「また会ったねぇ、小エビちゃん」
「ふなぁああ!? またしてもそっくり兄弟ぃ!!」
選択授業で錬金術を選択していたユウ、ユノ、グリムが、白衣に着替えて錬金術室に向かう。
すると、そこにはよれた白衣に身を包んだフロイドがいた。
因みに、フロイドがこの授業を選択したのは完全に気紛れだった。
今日は二年生との合同授業で、二年生が一年生の面倒を見ながら宝石を作ることになっている。
「では、各々でペアを作り、さっき教えた手順通りに宝石を錬成しろ。混ぜる時は、くれぐれも慎重に行うように」
二年生は去年履修した内容の宝石作りだ。なので今回、主に材料を計ったり混ぜたりするのは一年生が行い、二年生は一年生が間違えてないか見守りに徹する。勿論、間違えそうになったら口出しして指摘し、最終的に宝石が出来上がれば一・二年生ともに評価してもらえる。
フロイドは評価にこそ興味は無かったが、今一番興味のあるユノこと小エビちゃんが同じ授業を選択していることにテンションが上がり、ニンマリ笑って彼女の隣に立った。
「オレ、小エビちゃんとペアが良い〜」
「ふな!? い、嫌なんだゾ!!」
「なぁんでアザラシちゃんが嫌がんの? 小エビちゃんに話してんのに」
「あの、フロイド先輩。私とユウとグリムで一人の生徒扱いなので、私と組むと必然的に……」
「小エビくんとアザラシちゃんもくっついて来んの?」
「はい」
「すみません、フロイド先輩」
ユウとユノはグリムの監督生という立場だ。三人(二人と一匹)で一人ということで入学の許可を得ているため、成績も纏めて一人分扱いとなる。こういったペアを組む授業では個々で組むことはできず、上級生はこのグループ丸ごと面倒を見なければならない。
魔力無し二人と魔獣の面倒なんて、進んで名乗り出る輩はいない。たまに女の子と組みたがる下心満載の輩が現れることもあるが、その時は目を光らせたクルーウェルによって、安全な生徒とペアを組まされる。その他の場合は、毎回余り者が仕方なく組むことになっていた。
「ふーん。まぁ良いや。一人でも二人でも一緒だし。小エビちゃん組も〜」
「わかりました。よろしくお願いします」
「うん、よろしく〜」
「ふなぁ……」
「グリム、我慢しろ。ちゃんとやれば大丈夫だからさ!」
今のところ、フロイドの機嫌は悪くない。余り者の先輩が溜め息を吐きながら渋々ペアになるよりはずっとマシだと、ユウとユノは承諾した。
ということで、今回はこのペアで宝石の錬成を行うことになったのだった。
* * *
「……アザラシちゃんさぁ。センセーの話聞いてた? 慎重にやんねーと爆発するっつってたでしょ」
錬成開始から僅か十分。
フロイドは片腕で双子エビを庇った状態で、煙立つ鍋の向こう側を睨んでいた。
ユウが材料を細かく刻み、ユノが粉末と液体がダマにならないようにそっと混ぜ、グリムが魔力を籠めながらくぅるくぅるとかき混ぜる鍋に、少しずつトロトロと投入する。クルーウェルの言い付け通りに手際よく作業する彼らを見て、フロイドは最初こそ「オレの出番ねーじゃん」と高みの見物をしていた。
双子エビが住んでいた異世界には、こういった錬金術なんて授業は無いのだと聞いた。わけもわからず作成するのだ。さぞ危なっかしいのだろうな、いつやらかすだろうかと、フロイドは面白半分に見ていた。
だが、残念ながらわからないからこそ慎重に作業する双子エビ。真面目すぎて普通に成功しそうだなと、フロイドはつまらなく思い欠伸をした。
しかし、それも本当に最初の数分間だけ。
「一気に全部入れたらもっと手っ取り早く錬成できるんだゾ!」
「あっ」
「こら! グリム!!」
のんびりした作業に我慢ならなくなったグリムが、ユノから取り上げたボウルの中身を一気に鍋にぶち込んだのだ。
あっと気付いた時には危険を察知したフロイドが双子エビを背に庇い、マジカルペンを構えて爆発から守っていた。
ボフンッと音を立てた鍋は黒焦げ。鼻を刺激する何とも言えない臭いが立ち込め、煙が晴れると爆発音に驚いてボウル片手に呆然と立ち尽くすグリムがいた。
ここで冒頭のフロイドの言葉である。
確かにフロイドは面白いことが起きないかとワクワクして待っていたが、今の爆発は可愛がっている小エビちゃんが怪我をし兼ねないものだ。面白がるどころではない。フロイドの機嫌は急降下した。
そもそも、そんな簡単に宝石が作れるなら二年生がわざわざペアを組まされるわけが無い。だが、それがわからない一年生は、残念ながらグリムの他にもいる。その証拠に、他の鍋からも爆発音と共にクルーウェルの「Bad boy!!」が声高らかに響いてきた。
「ふぬぬぬ……っ! オレ様もうこんな面倒な授業嫌なんだゾ!!」
