誓いの言葉


勇作さんが死んだ




目の前でお経を読み上げるお坊さんの姿を何処か浮世離れをしているかのような映画を見ているかのような感覚で見ていた。人の悲しむ声が私の耳に入り木霊するが私はまだ涙は流せていない、するとそれを見てヒソヒソと話をする声が聞こえる。

「あら、あの子勇作さんの許嫁の子じゃない?涙ひとつも流していないなんて気持ちが悪い」

「しっ、聞こえるわよ」

「人でなし」

咎めるように誰かが止めるが私が一つの涙を流していないのがそんなに気に触ったのか『人でなし』の声を人際大きく私に告げる。




私と勇作さんは許嫁の関係だった。

親が勝手に決めた話で正直に言うと疎ましい気持ちと許嫁の関係はすぐに解消されるだろうな、そんな冷めた気持ちで目の前にいる花沢勇作さんの歯に浮くような笑顔を眺めていた。そんな昔の思いを今日の出来事のように思い出す…何度も何度も許嫁の関係であるため顔を合わせることが多く、その度に彼は幸せそうに私を見て話しかけるのだ。愛しき者を見るかのように。私がつまらなそうな顔をしているといつも周囲を見渡し何かを探し当てて「あそこに鳩がいますね…何処へ飛んでいくのでしょうか」だの「綺麗な花が咲いていますね、まるで貴方みたいだ」等話しかけて来られた。なんで私なんかにといつも唖然としていると彼は違う解釈をしたのか「私と話すのは嫌いですか」と悲しげな顔をしてそう呟く、堪らず「違います」と言うと彼は安心した表情を見せて「良かった」と歯に浮くような笑顔をまた見せた。





参列者が献花を勇作さんであったモノの横に置き祈りを捧げ椅子に戻り花を持ち列に参加する。私は勇作さんの好きだった菊の花を持ち過去をまだ思い出す。




「私は菊の花が好きなんです」

菊の花が満遍なく咲き誇る庭を見つめてそう私に告げた。

「どうしてですか?」

私は疑問に思え口を開く菊の花はあまり宜しくない物に見えたからである。初めて勇作さんに質問をしてみると、勇作さんはとても嬉しそうな顔で微笑んだ。何故そのような顔をされるが分からなかった。私が質問したことに対して何がそんなに嬉しいのか。居心地が悪い。そんな顔を向けられた事など1度もなかったから

「お供えする花だから縁起が悪いという方が多いと思います」

赤い菊の花を愛おしそうに撫でながら

「しかし、反対にこうは考えられませんか?最後だからこそ最高の花を贈るのだと私はそう思っております。そして貴方にふさわしい」

赤い菊の花を手折ると私の髪に付ける。

「知っていますか?菊の花言葉は高貴、高潔、高尚…そして菊の花の色によって変わりますがこの赤い菊の花言葉はーーーーー」

勇作さんの恥ずかしそうに頬を赤く染まるが目は私を捉えて離さないまま私の髪に触れて言葉を紡ぐ…永遠に思えた時間で、彼の許嫁になれて幸せだなと思えた時間だった。


過去と現実の光景が混じり合う。私はなぜここに居るのだろう。勇作さんは目の前にいるのに…どうしてここに?棺の中に眠る彼を見た。顔が青白く触れると冷たい私を見つめて嬉しそうに笑わない。何故だろう私を見て笑って欲しかった。あの優しげな声をもう一度聞きたかった。貴方と共に人生を歩みたいと私は答えた。そして戻ってくるという言葉を信じて今日まで待った。白い菊の花を彼の顔の横へ置き赤い菊の花言葉を思い出していく。どうして今白い菊を持っているのに赤い菊の花言葉を思い出すのだろうか、あぁ…そうだ。あの時の彼が持っていたのは赤い菊だったからだ。

赤い菊の花言葉は真実。しん…じつ?

「勇作さん起きてください。驚かそうとしても私は驚きませんよ?こんなにたくさんの参列者を装った方も大勢連れてこられても私は驚きませんってば」

私の言葉に参列者達は黙る。沈黙する。私を憐れみを込めた目で見ているような気がした。

「起きてくださいよ…いい加減こんな茶番終わらせて家へ帰りましょう。あなたの好きなお茶も取り寄せているんですよ。ねえ起きてください勇作さん」

勇作さんは何も答えてくれなかった。当たり前だ。彼が死んだのは真実で目の前にいる彼は死んだのだ。動かないのだ、喋りもしない、私に歯の浮くような笑顔も見せてくれない何より触れてくれない涙が溢れた、信じたくなかった、好きだった。もっと愛を囁いておけばよかったと後悔が背中に覆い被さり赤の菊の花言葉を頭の中で勇作さんが人でなしの私に何度も囁く

『知っていますか?菊の花言葉は高貴、高潔、高尚…そして菊の花の色によって変わりますがこの赤い菊の花言葉は真実です。だから私は貴方に私の気持ちを伝えたいごんべえさんあなたを愛していると・・・この赤い菊の花に誓ってあなたの元へ戻ってくると誓います』


それは呪いの言葉のように何度も何度も再生される。再生される?いや、違う勇作さんは居るではないか私の後ろに愛を囁いてくれているのだ。帰ってきてくれたのだ私の元に。それが私が作り出した亡霊だとしても帰ってきてくれた。あぁ、私は幸せものだ。



ずっと貴方と共にきていきます。
だから待っててくださいね勇作さん