瑠「おにぃ、政府で何かあったの? 研修制度なんて今まで無かったじゃない」


翡「まさか、今度は問題児の更正しろとかじゃねぇだろうな?」


瑪「話だけなら聞いても良いッスよ。それで心変わりするかはわかんないッスけどね」



研修を行うこと自体に問題は無い。寧ろ、生徒たちが自分の本丸を持つ前に審神者としての意識を持たせるのは必要なことだ。

ただし、送り先が私たち"特別部隊の本丸"ということに問題がある。
私たちは本来すべき審神者業務に加え、黒本丸の修復任務も行っている。通常の任務をこなしている様子を見せて体験させるべきだとは思うのだが、途中で特別任務が入ればそうも言っていられない。黒本丸に研修生を連れていくことなんてできないし、そんな本丸の存在を教えるべきだとしても、見せるにはまだ刺激が強すぎる。

政府側が何を思って私たちの本丸を推薦したのか、そうなるに至った経緯が知りたい。

頭を抱えて唸る真黒さんは助け船を求めるように、隣に座る重春様を見る。すると、バインダーを眺めていた重春様は座る体勢を変えると重い口を開いた。



重「研修の目的は二つある。
研修生には本丸での生活の仕方や刀剣男士への出陣の指示、刀装の装備について等を実際に経験し、覚えてもらうことがまず第一の目的だ」


瑪「……第二は?」


重「刀剣男士が付喪神であること、神と人との関係性、信仰……。間違いを犯すとどうなるかを理解させるのが第二の目的であり、この研修において最重要項目だ。
それを踏まえた上で向かわせる本丸にお前たち四人の元を選んだのは、お前たちが一番身近に黒本丸を実感している審神者だからだ」


『黒本丸修復任務を行う私たちだから、黒本丸をこれ以上増やさない為に次の審神者たちを育てろ、と?』


重「刀剣男士を正しく扱う審神者は勿論多くいる。だが、黒本丸の実態と刀剣のその後を知っている審神者は、お前たち特別部隊だけだからな。研修において最も勉強になる本丸はお前たちの本丸の他には無いと思っている」



成る程。それは確かに一理ある。

黒本丸の存在を知る審神者は、会議でも話題にされているから多くいるだろう。
しかし、実際にどんな有り様になっているのかを目で見ているのは、黒本丸を作ってしまった審神者以外には私たちだけだ。

黒本丸を言葉でしか知らない審神者より、その実態を知る私たちから語られる方が、研修生もより現実味が沸くだろう。



真「任せたい研修生っていうのは問題児じゃないよ。その逆。新しく立ち上げる本丸の審神者候補生たちなんだ」


瑠「じゃあ、成績も優秀な子たちなの?」


真「んー、そこは個性豊かかな。いくら成績が良くても、物の扱い方が酷い子は審神者にできないからね。その辺りは性格とか考え方を見て選んでるよ」


瑪「へー。この数年で政府もちゃんと考えるようになったんスね」


真「はは……。じゃないと君たちの負担が減らないしね」



ニヤリと口角を上げて嫌味を言う瑪瑙さんに、真黒さんは苦笑で返す。

政府だって馬鹿な人間ばかりじゃない。審神者と刀剣男士のことを考えて、働きやすい環境を整えようと考案している人も大勢いる。
中には変な術を開発したり、性格的に合わなくて衝突する人もいるけれど、そういう人には何かしらの不運が巡ってくる。

普段は損な役回りばかりの真黒さんだが、他人への配慮を一番に考える彼だからこそ協力したいとも思う。



『お話はわかりました。ただし、先程言ったように私の本丸は政府の管轄外。研修生を迎え入れるには安全性に欠けるかと』


真「わかってる。私たちも生徒の安全を第一に、充実した研修をしてほしいからね。とりあえず、今はクロが引き受けてくれるかどうか、了解を得たいんだ」


『それでしたら、このお話は一度持ち帰らせて頂いても宜しいですか?』


瑠「あら、随分慎重ね。
あんた今の返事オッケーってことじゃなかったの?」



わかりましたと言ったのだから了解したのではないのかと、瑠璃様は首を傾げる。



『あくまで私の意見としては、研修生の安全が保証されるのであれば賛成です。お預かりするからには責任を持って教育しましょう』


瑠「じゃあ何で持ち帰るのよ?」


『……瑠璃様』


瑠「様付け! 敬語もダメだからね!」


『……瑠璃、お前も持ち帰った方が良い。私たちの本丸は元黒本丸。刀剣たちは主人以外の人間が立ち入ることに敏感になる』



研修生の性格がどうであれ、初日は警戒心バリバリになる筈だ。

瑪瑙さんや翡翠さんは既に刀剣男士を従えている審神者だったから、初対面でもそこまで警戒することはなかった。

でも研修生は違う。初期刀すら持たず、純粋な彼らはまだ神様との接し方を知らない。間違えれば私の刀剣たちの警戒が解かれることなく、研修が滞る可能性もあるだろう。



『それに、私の本丸にはシロと刻燿もいる』



妹のシロは、これまで限られた人間と刀剣男士としか接して来なかった。身体も弱いから彼女の負担になることはなるべく避けたい。
そして刻燿。彼は政府が実装したわけではない特殊な刀剣男士だ。研修生の興味の対象になることは間違いない。

二人ともコミュニケーション能力は高い子だから研修生とも仲良くやれるだろうが、前以て知らせておくべきだろう。



『私の一存で頷くことはできません。彼らの了承を得てから、改めてお返事させてください』


瑪「そういうことなら、俺たちも皆に聞きに持ち帰った方が良いね。研修はさせるべきだろうけど、刀剣男士の心の準備が万全じゃない」


翡「だな。受け入れる体制整えねぇと互いにストレスになるだけだ」


瑠「そうねぇ。言われてみれば、あいつら最初の頃かなり凶暴だったのよね。今は大丈夫だと思うけど、あたしも皆に伝えとくわ」


真「わかった。良い返事がもらえることを期待してるよ」



優しく微笑む真黒さんに、私も安心して頬を緩める。彼が融通のきく人で良かった。この場にいたのが重春様だけだったらそうもいかなかっただろう。

その後、研修生の受け入れが決まったら詳しい日程や教えるべき項目を伝えてもらうことになり、その場はお開きとなった。

ぬるくなってしまったお茶は、ほんのりと甘かった。


 

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