「あっ! グリム待て!!」
グリムは頭からゴーグルを外して床に叩きつけると、一直線に換気している窓から出ていった。
器用に木に跳び移って着地し走り去っていくグリムを見て、双子エビは溜め息を吐く。顔色からしてグリムの脱走にはほとほと困っているようだ。
そこへ見回り中のクルーウェルがやってくると、二人の様子から察したらしく肩を竦めた。
「またグリムは脱走か。どうしようもないBad boyめ」
「俺、連れ戻してきます。フロイド先輩、すみませんが引き続きユノと宝石作り頼みます」
「は? 小エビちゃんだけでやんの? 逃げたアザラシちゃんなんて放っといて小エビくんも授業続けりゃいーのに」
「グリムの脱走は今に始まったことじゃないし、いつもこんな感じなんです。それに、俺たち一応“グリムの監督生”だから、捕まえるのも授業受けるのも両方やらないわけにはいかないんですよ」
「ふーん。真面目だねぇ」
「はは。じゃなきゃ俺たちまで怒られちゃいますから。じゃ、ユノは授業頼んだ」
「ん。ユウもグリムお願い」
ユウはユノに目配せすると白衣を翻して出ていった。
(マジで出てっちゃった。良いの? 小エビちゃん、女の子でしょ? 一人にさせちゃってほんとに良いの? いや、オレいるからなんだろーけど……)
パチクリと瞬いてユウを見送ったフロイドは、残されたユノを見下ろす。彼女は焦げた鍋を片付けて、新しい鍋を引き摺り出すところだった。
彼女と同じくらい大きな鍋を一人で運ばせるのはなんだか悪い気がしたため、然り気無く取り上げる。すると、彼女はありがとうございますと小さくお礼を言った。
「小エビちゃん、一人になっちゃったね」
「いつものことなので」
「いつもこうなの?」
「はい。座学というか、校内でやる授業でグリムが脱走した時はこんな感じです」
座学はユノの方が得意だった。ユウがグリムを連れ戻す間に、彼女が三人分の課題を提出する。
体力育成等の身体を動かす授業はその逆で、ユウが授業を受けてユノがグリムを探しに行くのだ。その時だけはユノが一人で行動することになってしまうのだが、いじけたグリムでも彼女を一人にさせることには抵抗があるらしい。いつも同じ場所で待っていて、彼女に少し愚痴を聞いて貰ってから授業に戻るのが常だった。
「一応、私たちの中で誰かが授業受ければ、評価は貰えるんですよ。三分の一程度ですけど」
「雀の涙じゃん」
「マイナスよりはマシです。あ、成功したらフロイド先輩の評価はちゃんと一人分頂ける筈ですので、ご安心ください」
「いや、ンなの気にしないけど」
アズールじゃあるまいし。
オクタヴィネル生が全員アズール並みにその辺を気にしていると思われているのなら心外である。
「小エビちゃん女の子じゃん。一人になるなって学園長にも言われてんでしょ? アザラシちゃん逃げ出す度に一人で授業受けてていーの?」
「こればかりは仕方ないです。授業中なら先生の目もありますから、そこまでちょっかいかけられることもありませんし」
「ふーん。じゃあ、もし俺が小エビちゃんのこと本気で絞めちゃったらどうすんの?」
男子校に通う、たった一人の女の子。
フロイドにとっては、鮫の群れに小魚一匹放つような感覚である。
この小エビは警戒心が強いようで、どこか鈍いようにも感じる。こうして兄やイツメンと離れてしまうことに抵抗は無いのか。フロイドは疑問だった。
ユノはフロイドの問いに手を止め、ちら、と一瞬目を合わせたが、すぐにまた次の材料に手を伸ばした。
「それは困りますね。でも、フロイド先輩はしないですよ」
きっぱりと言い切って、ユノは木の実をゴリゴリと磨り潰して粉末にしていく。彼女の細い肩で体重を掛けても、その木の実の種は潰れない。
こんな弱々しい女の子のどこに絞められない自信があるのだろう。見ているだけで肩を壊しそうで、フロイドは自然とその器を取り上げて代わりに潰してあげていた。
「なんで言いきれんの?」
「こういうところですよ」
「え?」
「こうして然り気無く力を貸してくださるでしょう? なんだかんだ言って、フロイド先輩は私の髪一本すら未だに触ってこないじゃないですか。海で追い回された時だって、ユウと手を繋いでいたから私も追われただけで、先輩は私のことは狙っていませんでした。自惚れでなければ、最初からずっと女の子扱いしてくださってますよね」
「…………」
「こうして忠告してくださってることもそうです。だから、フロイド先輩のことは少しは信用してます。まだ信頼はできてませんけど」
「ブッ! ちょっと、それ本人に言う?」
「この小エビの殻はそこそこ固いんですよ。知りませんでした?」
