それはずるいよ
私は自分に時間を、自分を大事にしておけば良かった。人に狂わされて、助けようとして、でもそれは無理で、人は変わらない、変わるには自分でなんとかしないといけない。それを他人がどう口に出そうか意味が無い、本当に本人が解決するべき問題なのだから、それが分かる頃には私も歳だけが加算されていて悲しきかな、もう後戻りは出来なくなっていた。
この人に時間をかけた意味はなく同じことの繰り返しで学習などしない尾形百之助の姿を見てもう疲れたなと自嘲気味に笑う。腕時計を付けて小洒落な洋服を身に纏うとさっさと外へ出ていく彼を見遣りバタンとドアが閉まる音がした
「…私も行かないと、たしかに時間の無駄だった。けれどこれから先は私のやりたいようにするんだ」
隠していた旅行鞄の中に私の洋服や大事な物が詰め込んで、いつでも出れるように準備をしておいた、それを手に持つとズシリと重みが私の手に伝わる。本当にいいのかい?終わるんだよ?と訴えられているかのような、そんな被害妄想も出てしまうが首を振りそれを追い出す、ふと視線を感じ棚の上を見ると彼と笑い合っている写真を見つけてしまい哀しみが深くなりつつある
「…もう、戻れないんだよ」
棚の上の写真立てを見ないように倒し玄関へ向かう。外へ出ると暑さのためかくらりと目眩が走る、ミーンミーンと蝉が泣き空は忌々しいほどに晴天で腹立たしい。私は今まで貯金をしてきた。いつでも百之助から離れてもいいように働いて貯めていたお金。それで新しい門出のために旅行でも行こうかなとバスの中で思い浮かべる。おもいっきりに海外旅行もいいかもしれない、楽しいことを考えるだけで曇天模様の心に太陽の光が輝いたような気がした。
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バスターミナルに付くと、行き場所など決めていない私はまず案内板を見て決めようと足を進めていく空港でもいいかもしれない。空港へ発車する時刻が三十分後であり時間が余ってしまったな、どうしようかと考えていると、遠くから百之助の姿を見てしまいバッと影に身を隠す、なんで居るのだろう…ちらっと居た場所を確認すると横に女性が微笑んでいる。あぁ…そう、ここで待ち合わせをしていたのね、一気にわくわくした感情が風船のように萎みドロドロとした感情がまた心の中で膨らんでいった。
「あまり動くと…バレるかもしれない」
バレてもいいのだけれど、もう話すのも疲れている。私の場所は外へ通じるドアに近い、ここから外へ出てタクシーでも拾おうかなと旅行鞄を手に持ち立ち上がる。もうここにはいたくない、タクシーを拾い乗り込むと空港へお願いしますと伝え窓から見える風景を見ながら先程の百之助と女の空港の姿が頭の中で何度も何度もネジを回し再生するオルゴールみたいに頭の中で再生をされていた。空港へ着くと私は悩みに悩んだ結果沖縄行きのチケットを買った。今の季節だとハワイか沖縄かなあと適当に選んだ遠くへ行ければなんでもいい、手持ちのお金が少し足りないのでクレジットカードで払い沖縄へ向かう。
忘れよう何もかも
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綺麗な海、綺麗な空、繁華街はごちゃごちゃしていたが住み心地は良くついつい長居をしてしまった。あれからもう1ヶ月は経つ、昔の携帯を起動させて見ると物凄い着信とメッセージが受信される。1ヶ月経った今でも毎日欠かさずに『どこにいるんだ』『帰ってこい』『俺を捨てたのか』そんなネガティブな発言がズラっと私の視界を埋め尽くしていた。もう見るのはやめようと電源を切ろうとしたがタイミング良く電話が鳴って焦って通話ボタンを押してしまった、なので切ろうとすると懐かしい声が媒介を通して耳へ流れた
