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自分より名のある者と戦って勝ち、その地位を奪う。ひと昔前なら賞金稼ぎのような所業である。どこかの峠のトップがやってきては勝負を挑まれ、しかし負けて地元へ帰る寂しげなテールランプが赤く灯る。バトルはどちらかと言えば好きだと言えるが、ただこっちの好き勝手に走っていただけでそんな名で言われるようになった現状を、もう何台見送ったかわからない秋名のゴールにて文太は、決して良しと思っていなかった。
紺碧の文太
「こっちまで名が通っているわよ」
「…うるせェよ」
秋名湖畔に佇むホテルは、もうずっと藤原家の得意先だ。その最上階には、カウンターと丸テーブルの呑み処がある。洋酒を置いておらず、日本酒を好む文太にとって、商店街の馴染みすぎた飲み屋と同等の頻度で訪れるほど気に入っていた。
「だめ」
「祐一も一緒だ。今トイレに立ってる」
「あら偉い。ハンドルキーパーさん連れてきたのね」
そういうことなら、と、文太が指した銘柄で熱燗を一献、つけてやる。着物の袖を押さえ、銚子をそっと鍋にくべる指先。文太からカウンター越しに見える、俯瞰の目元。橙色の照明が、その色気を際立たせる。
「祐一さんもかわいそう。付き合わされて」
「乗せてきてやったんだから帰りくらい代わってくれるさ」
「ふふ、酷い人」
赤いルージュと、口元の黒子に女性の艶を感じる。女将のミナは、文太と長い付き合いだ。
深い、深い青色に、金色の六連星(むつらぼし)。ラリーストだった過去の自分の手に再び、相棒と呼べる戦闘機がやってきて早数年。今までずっと一緒にいた可愛らしい成りのパンダトレノは、今は息子拓海の相棒となり、これも早数年。『秋名のハチロク』と賑わった時代が身を潜め始めた頃、再び、ひとつの名前が流れ始めた。
「オレもう50近いんだぜ、勘弁してくれよまったく」
「だったら走らなきゃいいじゃない」
「走らねェと仕事になんねーだろうが。勝手についてくるんだよ、若ェのが」
「引導を渡してあげたら?若い子たちに」
「…それもどうかと、な」
走りにアツい男たちには、なんだかんだ甘いのだ。若輩連中が、自分をウワサの人物だと思って後ろからハイビームを投げてくるたび嬉しくなってしまうのは、もう仕方がないと思っている。
「"紺碧の文太"、ね…」
「言うな恥ずかしい」
「なんたって名前入りだもんな!ミナちゃんオレも熱燗ね」
「お前は飲むなよ祐一、誰がインプ運転するんだ」
バトルを吹っかけられて嬉しくはあるが、その通り名は『秋名のハチロク』、拓海以上に恥ずかしい。ことり、と出された小鉢をつつきながら、ミナがつけてくれた熱燗を嚥下した。
祐一と訪れた夜の秋名。流していただけのインプレッサに挑んできた輩と下りで軽く遊んでやり、もう一度上ってやってきた湖畔のホテル。最上階の窓から望む湖面には、肴にちょうどいい真ん丸の満月が映っていた。
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続きます。
紺碧=こんぺき、と読みます。とても深い青色。次回は健さん登場します。
ぱちぱちありがとうございました(*^^*)
2014,11〜
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