貫く剣は贖罪の証(1)

 豪華絢爛な食事に理志はなんとも言えない顔をしていた。朝からこの量はうんざりするしかない。王達と話すよりも、理志はさっさと食事をすませ、護衛である騎士の選抜をすましてましろと合流したかったからである。
 昨晩もそれとなく、あの黒薔薇屋敷から戻ったルジェとハウウェルにましろの安否を尋ねれば無事に屋敷に辿り着いたという答えしか返ってこなかった。城内の一部ではあのもう一人の聖人がいつ黒腐病にかかるかと言ったことが冗談交じりに交わされている。理志はうつることがないと理解しているのでそんな話を笑って返していたが。

「聖人くんは、はやく騎士を選びたそうだね」

 ようやくの食事会を終えて、理志がルジェと共に移動していた時である。朝の勤めを終えたハウウェルが声をかけてきたのだ。相変わらず爽やかな笑みを浮かべている彼はメイド達の憧れなのだろう。通っただけできゃあきゃあという声が聞こえる。

「わかります?」
「顔に出ているよ。聖女様に会いたいのかな?」
「ましろにたいする不安しかないので」

 理志の言葉にハウウェルはあの子は大丈夫だと思うな、と笑って見せたが。そんな会話をきいたルジェが口を開く。

「聖人様と聖女様は仲がいいのですね」
「幼馴染みなんだよ」

 理志の言葉に、ルジェが一瞬表情を変えた。そうですか、と言葉を返す頃には普段の無表情にかわっていたが。ハウウェルは「てっきり」と口を開く。

「恋人が何かかと思っていたけれど」
「違う違う、幼馴染み」

 理志としては推しだ。そこに幸せになってほしいという願いはあっても恋愛感情を抱いてどうこうしたいという欲はあまりない。推しは推しである。ルジェはその言葉にいくらか表情を緩めた。

「それはさぞかしご心配でしょう。騎士の選別にあまり時間をかけなければ、正午には向かえるとは思いますが」
「それでも正午か……」

 理志はがっくしと肩を落とす。まだまだましろと合流するのに時間はかかりそうである。

「まぁ、ユージンはとにかく、チェリッシュ嬢がもう一人の聖人様のそばにいるんだ。大丈夫じゃないか?」

 不意に後ろからきこえてきた低い声に、理志は肩を跳ねさせた。勢いよく振り返ればそこには男がいる。赤毛の髪を理志の世界でいうツーブロックにして、黄色の瞳はいかにもおもしろいと言わんばかりである。ルジェは眉間に皺を寄せてその男をみた。

「ラディアント」
「おっとっと、朝から小言は勘弁してほしいね。はじめまして? 聖人様。俺の名前はラディアント。ラディアント=ネクター。よろしく」
「理志です。よろしく」

 差し出された手に理志は握手に応じようとした。が、男――ラディアント=ネクターはすぐに腕を折り曲げてそれを拒む。まるで小学生の騙し方である。

「は?」
「ハウウェル、このお坊ちゃんは大丈夫か? 危機感がなってない」
「ラディアント」
「いいか、お坊ちゃん。この世の中、アンタを誘拐したい人間も、利用したい人間も、殺したい人間もいるんだ。おいそれと握手をするものじゃない」

 そう苦言を呈したラディアントにルジェは内心同意した。この国では不穏な事件もたたおきる。それを取り締まるのがラディアント率いる黄薔薇の騎士達であり、裁くのはルジェを含めたどちらでもない人の集団である『議会』だ。

「もう一人の聖人様も、昨日見たところでは何もできないご令嬢といったところであるし……」

 ラディアントはそう言ってやれやれと肩をすくめた。ましろは確かにそう見える。理志はうむうむと頷いた。外見はそう見える。
 しかしましろは実際はやると決めたことはとことんやる性格だ。父子家庭であり、父親は出張が多い。なおかつましろの話を聞くに、仕事などは完璧だが家事全般ができない父親なので家事炊事はお手のものだ。それに加えて、ましろはあの学校にあるフェンシング部のエースである。父親がもとより強く、それに習ったましろにもオリンピックの話もちらほら聞くような人だ。見かけよりもずっと強かなのだ。

「納得するんですか」
「いや、見かけはそうにしか見えないなって。でも、決意が決まったら強いというか……芯が強いというか……俺たちの国では結構剣技で上位にいくというか……」
 
