貫く剣は贖罪の証(2)
ましろは鏡を見て、よし、と気合いをいれる。
寝る前に色々悩んでいたが、こうなってしまったのなら仕方ないとしか言えない。ましろのいた頃は聖人など伝説のお話であり、聖女の仕事がいまいちわからない。とりあえずはこの屋敷にいる人の黒腐病をなんとかする必要があるし、チェリッシュや周りの誤解を解く必要もある。やらなければならないことは山ほどあった。
そのためには豪華絢爛なドレスよりも身動きが取れやすい町娘のような服装が好ましかったのだ。チェリッシュはドレスを着せたかったのか少し不服そうであるが。今も薄い水色のドレスを持って、動きやすい衣服を着たましろにあてがっている。
「ましろ様にはこのようなドレスの方がお似合いだと思うのですが」
「そのようなドレスを着れば、騎士団の方が萎縮されます」
「萎縮されて当然です。むしろ萎縮するべきです」
「いいえ、彼らの家にお邪魔をしているのは私です。そうするべきではありません」
ましろはそう言って首を左右にふる。チェリッシュは渋々引き下がった。それを見てましろは微笑むと、振り返ってチェリッシュをみた。
「昨日お会いした方に会いに行きたいのですが」
「いけません! 病が移ります!」
チェリッシュが血相を変えてそう告げる。ましろは首を左右に振った。ましろの記憶ではあの病は『
剣人』特有のものであるし、他人にはうつらない病だ。
黒腐病と呼ばれるあの病は、志や行動が誓いを違えてしまった時に生じる剣人の体にできる錆である。そして、誓いを立てていなくとも自らの刃を手入れしなければあの病は発病するのだ。そう、他人に移りようがないのである。
ましろ――アンナが生きていた頃にはそうならないように王達が工面し、『
剣人』達は刃物などを扱う職についていたはずなのである。剣を扱う騎士団だけでなく、鋏を扱う理容師や庭師、包丁を扱う料理人、鋸を使う木工職人などその職は幅広いながら専門的で、『
剣人』達が住む街が職人街と呼ばれていたのはだからだ。
「大丈夫です。心配してくれてありがとう、チェリッシュさん。貴方は無理についてこなくとも大丈夫ですよ」
ましろは微笑んでから、こう見えて腕っぷしはありますから! とふざけるように告げる。チェリッシュはその様子を見て、大きく目を見開いた。チェリッシュさん、とましろが呼べば、すぐに気を取り直して首を左右にふったが。今にも泣きそうな声だ。
「いけません」
「どうしてですか?」
「あの男は魔女を殺した男です。貴方もきっといつか殺されてしまう」
「そんなことはありません。もし彼がそうするのであれば、私が道を誤った時です」
ましろの言葉にチェリッシュは首を左右にふる。
「貴方はあの男を買い被りすぎです。貴方は何も知らないから」
「では、それを知りに行きます。私が危険だと判断すれば身を引きますから、ね?」
小さい子供に言い聞かせるように告げる。それでも頑なに頷かないチェリッシュに、ましろは困った顔をした。どうすればチェリッシュを説得できるだろうか。ましろ自身の身を案じてくれている為に、無理矢理にということはできかねる。
しかし、そんな静寂を切り裂くように廊下から騒がしい声がする。なんだろうとましろが扉の方を見ていれば、声は扉の前でぴたりと止まった。
「ししょー! この部屋だ! 入るぞ!」
「あぁ、いけないよ、トゥーリ。女性の部屋というのはノックをするべきで……」
男性の止める言葉はどうやら間に合わなかったらしい。少年が扉の中に入ってくると、チェリッシュとましろをみて口を開いた。
「聖女様ってどっちだ!?」
そんな様子にましろはクスクスと笑った。くるくるとした明るい茶色の髪に、緑色の瞳をした少年はましろとチェリッシュを見比べていた。くたびれた洋服を着た男性がふむと考えた。
「おや、チェリッシュがいるね。手前の女性は王城のメイドさんだよ。きっと奥にいる方が聖女様じゃないかな?」
「へぇ!! さすが師匠! その推理力と身なりの気にしなさはロドンで一番だ!」
「トゥーリ、後者は褒めているのかい?」
「うん!」
「ならいいか」
そう言った男性にましろは首をかしげる。納得していいことだろうか。確かに身なりを気にしていない。ぼろぼろのくたびれた衣服をきているし、髪だって乱雑に一つに括っているだけで、ボサボサだ。前髪だって伸び放題で、時折青い瞳がみえるものの基本的には見えない。
唖然としていたチェリッシュが、はっと我に返った。
「カルネヴァム様、女性の部屋にノックもなく入ってくるのはどうかと思います。あと、身なりは気にするべきです」
「ええ? 僕を叱るのかい?」
「子供の責任は保護者の責任ですよ」
「止めたんだけれどなぁ。それに、チェリッシュ、僕は騎士団をクビになったのだし、様はいらないよ」
男性――カルネヴァムはそう言って頭をかいた。まぁすぐに汚い、とチェリッシュが顔を顰めたが。ましろは立ち上がると、少年に合わせて少し屈む。
「こんにちは。貴方のお名前はなんでいうのですか?」
「!! 僕はトゥーリ! 苗字はない!」
目をキラキラとさせて少年はましろに告げる。トゥーリくんですね、よろしくお願いしますと微笑んだましろにトゥーリはぽぽぽと顔を真っ赤にした。よろしくする! と元気いっぱいに宣言したトゥーリは微笑ましい。カルネヴァムはふむと考える。
