【SZY.】


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※第一話はコチラ


小柏健はある日、湖畔に立って目を閉じた。

息子、カイが走りを追い求め巣立ち、もう数年が経った。栃木、中禅寺湖のほとりで、妻とふたり静かに過ごす毎日。ときどき息子からの戦績の電話が鳴るくらいで、過去に自分が投じていた世界とは正反対の時の流れを、秋の日光とともに感じていた。


「あなた、カイからよ」

「おー、今行く」


息子から一報届いたようだ。妻に呼ばれ家に戻り受話器を取れば、それは戦績ではなくまったくもって予想外の話だった。



紺碧の文太 第二話



『オレがいなくなってハメを外した親父の仕業かと思ったぜ』とカイは言った。しかし息子の仲間や走り屋らの話だと、やれ復活しただのクルマが違うから復活じゃねーよだの現役じゃないから今なら勝てるだの、彼の話題が一日一回必ず出るのだというのだ。自分が知らぬところで、かつての最大の好敵手が脚光を浴びている。恐らく奴はそれをとても面倒に思っているだろうが、自分は既に隠居しているのにこの差はなんだと、健は鍵を取りに玄関へ向かった。


「どうなさったの?MR2の鍵なんて持って、珍しい」

「ちょっと渋川へ行ってくるよ、暗くなる前には帰る」

「あら、藤原さんのお宅へ行くなら、お豆腐お願いしますね、木綿がいいわ」

「はいはい」


妻は文太と健の関係を既知である。MR2で渋川に向かうことすなわち、藤原家へ立ち寄ること。昔の走り屋の繋がりは、今も廃れていない。未だに憎き好敵手であっても、なんだか旧友のようなふたりを知る妻は、パッパッとふたつクラクションを鳴らす夫へ手を振って見送った。


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せっかく来たのに留守とはなんだと、藤原とうふ店の前で健は項垂れた。自分が知るのは店の固定番号のみで、文太が携帯電話を持っているのかどうかも知らなかった。まあ夕方…自分が栃木へ帰るまでには在宅しているだろうと、時間潰しのため健は秋名へ走らせた。

秋半ばは、どの山を走っていても気分が良い。日中の秋名へは随分久し振りに訪れた健は、湖畔に秋名富士が聳える姿にひと息ついた。栃木が誇る中禅寺湖と男体山には負けるがなと、ついここでも張り合ってしまう。


「小柏…さん?」


見れば、薄黄色の訪問着で傍らに篭を持つ女性。とても覚えのある声で、呼ばれた。


「秋名で再会なんて、何かの巡り合わせでしょうか」


彼女はいつも、文太のとなりにいた。初めて…そうだ。昔、この秋名で見かけたときは彼女も走るのかと思ったがそうではなく、『クルマに乗る文さんの姿が好きなの』と言っていた。文太の幼馴染みの彼女は、ミナと言った。


「覚えていてくれたのか、ミナ」

「忘れるはずないわ、健さん」


クルマ好きの幼馴染みなだけで、ミナと文太は恋人ではなかった。ミナはずっと恋い焦がれていたそうだが、当時…文太がハチロクで伝説を作った頃、既に奴には恋人がいた。


「名前で呼ばれると、照れるもんだな」

「ふふっ、お元気そうでよかった、健さん」

「ミナは、あれからずっと秋名に?地元へ嫁いだのかい」


健が文太のバトルを見に行くと必ずミナもそこにいた。ひとりでいては危険だと近付いて話しかけたのが、健とミナとの出会い。ミナは文太に恋をして、自分はミナに、恋をした。


「いいえ…お相手は、まだ。今は、店の女将をしているの」


伏せた目で首を振ると、袖口を手で押さえながら手先を湖畔ホテルへ向けた。


「ホテル直営の農園とガーデンがこの先にあって、さっき、お野菜とお花をもらってきたの。お店で出すから、健さんも一度いらしてね」

「文太も、よく、来るのかい」

「…ええ、夜に」


『夜しか、文さんに会えないから』


若い頃、ミナは言った。
文太は決して、危険な夜の峠へ恋人を連れて来なかった。昼間は恋人との時間…だから夜だけは、文太の近くにいられるんだと。少し寂しそうにミナは話していた。


「まだ、慕っているのか」


健はミナが好きだった。文太じゃなくて自分を選べと、告白もした。何度想いを伝えても、ミナは折れなかった。


「……賭けをしているの」

「賭け?」

「……あの人と会えるのは、今も決まって夜ばかり。奥様が亡くなって、もう長い…。もし彼が、"昼間"に私に会いに秋名へ来てくれたら、もう一度本気で、彼を愛そうっ…て、……ッ!?」


つんざくマフラー音、軋むタイヤの悲鳴。湖畔そばの広い駐車場でターンしていく青い背中。見かけの姿は変わっても、扱い方は、現役のまま。目を開いて立ち尽くしたミナは、ふふっとひとつ、笑いをこぼす。


「…降りずに行ってしまったわ。また賭けに負けちゃった」

「か、賭けって、あの青インプ、文太か!!」

「健さんもご存知だったの?"紺碧の文太"」

「それを聞きに奴の店に行ったら留守だったんだよ!くそー!ミナ、今度またゆっくり話そう!」

「ええ、いつでも来てね健さん。お店で待ってるわ」


くすくす笑うミナ。妻とはまた違う柔らかな仕草で手を振られ、健はMR2の元へ年甲斐もなく全力で駆け出した。



(ちょっと文太おじさん!サイドターンするなら言ってよ!舌噛んじゃった!)

(おー悪ィ悪ィ)



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第二話、若健さんの切ない恋でした。豚でいちばん好きなシーンをちょっと拝借。カーチスをさらりとあしらうレディなジーナさんといったら!

次回、インプ大改造。ピッコロおやじならぬ政志さんと娘さんのお話です。

ぱちぱちありがとうございました!
2015,1〜




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