理志の言葉に三人はそれぞれの反応をした。ルジェはふむと考え、ハウウェルは「へぇ」と頷き、ラディアントはケラケラと笑った。

「ははっ、それは面白い冗談だ! では、そのもう一人の聖人様がどう狂犬を手なずけるか拝見しよう」
「狂犬?」
「黒薔薇の騎士団長は狂ってるからね」

 ハウウェルの言葉に理志が口をへの字にする。
 理志からすればどの口がそれを言うかという感じだ。この国に出てくる多くはそういう狂っている箇所がある。それをうまく隠せているかいないかの差だ。目の前にいる三人も、その狂犬も、チェリッシュと言われる人物も、王達でさえ。
 ましろがハッピーエンドを迎えるには全員を生かした上で、その部分をどうにかしなければならない。
 ルジェは理志の表情を心配と取ったのか口を開く。

「チェリッシュがいる限りは大丈夫かと思いますが」
「そうだね、彼女は女性ながら強い。『剣人クシウス』であれば騎士になれただろうに」
「そういう物言いはどうかと思いますが」
「でも、ハウウェル大神官がいうことが事実だな」

 ラディアントはケラケラとまた笑う。これ以上の会話はボロを出す可能性がある。理志はそう判断して口を開く。

「ラディアントさん? は黄色い薔薇だから二人とは別なんだよな」
「まぁ、そうだな。仕事はならずものの捜査や捕縛だな」
「あー、と、黄薔薇は国内の為の騎士団ってことか」
「はい、その解釈で結構です。おいおい説明はしますが」

 ルジェはそう言って頷いた。理志はルジェをみる。

「ルジェさん? は薔薇つけてないな」
「失礼、昨日も今朝もお忙しく貴方には名乗っていませんでしたね。ルジェ=アントニーリッジと申します。俺はただの・・・貴族出身で『剣人クシウス』ではありませんし、騎士団に属してはいないので」
「剣を持ってるのに?」
「これは前王より受け賜ったものです」

 ふぅん、と理志は頷いておく。まぁ、違うことなど・・・・・・この『物語ゲーム』を知る理志にはわかっているのだが。

「こちらはハウウェル=ブルユバー。紫薔薇の騎士団の団長です」
「まぁ、正確には紫薔薇の騎士達はみな神官だからね。騎士団というわけではないかな。私のような『剣人クシウス』や普通の人も鞘人もいるよ」
「なんか大変そう」
「おや、どうして?」
「昨日の話を聞いてると、『剣人クシウス』めちゃくちゃ虐げられてる感じだし」
「それは仕方ないさ、聖人様」

 ケラケラと笑いながらラディアントが首を左右にふった。ハウウェルはラディアントの言葉に同意をする。

「首輪をつけない『剣人クシウス』は凶暴性が際立つからね」
「事実、捕まるのも裁かれるのも『剣人クシウス』ばかりです。『剣人クシウス』による暴行事件がかなり多いですからね」
「そ! 俺たち法の番人はその対応におわれているわけだ。ルジェ宰相の法案が無事通れば大人しくなると思うんだが」

 ラディアントの言葉に、ルジェは俺もそう願いますとだけ返す。理志は頭を抱えたくなった。その法案の可決を阻止しなければ、ましろがルジェルートに入ってしまう可能性がある。それ以外でも、フラグは乱立している状態だ。目の前にいる三人が強敵すぎる。

「どうかしたか?」
「いや、やることが多いなって」

 理志は告げた言葉に後悔した。三人のうち二人――ラディアントとルジェは首を傾げ、ハウウェルは笑みを浮かべるだけだ。

「? 何を言ってるんだ、聖人様のやることは黒茨をどうにかすることだろ」

 ラディアントの言葉に、理志は内心ホッと息を吐く。まだ敵対する時ではないし、護衛がいなければ理志は簡単に倒される。捕まることも死ぬこともあり得るのだ。なので、理志は首を傾げる。

「黒茨?」
「それに関しては聖女様と合流した後、お伝えします。あれは現物を見た方がいいでしょう」

 ルジェは懐中時計をとりだして時間を確認すると、また口を開く。

「そろそろ修練場へ向かいます。貴方にかかりきりな王にも仕事をさせないといけませんから」