その日の夕方。
出陣から戻った今日の第一部隊長、光忠が報告にやってきた。特に怪我も無く終えたというので、ちょうど良いから彼の他に五人の刀剣を部屋に集めてもらった。
……この件はさっさと話しといた方が良い。
「なんだいなんだい、主が呼び出すなんて珍しいじゃないか」
「この面子……。何かあったんだな」
苦笑いを浮かべる次郎太刀に、メンバーを見て察したクニ。小夜、薬研、光忠、伽羅も俺の事情を知っているだけに何かしら聞く覚悟はできているようだ。
気が重いが大方予想はつくだろうその話をするため、俺も覚悟を決めて口を開く。
「……"あいつ"が現れたらしい」
「!? どこに?」
「現世。クロちゃんたちが会ったんだって。戦闘にはならなかったみたいだけど、近々波乱が起きそうだ」
「……っ」
「…………」
そう告げれば光忠は表情を強張らせて拳を握り、伽羅は金色の瞳を閉じた。
二人ともあの日を思い返しているのだろう。あれはトラウマものだもんな。
「戦闘にはならずとも確実に目ぇつけられてんな、あのお人たちは。注意するようには言ったのか?」
頭の回転が速い薬研は、もうあいつの嫌いな人物像とクロちゃんたちを比較したようだ。
「クロちゃんにはさっき忠告したよ」
翡翠にも言われていたからね。
クロちゃんとシロちゃんはあいつの標的に打ってつけだ。俺との繋がりがある分、尚更狙われるだろう。
巻き込んだ謝罪も含めて気を付けるようにと忠告すれば、鏡の向こうでクロちゃんは柔らかく微笑んだ。
「お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ、私たち強いですから。そう簡単にやられるつもりはありませんし、寧ろ返り討ちにしてやります。瑪瑙さんが気に病む必要はありません」
正直すごく安心したというか、滅茶苦茶頼もしかった。
まったく、女の子とは思えないくらい肝の据わった子だよなぁ…。
「どっちだ?」
「ん?」
「あんたが言う"あいつ"とは、"どっち"を指している?」
クロが会ったのはどっちだ?
クニの言葉に再び視線が俺に集まる。
そう、敵は一人じゃない。二人いる。その内のどちらがクロちゃんたちと会ったのか。それはあいつが漏らした俺の呼び名で確信している。
「…………」
そっと前髪の下に手を添える。
古傷が……疼く……。
あの時の感覚が蘇る。
「ここを……」
突き立てられた金属の感触。
間近で聞こえる、ぐちゅりと捏ねる音。
頬に流れる生温かい赤。
目の前の狂いきった笑み。
本来見える筈の無いそれ。
そして……手にしたそれを……
「……喰った女」
カタッ
「! 誰だ!!」
襖の外で聞こえた物音。一番に反応したクニが咄嗟に立ち上がって襖を開け放つ。
「…っ、も、申し訳ありません!」
「ごめんなさい!! 聞くつもりじゃ……」
小さな身体を更に縮こまらせて立っていたのは平野と乱だった。時間的に恐らく夕飯を知らせに来てくれたんだろう。
聞くのは本意ではなかったと、震えながら涙目で謝る二人に苦笑する。そんな顔をされてはまるで俺がいじめているようだ。
罪悪感に苛まれながら立ち上がり、安心させるために彼らの頭に手を置いてそっと撫でた。
「大丈夫だよ。そろそろ皆にも話そうとは思ってたしさ。こっちこそ結界も張らずに話してたんだし、嫌な話聞かせて悪かったね」
「い、いえ!嫌な話では…!」
「……っ、ぁ……主さん。あの……さっきの話、本当なの?」
聞いて良いものか迷った様子の乱だったが、俺に話す気があるのを知ってか恐る恐る訊ねてきた。その瞳は嘘だと言って欲しいと言わんばかりに揺れている。
ここで嘘だと言えたらどれだけ安心させてあげられることか。しかし残念ながら……
「本当だよ」
「っ!!」
「そんな……っでは、主様の右目は……」
誰も映さなくなってやっと慣れてきたけれど、それでも、どうしてもこの疼きだけは無くなってはくれない。
「俺の右目は」
「瑪瑙様」
俺の言葉を遮った政府の遣い。音も無く現れたこんのすけは俺に一冊のファイルを預けると、俺が返事をする間も無く姿を消した。
俺とこんのすけのやり取りは、出会った頃からずっとこんな感じだ。素っ気ないわけでもなく、ただ淡々と仕事するだけ。
だが……
「タイミング悪過ぎ……」
デカデカと書かれた"特別指令"という文字にため息を吐く。完全に言うタイミングを見失った。
乱と平野には悪かったが、言い掛けていた言葉を飲み込むと俺はそっとファイルを開いて中身を確認。
直ちに向かえと書いてあるその内容を読む俺は相当怖い顔をしていたのか、薬研が乱たちを先に広間へと向かわせていた。避難させていたの間違いかな? 後で謝ろう。
「クニ、光忠。腹減ってるとこ悪いけど出掛けるよ」
「俺たちだけで良いのか?」
「ああ」
まったく、面倒なことをしてくれる。
周りの迷惑も考えられねぇのか、あいつらは。
……否、巻き込んでんのは俺か。
ああ、痛いなぁ……