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「…どうした、さっきからずっとそんな顔して」
「…」
「言ってくれんと、わからんぞ」
「おじいちゃん、」
「んー?」
「…パパって、すごい人、だったの?」
所用から帰ると、焦げ茶色のローファーがきちんと並べてあった。何の連絡もなく渋川に、しかもひとりでやってくることなど今までになく、それでも文太は孫娘の突然の訪問に、嬉しくて口角が上がる。しかしどうだ、話しかけてもずっと黙ったままで、口先は尖り、どこか一点を睨みつけているような目だった。
「母ちゃんから聞いてなかったのか?」
「運転が上手ですごく速いってことは知ってるけど」
涼花が言うには、学校でこんなことがあったらしい。
『なー高橋ー、これって、お前のおやじじゃね?』
『どれ?…なにその古そうな雑誌』
『オレの父さん、すっげー物持ちよくってさ、コレ、20年くらい前のヤツなんだぜ!』
『ふーん、竹内くんちも、クルマ好きなんだ』
『それよりこの写真だよ!この前の授業参観、オレおんなじクルマ見たし、高橋のおやじと同姓同名だし間違いねェって!すっげーよなー、めっちゃ速くて峠のカリスマだって!』
『…峠の、カリスマ?パパ、お医者さまだけど…?』
__________
「おじちゃんたちに運転を教えたのはパパだってことも知ってる。けど、雑誌に書いてあったことは、ひとつも知らなかった。峠を攻めるってなに?赤城山の彗星って、どういうこと?パパの白いセブンが、そんな風に走っていたの?」
(……あちゃ、これは、なかなかマズイな)
過去に一度、涼花と涼介は大喧嘩をしている。叔父である啓介と拓海は、涼花が小さい頃からよくとなりに乗せて秋名や赤城に連れていってくれた。怖がらない程度に、少しだけ攻めてくれるときもあった。だが、それを涼介に言うととても怒られてしまった。『どうしてそんな危ないところへを行くんだ』と。叔父ふたりが大事な姪を危険に晒すことなど絶対にないが、涼介は涼花が峠に行きたがることを、許してくれなかった。
「私が小さいときは、よくパパがお山へ連れていってくれたわ。でもパパは忙しい人だからなかなか一緒に行けなくて、行きたいときはいつもおじちゃんたちにお願いしてるの。でもね、おじちゃんたちは必ず言うのよ、パパのドライビングには誰にも敵わないって。どういうこと?私には行くなって言ってるのに、パパはいいの?おじちゃんたちだって、レースのお勉強をするためにお山を走っているんでしょう?私は、行ってはいけないの?」
「……涼花は、クルマが好きか」
「だいすき。もう助手席がイヤなの。早く運転したいなあ。お山も走りたいけど、啓介おじちゃんみたいに、サーキットも走ってみたい。」
「18になるまで、あと6年か。すぐじゃねェか」
「私もママや拓海おじちゃんみたいに、今から運転しちゃだめ?おじいちゃん」
「…だめ」
さすがに、孫にまでそんなことは出来ないだろう。だが文太は、父親の涼介とは真逆の考えをしていた。クルマが好きで、速くなりたい。そう思うなら、今はまだ助手席でもいい。荷重の掛け方、路面の角度、サーキットと公道のミューの違い…助手席から感じることは、運転していないからこそ、たくさんある。走りの原点は、峠だから。
(あの父親の娘で、なんつったってオレの孫だ。涼花こそ、最強の遺伝子じゃねェか)
涼介に内緒で、光源氏計画ならぬ走り屋計画を企ててもいいかもしれない。拓海と啓介を巻き込んで。
「涼花、高崎まで送ってくから帰るぞ。どーせ母ちゃんに連絡してねェんだろ」
「やだ、帰らないよ。パパ、私に隠してたもの。自分だってお山で危険なことしてたんじゃない」
「親は誰だって危ない場所へ子供を連れていきたくないもんさ」
「おじいちゃんはママとおじちゃんに運転させてたじゃない。無免許って違反なのよ!それはいいの?」
「今はもう時効だ」
「えー!答えになってない!ずるい!」
「秋名湖に用事があるんだよ。さっさとインプ乗れ涼花」
