第七支部
「うわあ、大きい」
地獄のドライブが終わり、ふらふらと車から出ると高層ビルを見上げて言った。流石国が経営しているだけある。こんな所で働く事になるとは人生何があるか分からないものだと独りごちる。念の為に夢かもしれないと頬を抓る。痛い、よかった夢じゃなかった。
「何1人で百面相してやがる。能天気なやつはいつも楽しそうで羨ましいものだ」
はぁとため息を付きニヤニヤと笑いながら言う男に呆れが出た。こいつの嫌味のレパートリーは何なのだろう。生まれた頃には頭にその嫌味事典がインプットされていたに違いない。嫌味を返す私も私だがこいつは酷すぎる。
「そちらこそ嫌味ばっかり言って楽しそうですね…」
「ああ、楽しい、とてもな」
不意に見せた嫌味でもない楽しそうに笑うその表情に身体が固まった。今日初めて会ったのだから初めて見るに違いない笑顔。しかしごんべえはそんな事は頭に入ってない何故ならぐるぐると頭の中で尾形の笑顔が回っていたからで…この先何が起こるか分からない不安、それと同時に…この男の笑顔、この男は人の不幸を心の底から笑う男だ。
これから何が起きるんだと悪寒が走った。
「ほら行くぞ」
「い、いえっさー!」
顔を振り尾形のあとを続くが右足と右手、左足と左手が一緒に動きながら歩く姿を見て尾形が頭を叩きごんべえを正気に戻した。こいつモラハラで訴えてやろうか。その心の声が聞こえたのかせせら笑った。
□□
尾形とエレベーターに乗り指定の階数につくと扉が開く。色々と緊張してしまい尾形の背広をつい掴み動きを停止させてしまう。尾形が頭をこちらに向けて私を見る。驚いたのかピクっと動き、手を離させようとするが離れなかった。
「…おい」
「す、すいませんちょっと緊張してしまって」
背広から震える手を離すが尾形の反応がない。もしかするとからかわれるかなと思い構えていたのに…なんだろう。不思議に思い尾形を見ると無表情でこちらを見ている。見つめ合うこと1分。ようやく口を開く。
「皺になるからやめろ」
「あ、はい」
心底嫌そうな顔をしながら話を続ける尾形に無表情で返事を返した、と同時に視線を感じた。場の空気が氷点下になるほどの殺意、初めて感じるものに冷や汗をかくが尾形はそれに動ずることも無く話を続けていく。
「ここから先に行くと応対室がある」
「…はい」
「いってこい」
「ついて来てくれないんですか?…担当なのに?ここまで着いてきたのに?」
何を言っているんだこいつはと目で訴える尾形。いや分かって欲しい。連れションを誘う瞬間みたいなそんな柔なお願いではないのだ。ヒシヒシと感じるこの殺意に気付いていないというのか?そんな馬鹿なことがあるはずはない。
「ついて来て下さい…本当に。あの人たちに殺されそうでやばいんですけど」
殺意が身に突き刺さって身の危険を感じる。ちらっと殺意を感じる方を見ると特徴的な眉毛の肌黒い人と何故か頬に棒人間を書いた白い人がハンカチを噛んで睨んでいる。下手のホラーより怖い。なんでハンカチを口に含んでんの?昼ドラなの?とかツッコミ所がたくさんあって怖い。尾形はそれを見ると哀れみを込めた顔をしながら私を見てそっと肩を叩いた。もしかして一緒に来てくれるの?期待を込め尾形の顔を見つめる。
「…ついて行って下さい尾形様といったらついて行ってやる」
「行ってきます。」
なんで様付けで言わなければならない、お前は何様だ。尾形を睨みながら言うと「言われてもついて行かねえけどな」と憎まれ口を開いた。もし言っていたら羞恥心を弄ばれていた、最低だこの人。
「それでこそ皐月だ。ここ真っ直ぐ行くとつくぜ、じゃあな」
