主人公、貴公子と話す
■ ■ ■
「おかしい、ミドリから返事がない」
ケイマはそっと耳元に手を当てる。廊下を歩いている最中だ。先を進む三人を見送りながらコウヘイはケイマを見下ろした。
「いつからだ?」
「最上階に来る前までは通じてた。いや、通信はできてるけど、応答がない」
「取り込み中か?」
「いや……雑音だけがはいる」
ケイマの言葉にコウヘイはスマホを取り出した。そして眉間に皺を寄せた。
「何かあったらしい」
ケイマはその言葉に珍しく眉間にシワを寄せた。どういうことだ? と尋ねた言葉は日本語ではなくイギリス英語である。
ケイマはたまにこういう節がある、というのはコウヘイが思うことである。ただの学生同士の友人、もしくは友人ごっこの時は見せることは決してなかったが、怪盗として仲間になってからは偶に日本に浸透しているだろうアメリカ英語ではなくイギリス英語の発音になるのだ。コウヘイはポケットからスマホを取り出すとメッセージアプリを起動した。
「ハルには何かあればメッセージを送れと言ってある。メッセージのスタンプが来た」
「はぁ? スタンプ?」
「あくまで俺たちのやりとりの問題ではあるが、通常のメッセージのやりとりで使わないと決めているものが幾つかある」
ケイマはコウヘイのスマホ画面を覗き込む。ひよこが網に捕まっている様はどうも和やかに見えて緊急事態にはみえそうもない。
「普段は俺からしか発信しないものだが、今回は向こうから来た。どうやら捕まっているか包囲されているらしい」
コウヘイはそう言ってスマホをポケットに滑り込ませる。ケイマは少し眉間にシワをよせてコウヘイを見上げた。
「ミドリにワザとハルをつけたのか?」
「あぁ。お前が思っているよりもミドリは俺たち側の世界の人間には都合がいい存在だからな」
「都合が良い?」
「惚けるな。お前の相棒は国籍も戸籍もない人間だろう」
コウヘイはそう言ってケイマを見下ろした。ケイマは眉間にしわを寄せてコウヘイを見上げる。
「断定かよ。調べたのか?」
「ミドリに会ったその日にな。お前が下手をしたわけじゃない。だが、情報屋を使えば人の出生程度の情報なんざすぐ調べがつくが、アイツにはそれがなかった。シークレットサービスに登録されているわけでもない。改ざんされているわけでもない」
「……」
「情報屋が出した結論が、『存在証明がない人間』だ」
「存在証明がない人間、それも子供なんて売買されるのが落ちだ」
眉間にシワをよせたコウヘイに、ケイマは同じく眉間にシワを寄せた。
「それでどこにいるかわかんのか?」
「いや、GPsを切られている。場所はわからない。ただ、アイツでさえもお手上げな状態とはわかる」
両手をあげたコウヘイにケイマはため息をついた。
「環先生、悪い、俺の友人三人が行方不明になった」
どうかした? と振り返った環に、ケイマはおちゃらけたようにそう告げた。サキは「えっ!」と声を上げる。
「ミドリさん達がですか!」
「展示室にいたはずなんだけど、連絡が取れなくなったからちょっと探すわ」
「何かあてはあるのかな?」
環の問いかけにケイマは一人だけなと不敵に笑ってみせる。地下の通路のことも気になるのだけれど、と前置きを置いて、ケイマは腰に手を当てて口を開く。日本語でも英語でもなく、フランス語である。
「名探偵、ちょっとだけ色々目を瞑って欲しいんだけど」
「おや、語学が堪能な学生さんだ。英語だけでなくフランス語もですか」
「まぁね、色々あるんだよ。俺たちには」
ケイマの言葉に環は目を瞬いた。そして口元に浮かべた笑みを手帳で隠した。
「それはそれは。では、なにの目を瞑れと」
「地下にある通路の先に恐らくミドリ達がいる」
「ふむ?」
「俺たちが犯罪紛いのことをしてもある程度目を瞑ってほしい」
両手を上げてそう告げたケイマに、環は目を輝かせた。ほう! とワクワクしたように声を上げた彼女は、にっこりと笑みを浮かべる。手帳で口元が隠れているため、ケイマからは表情はよく見えないが。
「私は警察ではありませんしね、いいですよ」
「それはありがたい」
「しかし、なにをする気ですか?」
「一人、重要参考人を連れてくる。15分ぐらい時間をつぶしてから地下に来て欲しい」
その言葉に環は「いいでしょう」と頷いて見せた。
「では、15分後に」