用事など嘘で、寄り道してやるからと言葉を濁せば、通学バッグを持って嬉しそうに外へ出る。『かわいいぬいぐるみよりミニカーの方が喜ぶのよね』と、涼花が赤ん坊のころに陽向が言っていた。高橋と藤原を受け継いだ涼花の血がいつか走りの舞台で開花することを、一介の走りやだった涼介も心のどこかで描いているのかもしれない。だが親心では。可愛い可愛いひとり娘を、今も昔も良からぬ輩が屯する夜の峠や男社会のサーキットへ連れて行きたくないのだろう。だから、親のやっていたことに興味を持たせぬよう『オレの過去を教えるな』と、母の陽向を始め啓介と拓海に告げていた。
しかしもう涼花も小さくない。自分の道を、夢へ進んでも、おかしくない年頃だ。
(親子三代で走り屋、か。悪くねェな)
高崎へ戻れば、陽向がカンカンに怒っているだろう。きっと涼花のジュニアフォンには、陽向からの着信が山ほどあるに違いない。今も可愛らしいメロディが、助手席から流れている。
「母ちゃんだろ、いい加減出てやれ」
「やぁだ。インプちゃんのエンジン聞いてたいもん」
孫の夢は、きっと息子たちと同じ。小さな走り屋が公道デビューするときまで生きていなきゃなと思う、祖父だった。
「どこ行ってたの涼花!電話にも出ないで!」
「ごめんママ。おじいちゃんちにいたの」
「もう…心配したんだから。ありがとうお父さん、迷惑かけてごめんね」
「陽向よ、あのな、旦那が帰ったら言っといてくれ」
「なに?」
「子供の興味を制限させちゃいかんぞ。可能性を拡げてやるのが親だ」
「は?なにを今さら…?涼介さんが涼花になにかしたの?」
「小さな彗星さんとやらが誕生するまで、オレは生きるからな」
「え?…!ちょ、お父さん!涼花に何か言ったでしょう!」
__________
「ねー、啓介おじちゃん、拓海おじちゃん」
「あん?」
「私って、カートまだ早い?」
「もう12だろ?ジュニアクラスで充分走れっぞ」
「あ、今度の日曜、オレ鈴鹿だから一緒に行くか?涼花。カートのイベントあったはず」
「ほんと?"すずか"のサーキットに連れてってくれるの拓海おじちゃん!」
「パパに聞いて、いいよって言われたら行こうか」
「うん!」
__________
「…昼間、こういうことがあったんですけど。オレたちどうしたらいいですか涼介義兄さん」
「…」
「いい加減よう、涼花に教えてやったら?アニキ」
「…涼介さん、涼花はやっぱり、あなたの娘ですね」
「まだ、子供だ。それに涼花は女の子だぞ。オレだって、啓介や拓海のように進んでほしいと思っているさ。だが…」
「一度、拓海と一緒に鈴鹿で走らせてみましょうよ。カートだったら、公道と違って危険はまだ少ないから」
「お前はいいのか陽向。涼花の将来が、クルマの世界で」
「…高橋と藤原の血、なのね。お父さんがいて、拓海と啓介くんがいて、涼介さんがいる。こんな、恵まれすぎた環境はどこにもないわ。ずっと話さないでいたけれど、涼介さんの昔のお話、聞かせてあげましょうよ。あの子、きっと喜ぶわ」
__________
「涼花…入るぞ」
「…すう、すう…」
「……ごめんな、ずっと、隠してて」
「ぅん…ぱ、ぱ?」
「ちょっと、パパとお話しようか。赤城のお山にやってきた、白い流れ星のお話だよ」
小さな走り屋が誕生したのは、それから6年後のこと。父と同じ白いロータリー、後継のRX-8を駆る。夜の赤城山でしか会えない可憐な少女は、その名前が由来し、こう呼ばれていた。
『赤城の月"花"美人』と。
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改めまして、お誕生日おめでとうございます陽向さま!
またまた、文太じーちゃんのお話…だけにしたくなかったので、ご家族にもご出演頂きました。拓海と啓介をおじちゃんと呼ばせるのが楽しくてですね。というかとんでもない家系ですね!最強すぎる遺伝子ですよ涼花ちゃん!ちょっと子供すぎたかな…12歳ってこんな幼く…ない、気がします;;すみません;;
昨年は高橋ご令嬢がお生まれになったお話をお贈りしましたので、今年は更に成長したお話を。『小さな彗星さん』という響きが気に入っています。夢のまた夢…のようなお話を書くのも好きなので、また続編を書かせていただくかもしれません。涼花ちゃんは、涼介さん似の性格は藤原です。おっとり。
高橋と藤原のお話で、陽向さまが少しでも元気になって下さいますように。そして、良い一年でありますように!お祈りしております!
りょうこ
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