ヒーロー


女友達に呼び出されたので待合場所へ向かう。待ち合わせ場所は駅のホーム。着くと目が据わっている友達の顔を見てデジャブを感じた。目の前で酷いと叫び去っていく姿この姿を見るのは何度目だろうか。最初は酷く傷付き悩みに悩んだ。しかし解決方法もなく背中を項垂れ終わった。

今日もそうだった。覚えの無い事を言われて走り去られる。私にはした覚えはなく、大体「貴方がそんな人だとは思わなかった」等とほざいて去っていく。なんの事?と質問しても返ってくる言葉は誰かに聞いたという事を匂わせるニュアンスしか返って来ない。誰かが私の噂を囁いているのだろう。

「…一体誰か、私の噂を」

先程から第三者からの視線が痛い。ここに居ても人の視線が私の体を貫くだけ。場所を移動しなければ。そこから立ち去るために足を動かし駅のホームから離れて1人になれる場所を探し始めた。探しても探しても1人になれる場所はなく溢れる騒音、人混み。頭がおかしくなりそうになりながらも落ち着く場所を探していると、ふとこの駅の近くは尾形さんの家が近かったなと足を止めて尾形に連絡をかける。人が多い所を今すぐ離れたかった私は尾形百之助と言う得体の知れない知人の家に行く事になんの躊躇いもなかった。

繋がった電話に男特有の低い声が耳に入る。

『用件は?』

早く電話を終わらせたいのか直ぐに投げ掛けられた質問。それに私はこう答えた。

「尾形さんの家に行かせて…!」

切羽詰まった声を掛けてしまうと電話の向こうで何故か沈黙が広がる。

私何か変なことを言ってしまっただろうか?

取り敢えず避難できる所は何処でもいい。一人になれる所じゃなくても人が少ない所であれば妥協するから。そんな身勝手な考えがグルグルと頭に流れ始める中、尾形さんから『来るならさっさと来い』そう言って通話が切れた。

尾形百之助に出会ったのは偶然だった。本屋に行き、高い場所に置いてある本を取ろうとしていた所に尾形さんと出会い本を取ってくれたのが出会いの始まりだった。それから困っている時にヒーローみたいに助けてくれるように。助けられてばっかりじゃ割に合わないと連絡を交換して今の関係に。

尾形さんが住む小綺麗なマンションの玄関ドアの横にあるチャイムをゆっくりと押すと住民を呼び出すためにチャイム音が鳴る。カチャと鍵の開ける音が聞こえてゆっくりと開く。「入れ」ぶっきらぼうに言いながらもドアは閉まらないように押さえてくれている。格好は半ズボンにTシャツ。一人暮らしの男性ならよくある格好なのかもしれない。


「…お邪魔します」

尾形さんが開けてくれているドアの隙間に身体を潜り込ませて玄関へ上がらせてもらうと後ろからドアを閉める音と鍵の閉める音が聞こえた。無言になる空間。後ろから舐めるように見つめる尾形さんの視線を感じてぞくりと震え上がる身体に気付かないふりをして耐える。

「尾形さん、あの、上がらせてもらって…ーーっ」

後ろから耳元に口を寄せられて息を吹きかけられると腕を力が抜け、背中に尾形さんの体温を感じると共にお腹に回された両腕、そして手がやけに大きく感じる。すっぽりと男の身体に包まれ萎縮する身体。

「ーー震えているな可哀想に」

ゆっくりと右腕を上にずらして行き首筋を指が無でる。

「また友達に覚えのない事を言われて見捨てられ、置いてけぼりにされたのか?電話を掛けてきた時に声が震えていた。どうせ一人になれる場所がなかったから俺に電話をかけて来たのだろう。…あぁ、大丈夫だお前のことは全部知っているから俺はお前は捨てる事はしない」

顎を右手で掴まれて右に顔を向かされると触れ合う唇。驚いて身体を動かそうとすると左腕で体の動きを抑えられる。私、尾形さんに覚えのない事を言われて捨てられる事なんて1度も話したことは無いのに何故知っているのだろう。

涙でぼやけて視界が揺らぐ中、唇が離れて尾形さんの表情が視界に入る。その顔はとても面白そうに笑っており強く抱きしめられていく。いつもの尾形さんではなかった。ヒーローのように助けてくれる尾形さんはどこに…?

「お前をずっと守ってやるからな、死ぬまでずっと」

目を歪ませて笑う尾形さんを見て短い悲鳴を上げると、耳障りだと言うようにまた口を塞いだ。