背中を向け手をヒラヒラさせながらエレベーターへ向かっていく姿を見ながらあいつの小指に納豆が付かねえかなと呪った。
尾形がエレベーターへ向かうとあの二人からの殺意が薄くなった気がして競歩選手の如く急ぎ足、いや走った。ものすごく走った。もう知らないマナーとか知ったことでは無い。命の危機に面している。さっさと面接落とされて帰ろう。そして番号を変えて杉元くんには悪いけれど派遣変えよう。ごんべえはそう思いながら高そうな扉を目の前にしてそう決意した。息を整え、手を添えてノックをする。
『入りたまえ』
渋いダンディーな声がドアの向こうから聞こえる、が、私は騙されんぞ。殺意をびしびしぶつける部下を持つ方だ。この人も変な人に違いない。
「…失礼します」
意を決して部屋の中へ入り扉を閉めようとしたが「開けたままでいい」と額当てをした気立てのいい高そうなスーツをみにつけふわりと香水の匂いを匂わせた品の良さそうな中年男性がそう口に出した。何故、閉めなくていいんだろう。分からないがこの人の言いつけ通り開けたままにして高級なソファーに誘導される。すると、後ろにいる気配を感じた。そう、また殺意という気配が。振り向かないぞ私は見ないぞ絶対に。するとブツブツブツブツと後ろで何かを言っている2人に気が付いた。なんだろうと耳を傾けてみるとー南無阿弥陀仏と言っている。いや、生きてるから私生きてるからえ?幽霊と思われているの?もう何だか意味がわからない、取り敢えず信心深くていいなと思う事にしよう。ゴクリと息を飲みながら耐えていると男性が名乗った。
「私の名前は鶴見と言う。ここの子会社の社長を任されている身分だ」
「皐月えみですよろしくお願いします」
よし、早く終わらせよう。時給が高いからってここの会社で働いたら胃に穴があく確実に。
「履歴書を拝見させて頂いても?」
「はいこちらになります」
履歴書を渡す際に鶴見社長が私の手を慈しむように撫でた。いきなりの出来事にひゅっと息を飲んで固まってしまう。
「…失礼つい綺麗な手だったもので触れたくなってね」
「は、はぁ」
なんなんだこの人と唖然としていると後ろから何かが折れる音と先程より強い殺意を感じた。え?何?ここ世紀末なのかな?と、取り敢えず見ないように心構えよう。平常心平常心頭の中で白石を思い浮かべた。思い出せあの坊主頭を…!
ッヘーイ☆
お気に入りのネックレスを落としてなくした時に慰めてくれた時に言ってくれた言葉それが「ッヘーイ☆」私はこれを思い浮かべると平常心になれるのだ。うし次会ったら白石殴りに行くと私は決意を心に秘めて俯いた顔を上げると鶴見社長は私に笑顔を向けた。
「ふむ…」
と履歴書を見る鶴見社長。さあ、早く落としてください。金欠だろうかなんとかなるさとこの先のことを考えていると鶴見社長はちらっと私を窺いこう言った。
「君採用!!」
その言葉と共に後ろでバキバキガッシャーンと言う音がした。
「え?」
「まさか鯉登くんと宇佐美くんの視線に耐えられるとは君やるな!」
「は?」
「わざと見せ付けていたのだよ。我が社で働くにはあの二人の視線に耐えられるかそれが条件なのでね」
「え?」
「明後日から出勤したまえ詳細は尾形君に伝えておく彼から聞くことわかったね?それでは失礼するよ」
「いや、ちょっとま、「キエェェェエエェェェ$$#¥¥-$#””&¥”」「鶴見社長誰ですかあの女キィィィ」……えぇ…?」
殺意を振りまく存在が鶴見社長の背中を追いかけ去っていく、私は高級なソファーに身を沈めながら今までの生活が走馬灯のように流れた。
「グッバイ…私の平凡な日常」
今の私は死んだ魚のような目をしているに違いない。