「おどろいた、ハウウェル郷から話は聞いていたけれど。なるほどなるほど? だから王達は君をこの屋敷に閉じ込めようとしているわけだ」
「……?」
「いや、なに、君が僕の知り合いに似ていてね。もう故人なのだけれど」
その言葉にましろは首をかしげる。ましろの前世であったアンナに似ているのか、それとも別の人なのか。いまいちましろにはこの男性が記憶にない。青い瞳を持つ子供といえば、確かに貴族に数人いた。ふくよかな少年とは仲が良かったが、この男性とは結びつかない。
「不思議だな。紫にある禁書を読めばそういう記述があった気がするな。もう一度読みたくなってきたぞ。どんな記述だったかな……」
「師匠! 聖女様に挨拶!!」
「おおっと、そうだった。すまないね。僕の名前はカルネヴァム。騎士団をクビになったから、勘当されてしまってね、苗字はないんだ。カルネとよんでくれたらいい」
「カルネ様?」
「様はいらないよ」
「カルネさん」
「うん、それがいい」
「私はましろと言います。ましろ・七城です」
「ましろ? この国にとっては不吉極まりない名前だね!」
カルネヴァムはそう言ってケラケラと笑った。トゥーリが心配そうにましろを見上げ、チェリッシュは困った顔をした。
「ましろ様、このような形になりますので、お名乗りにならぬよう」
「そうだね、それがいいよ。この国では白いものがないくらい、白を嫌っているんだ。白を使いたい時はどうしても薄く他の色が混ざって色を使うんだよ。ばかばかしいとおもわないかい? そのうち、命令の『〜しろ!』という語尾だって禁止されるかもしれないよ?」
「そんなばかな話はありません!」
「そうだね、まともな国ならそうだ」
トゥーリの言葉にカルネヴァムは頷くと、さてでは聖女様をなんと呼ぼうかと考え込んだ。同じくトゥーリも考えこむ。それがなんだか可愛らしくて、ましろはクスクス笑った。まぁ、チェリッシュがすぐに「聖女様とお呼びすれば良いだけでしょう」と突っぱねたが。
「しかし、チェリッシュ。もう一人聖人はいると聞いたよ」
「もう一人は男性ですから」
「なんだ、そうなのか。では人前では聖女様と呼ぼう」
「それで? カルネヴァム様は何のご用ですか?」
「いつものように黒腐病の様子を見に……あとはユージンの部屋にある薬草を採りに来たんだ。そうしたら兵士から聖女様がいらっしゃると聞いてね。あぁ、ユージンは知ってるかな? この黒薔薇騎士団にいる影みたいな男だよ」
チェリッシュはそれを聞いてカルネヴァムを睨む。タイミングがタイミングだ。ましろはこれはちょうどいいタイミングだと言わんばかりに手を叩いた。
「はい、昨日お会いしました。彼の部屋を伺うのであれば、私もご一緒してもよろしいでしょうか。昨日はきちんと挨拶できていなかったのでご挨拶したいのですが」
「聖女様、病がうつると……」
「きっと大丈夫ですよ」
「大丈夫ではありません」
「そうです! 大丈夫ではありません! 数年前からこの街では大流行しています! それに普通の人や鞘人にもうつるという話もあります!」
チェリッシュとトゥーリの言葉にましろは困った顔をして首をかしげる。うつらないものだとわかっているが、その知識があると異世界人では不自然であるがゆえに説明ができない。カルネヴァムはましろの様子を見て、何か思案した。
「トゥーリ、普通の人や鞘人にうつった事例はいまだにないよ。ただの噂話だ。ましろ様は何か覚えがあるのかい? 君の世界で似たような事例があるとか、本で読んだとか……」
ましろはその言葉に目を瞬いた。そうである。そうしてしまえばいいのだ。理志も話をあわせてくれるだろうし、何より父親から聞いたことにすれば解決するにちがいない。ましろはそう考えて頷く。
「はい。詳しく話すことはできませんが、父から似たような話を聞いたことがあります」
「へぇ、それは興味深いな」
ましろの言葉にカルネヴァムはふむ? と考えた。聖人とは異世界から来訪すると言われているが、その異世界でも同じような病があるのか、と。
どういう形であれ、黒腐病は現状魔女が撒き散らした病だという捉え方をされている。もとよりそれに関する書籍は禁書に近い扱いではあったが、数年前におこった魔女の一連の事件で燃やされたり紛失しているのだ。この国が成り立った頃は『
鞘人』の多くが治癒方法を理解していたが、今はもう王族だけだと言われている。いや、王族も知らないふりをしている。そうしていた方が都合が良いからだろう。
カルネヴァムはじっとましろをみた。ましろは首を少し傾げて、青い瞳でカルネヴァムを見つめてくる。その様子に、ふふっとカルネヴァムは笑みを浮かべた。ああ、あの王女様にそっくりだと。
「チェリッシュ、ましろ様はこう言っているし、恐らく引く気はなさそうだよ」
カルネヴァムの言葉に、チェリッシュは苦々しい表情をした。ましろはチェリッシュの手を取ると、大丈夫ですから、と笑んでみせる。チェリッシュはそこで折れたらしい。
「どうしてもというのであれば、私もご一緒します。万が一にでもあの狂犬が貴方に危害を加えてはいけませんから」
ましろはその言葉に嬉しそうにはにかんだ。ありがとう、チェリッシュさん、とましろがお礼を言えばため息をついたのだが。