貫く剣は贖罪の証(4)
スータスに連れられてやってきたのは、庭である。いや、庭というよりは空き地、もしくは山の中というのか。整備されずに無造作に植物が生えている。屋敷のこの一角だけは植物が枯れなくてねとスータスは生い茂った薔薇の蔦をのかしながらそう告げた。もとは薔薇のアーチが作られていたのだろう。アーチを作るためのフレームはもう役にはたっていない。なんとか薔薇の蔦をスータスが移動させると男性が一人通れるほどの隙間が現れた。トゥーリはカルネヴァムの手を引いて慣れたように足を踏み入れた。服が棘に絡もうがお構いなしである。ましろはチェリッシュは共にそこに進む。
「ユージン団長はとても植物の世話が上手でね、ここは彼が一応世話をしているんだ」
「世話をしているようには見えませんが」
チェリッシュは怪訝そうに告げる。草木は伸び放題でとてもではないが世話をしているようには見えない。確かに最初はそう思う、とスータスはまたクツクツと笑った。そうしてもう一度蔦に覆われた場所をまるでカーテンを開くように開ける。光が溢れている。トゥーリが慣れたように足を踏み出し、カルネヴァムをひき入れた。ましろはそれに続いて蔦の迷宮から外に出た。
そこにあったのは間違いなく美しく整った庭園だ。箱庭のような、限られたスペースにある庭ではあるが、綺麗に整えられている。わぁ、と小さくましろは歓声をあげた。ガゼルの周りにはたくさんの種類の花が植えられ、小さな泉のようなものもある。
「素敵な場所ですね」
「それは団長に伝えてほしいね。団長、お客様だ」
スータスはそう言ってガゼボに向かって歩いて行く。トゥーリはカルネヴァムをおいて、花畑に突き進んだ。ましろはとりあえず立ち止まることにした。周りの壁のようになっている蔦は薔薇の蔦だろうか。蕾をつけようとしている。その蕾をまじまじと見ようとしていれば、いい加減に起きたらどうなんですか! とスータスの大きな声がした。チェリッシュは嫌悪感を隠そうともしない。ましろはチェリッシュに声をかけるのをやめ、ついてきていた2人の部下に声をかける。
「団長さんは寝坊助さんなのですか?」
「いえ、団長は目覚めたくないのです。仕事に行く前はいつもああですよ」
そう苦笑いした部下にましろはもう一度ガゼボをみた。スータスがあなたと言う人は! と叱る声がする。とりあえずましろはガゼルに近づいた。白いガゼボには屋根以外の雨避けなどは付いていない。雨風に晒されてぼろぼろになったソファにはユージンが横になっているのがみえる。相変わらず影のように真っ黒だ。そして、ユージンを見下ろすスータスが見るからに怒っている。
「どうせ、カルネとトゥーリが薬草をとりにきているんだろう。勝手にしていい……」
「ええ、わかりましたよ、勝手にさせます」
スータスはそう言ってましろをみた。
「私は席を外すんで、あとはお好きにどうぞ、
聖女様」
「はい、案内をありがとうございます」
ましろがお礼を告げていれば、急にユージンが起き上がる。そうして、ましろをみて目をパチパチと瞬いた。
「どうして聖女様がここに……?」
「貴方にご挨拶をしたくて。スータスさんやカルネさんに連れてきていただきました。昨日は結局ご挨拶できませんでしたから」
そう言ってましろはもう一度庭を見渡す。何度見ても美しい庭である。綺麗な庭ですね、とましろが笑みを浮かべてユージンを見れば、彼は目を大きく見開いた。ほろほろとまた涙を流したユージンにましろは困った顔をする。彼はひどく泣き虫だ。ましろがそっと背中を撫でれば、彼は丸くなるように蹲る。そうして、独り言のように口を開く。
「あぁ、そうか、いやがらせか。そうだ、いやがらせだ。また誰かの護衛だといって、俺を折らせないつもりなんだな。そっくりな
娘を差し向ければ、俺が大人しく頷くと思って。何が聖女なんだ。どうせ同じだ、みんな同じだ、死ねない俺をせせら笑いたいだけなんだ」
不穏だ。ましろがもう一度彼に声をかけようとした時だ。ユージンが「あぁ、そうだ」といかにもいいことを思いついたかのような声色で呟くと、ましろをみた。どこか混乱したような、目に光がないような瞳で。
「聖女を殺せば、きっと極刑で死罪になる」
「団長さん?」
「そうか、だから差し向けてくれたんだ、君を殺せば俺は死ねる。俺は救われる! そうだ、そうに違いない!」
言っていることがごちゃごちゃだ。先程まではいかにも悲劇だと言うふうだったのに、今度は歓喜の表情を浮かべている。彼が手を真横に伸ばせば白い光と共に剣が現れる。立てかけられていた剣が、一瞬で彼の手元に現れたのだ。その瞬間、チェリッシュが駆け込んできてましろを庇った。スータスがユージンを抑える。
「団長、何とち狂ったことを言ってるんですか」
「はなせ、スータス。俺はやっと死ねるんだ!」
「チッ、面倒な……」
「聖女様、ご理解いただけたでしょう! この男は狂っているのです! 近づくべきではありません! 貴方が殺されます!」
「スータス! 離してくれ! チェリッシュ! そこを退くんだ! 俺は聖女を殺す!」
「ユージン、君が聖女様を殺したとしても残念ながら死罪にはならないよ」
そう言ってユージンの剣を退けたのはカルネヴァムだ。彼は手際良くユージンの手から剣を奪い取ると、近くの花畑に投げた。瞬間、体に痛みが走ったのが、ユージンはウグっと小さなうめきをあげる。
「聖人は二人いる。彼女がこの館に来ていることを考えるに、彼女は厚遇されてないんだ。理由は君にもわかるだろう?」
「なら、二人とも殺――」
「二人殺したって一緒だ。君は死を許されない。王達にとっては都合が良い駒であるし、なによりあの人達が君の死を許すはずがないよ」
「あああ、」
「現状、君は生きるしかないんだ」
「あああああ」
カルネヴァムの言葉にユージンは崩れ落ちた。スータスは深いため息をついて、髪をかきあげる。ガゼルの外から様子を窺っていたトゥーリもホッと息を吐いてカルネヴァムに近づいた。
「聖女様は近づかない方がいいでしょう」
「そうだね、『
蓮の皇国』でいう『君子危うきに近寄らず』と言うやつだ。君は残念だけれど、金輪際ユージンには近づかない方がいい」
「帰りましょう、聖女様」
チェリッシュはそう言って手を引く。ましろは眉尻を下げて首を左右に振った。
「しかし、会わないわけにはいきません。王様が何か大会にでなさいと……」
「大会?」
「もしや、例の貴族のための馬鹿げた闘技大会かな?」
「カルネ、仮にも騎士団に属す私の前でそんなことを……」
「おや? 僕は結構誰の前にでも言うよ」
カルネヴァムは平然とそういうと、ぶつぶつと何か呟くユージンからましろに目を移した。
「まぁ、彼が落ち着いてから改めて話をしよう。流石に今日は難しいかな」
「そうした方がいい。貴方のような非力な方は殺されて終わりでしょうから。まぁ、いつ貴方が話せるかは分かりませんけどね」
「他の人を連れて行った方が早いね、たぶん」
そんなばっさりと。王様の命令なのに。ましろはそう思ったが口にはせず口を閉じる。そしてそのままチェリッシュに手を引かれてその場を後にした。