『…おい、切るなよ。やっと繋がったんだ、どうして俺の前から居なくなったんだ、ずっとずっと一緒に居たじゃねえか。なぁ、俺を捨てるのか』
辛そうに悲しそうな声を出していた、こんな声は聞いた事がなく戸惑う、繁華街の真ん中で呆然と携帯を手に持ち固まる私を置いて通り過ぎていく通行人、車のクラクション、話し声が全ての音が遠く感じる
「ごめんなさい」
私はそう言って通話を切り電源も切るとホテルへと向かった。部屋へ戻ると何も考えたくないのでウォークマンを手に取りイヤホンを耳に付けて大音量で音楽を流し部屋へこもる。百之助の声が頭の中でリピート再生されて、もやもやとした感情が広がり好きな歌にも集中出来なくてイヤホンを外した瞬間に…ピピピピと部屋の備え付けている電話がなり始めた、何だろうと思いながらも受話器をとり耳に当てるとフロントからだった
『申し訳ありません。あなたの知人と言っている方が来ていまして通してもよろしいでしょうか?』
知人…?そう言えば信頼している人には私の居場所を話していたな、もしかしたら来てくれたのかもそう思い、はいと答えた。部屋に来ると聞いてバタバタと部屋を少し整頓するとドンドンとドアを叩く音が聞こえドアを開けると
「…っ」
「よう、元気そうでなによりだ」
目の前には先程連絡をしていた彼、尾形百之助がニコリと笑いかける。やばいとドアを閉めようとしたがドアの隙間に足を引っ掛けドアを閉められないようにしその隙間から手を入れて力ずくで開けると私を押しのけ部屋の中に入ってきた
「な、なんでここが分かったの…」
迫り来る百之助にじりじりと後ろに下がりながら聞く
「クレジットカードお前使っただろ、それの明細を見てお前の居場所がわかった…もう一度聞くぞ、俺を捨てる気でいるのか」
感情の読めない顔で淡々とそれを言って近付いてくる、クレジットカードの明細が家へ届く事は頭からスポンと抜けていた。百之助の使っている香水の匂いがする、後ろに下がり続けるとトンと背中に固い壁が当たり後ろを確認すると行き止まりで逃げ場などない、前を見るとニコリとまた笑い、逃げれるものなら逃げてみろと私の頭の横に手をドンと置かれびくっと反応した私にははっと笑う。しかし私は屈しない
「あの女性はどうしたの、やり取りとかしていたよね?」
「あれは俺に付き纏っていただけだ、興味はない」
「でも…!」
「…何だ、それでヤキモチ妬いて出て行ったのかかわいいやつだなお前、俺はごんべえにしか興味が無いし、どうでもいい。出て行ったと気づいた時には俺は傷付いたんだぜ?だが俺ももう怒ってないから、安心して戻ってこいよ」
胡散臭そうな笑顔を発している男の言葉をどこまで信用していいものかと下を向き考えていると、百之助が何か勘違いしてはいないか?と言い始めたので反射的に彼の顔を見るとゾッとした。空いている片手で前髪を押さえて獲物を狙うかのような顔でこちらを見て口を開く
「俺から逃げられないと言っただろう」
前髪を押さえていた片手も私の頭の横に置き耳元で囁かれていた
人を変えることよりも自分が変わった方が早い、けれどこの男は私を逃がしてくれない。それは私がこの男に人生を掛けなければいけないという悲しき事実を私に突きつけている。でも私はこいつの言葉を信じることは出来ない。
「…もう傷付くのはいや、放っておいて!私はもう疲れたんだよ…」
壁に置いていた腕を下ろし私の腰に回しぎゅっと抱きしめる。私は温もりといつもより早い心臓の音を感じる。バクバクと緊張をするかのような早さ、なんで?
「百之助……心臓の音早いよ」
「…やかましい」
それを聞くと力を込めてもっと抱きしめられたので私も百之助の腰に手を回し抱き締め返すと「…悪かった」小声で小さくそう呟いたのに気付きさっきの強気な態度は、どこへいったのだろう。心が揺らぎ始めた私に好きだ、離れるなと震える声で言う彼を見て私も抱き締める力を強くし「…それはずるいよ百之助」と呟いた