。

ーー怒られるかもしれない。

ぶるっと震える身体にブランコを漕いでいた足が止まり徐々にスピードが落ちていく。ひゅんひゅんと耳に聞こえた音が聞こえなくなり少年に声をかけた。

「ねえ、もうそろそろ帰ろう?おかあさんにおこられちゃうよ」

「…もう少し」

「だめなものはだめなの!」

ぷすっと頬を膨らましながら言う少年は少女の剣幕に押されて「分かったよ」と嫌々ながら答える。ブランコから飛び降りて着地する少年。少女もまたそれに見習いブランコから足を降ろして地面へと足をつけると手を掴まれる。

仲良い友達が手を繋ぎながら帰るシーンを何度か目に焼き付けていたから、それはよくある事だと思っていても、彼女の体質はそれを許してはくれなかった。

ーー少女の頭の中にノイズが走る。

ビリビリと何かが流れ込んでくる。少年の過去と現在の情報が全てDNAに刻まれた本人の意思とは違う物、そして少年の感情、今と過去の記憶、今の気持ちさえ、少女の頭の中に手を通して流れ込む。

汗が滲み、苦悶の表情を見せながら座り込む少女に少年は慌て、手を離され、ビジョンが止む。鼓動が鳴り響く中慌てふためく少年に向かい笑いかけた。

「ーーっ、ごめん、また頭が痛くなっちゃった」

「…おくっていく」

手を差し伸べられ、手を握り返す。体に触れた人間。つまり今、現在の情報を全て頭の中に入れてしまうと何故か情報が流れ込まなくなる。だから少女は手を握り返す、親に見つかれば大変な事になるだろう。でも少年の手を握り返したかった。それがイケナイ事でも。それにほっと顔を緩ませる少年。夕闇が迫る中二人は手をつなぎ合いながら家へと向かっていった。


少女の家へ向かうと彼女のお母さんが玄関の外で立って待っていた。少年と少女が手を繋ぎ合う姿を見て顔を顰める。それを見た二人はビクリと身体を震わせて足が地面に縫い付けられたかのように動けなくなってしまった。少年の手から少女の手を奪い取ると取ってつけたような笑顔を少年に向けて声を掛ける。

「ありがとうね、娘を送り届けてくれて助かったわ…百之助くん」

そう言って少女に向かい「家へ入ってなさい」と口に出すと少女は少年の顔を申し訳なさそうな顔で見て別れの言葉を出そうとするが睨みつける母親に萎縮してしまい家へと入っていく。

「もう遅いし百之助くん1人で帰るのは危ないわ。おばさんが送ってあげる。」

少年である百之助は居心地が悪いのが嫌だったので「いえ、男なのでひとりでかえれます」と言ってその場を走り去った。少女の家が見えなくなる所まで来ると足を止めて振り返る。何故か少女に会えなくなるような胸騒ぎを感じたのだ。どうしてかは分からない。



翌朝、少女の家へ行くと何も無かった。あるのは家と家具やカーテンなどが取り外されて人っ子一人も居ない寂しい光景。親や近所の人に聞くと

「そんな子は知らない」

「あそこは誰も住んでいない空き家でしょ?」

帰ってくる言葉に信じられなかった。周りは子供の言う事だからと何も気に止めず日常を過ごしていく。少年は昨日少女と遊んだ公園へと走っていった。少女が居た証を探すために必死に足を動かす。

公園へ着くとブランコへ向かった。少女が漕いでいたブランコを見るとーーあった。

少女がよくブランコに乗るとする癖。踏み台を捲り上げて高さを調整した後があったのだ。少年はそのブランコに手を触れた。

「あの子はいた。でも周りはおぼえてない。どうして」

地面を睨み付けながら考えても答えなど出なかった。一夜にして居なくなった少女の家族、少女に纏わる記憶が何故かみんな消えている。それが出来るのは普通の人間では無い。あるとすれば




「…まほうつかい?」




少女の記憶、そして少女の家族に対する情報は誰にも記憶に残っていない。なのに尾形百之助はずっと記憶に残していた。大人になり社会人になってもずっと忘れられないまま、頭にしっかりと残る情報。少女の記憶だけやけに脳内にこびり付いている。

本屋が好きだったと言うことも、ファーストフードが好きな事も、少女の笑顔も全て。

休日になると少女が好きだった所を巡り探す日々。

「見つかる訳ねえよな」

前髪を撫で上げると汗が手に付く。暑い中俺は一体何をしているのだろうか。ふーと息を吐き昔遊んだ公園のベンチへと座る。昔遊んだブランコは無くなっていて遊具がほぼ無くなった空き地同然の公園を見渡す。

すると、ワンピースを着た女がそこには居た。さきほどは居なかったし存在さえも目を瞬いたら居なくなりそうな空気の様な存在感。

ーーもしかして

ベンチから立ち上がり女の方に触れると、ぐらりと座り込む女。

ーーあの時と一緒だ

手を握ると辛そうに座り込む姿。それを見て疑心が確信へと変わる。数分が経つと立ち上がり俺の顔を見て辛そうな顔で震えた唇を動かす。

「どうして、私のことを覚えているの?百之助くん。どうして、私の事をずっと探していたの?私の記憶を持つ人は全てお母さんが記憶を消したはずなのに」

独り言のように話しかけてきた女の体を抱き締めてその問いにどう答えるか、必死に言葉を探していった。





設定
魔法使いのため手を触れると相手の過去が見えてしまう
→副作用として目眩、頭痛が起きる
→母親は言いつけを守らないまま力を使ったごんべえに対して罰として今までの知り合った人間の記憶を消す
→尾形百之助はごんべえと深く結びついてしまっていたので消せなかった

みたいな話