「あはは! あ〜おもしれっ。小エビちゃん度胸あんねぇ」
「女は度胸があってなんぼです」
慎重なくせに大胆な発言で翻弄してくる。ここの生徒の大多数は、フロイドの気紛れテンションに恐れをなしている奴が殆んどだ。しかし、ユノは女の子なのにそんな素振りは全く無い。
(早く脱皮してくれないかなぁ〜)
話しながらも、ユノはテキパキと手を動かして材料を揃えていく。全て揃ったところで、彼女はフロイドを見上げた。
「フロイド先輩。もし間違えそうになったら教えてください。あと、私に魔力は籠められないのでお願いしたいのですが……」
「んー、まぁ良いけどぉ」
他ならぬ小エビちゃんのお願いだ。勿論、頼まれなくても魔力は籠めてあげるつもりである。
だが、ここは小エビちゃんをもっとよく知るためにも、色々と試してみたい。
フロイド・リーチ 十七歳。まだまだ興味本位で心の赴くままに行動したい男の子なのである。
「これってぇ、本当ならアザラシちゃんが魔力籠めなきゃいけないんでしょ? オレに手伝わせるなら、それ相応の対価は必要だよねぇ」
ぶっちゃけ対価なんて不要だ。授業で使う魔力なんて微々たるものなのだから。
これは単なる興味だった。異世界から一文無しで来たこの子は、果たして己に何を差し出すだろう。アズールのオバブロ事件の時は、問答無用で寮を担保にしてしまったわけだが、自ら差し出すとするならどうするのか。
無表情で何を考えているかわからない紫黒の瞳と、フロイドのオッドアイが数秒見つめ合う。
「……わかりました」
「んー?」
「確かサムさんがあの契約書持ってたはずなので」
「……?」
「内臓売って資金調達してきます」
「待って待って待って!!」
ゴーグルを外して白衣に手をかけるユノに、フロイドもさすがに焦る。言葉だけ聞くなら冗談だとは思うが、今にも何処かへ出て行こうとする様子に、嫌な汗が背中を伝った。
「たかが宝石作りの魔力の対価に何てもの差し出そうとしてんの!?」
「内臓」
「真顔で答えないで!!」
「……足りないならユウのも一緒に売ってきますけど」
「そうじゃないからッ!!」
「腎臓、肝臓、肺、膵臓……。生体移植できるものって他にありましたっけ? あ、眼球も片目なら……」
「オレの話聞いて!!!!」
何処の学校に女の子の内臓でできた資金を受け取る男子校生がいるというのか。確かにオクタヴィネルは指定暴力団だとかマフィアだとか言われているが、そんなのただの異名であって事実ではない。
己の日頃の行いのせいなのか? それとも期末試験のアズールの取引現場を見たせいか? そうだ、そのせいに違いない。アズール絞めよう。
「……冗談です」
「へっ?」
フロイドの慌てぶりを見て、ユノは再び白衣を着て整えた。ゴーグルを着けて何事も無かったかのように材料刻みに取り掛かる彼女に、フロイドは暫く固まっていた。
「……小エビちゃん、冗談言えたんだね」
「言えますし、内容からして冗談だってわかるでしょう? 闇に手を伸ばすほど愚かな思考は持っていません」
「全然冗談に聞こえなかったけどぉ?」
「よく言われます」
「誰にぃ?」
「家族は勿論ですけど、エースとデュースにも言われたことありますね。心臓に悪いから冗談やめてって」
「で、カニちゃんたちには言うのやめたんだ?」
「いいえ」
ブフッと吹いてしまった。そこは『はい』と答えると思っていたのだ。
「ふふっ、なんでか聞いてもい?」
「反応が面白いんですよ。特にデュースは根が真面目だから本気で聞いてくれますし。エースは冗談だってわかってますけど、デュースが冗談に乗ってるから止めようと必死になるし」
「小エビくんは?」
「楽しそうに悪乗りしてくれます。良き兄です」
「良き兄かぁ」
成る程。小エビちゃんはフロイドが思っていた以上に面白いことがわかった。レオナを脅していた時点でもだいぶ面白い子だとわかっていたが、どうやら周りに振り回されっぱなしでいるわけではないらしい。報復と言っては言葉が悪いが、彼女もそれなりに周囲を巻き込んで楽しんでいる。表情にこそ表れないのが残念である。
「……それで、何がお望みですか?」
「あ〜……」
材料を刻み終わり、ボウルに混ぜながらユノが問う。雑談で対価のことをすっかり忘れていた。
「冗談で驚かせたお詫びに、二つまでならお支払いしますよ。私にできることに限りますけど」
「あはっ、小エビちゃんから二つも対価貰えんの? 何にしようかな〜」
フロイドは話しながら鍋の薬品を熱し、魔力を籠めつつ混ぜる。そこへ、ユノが先ほどと同じように、ボウルを傾けてトロトロと投入した。
「じゃあ、また小エビちゃんのこと教えて? 小エビちゃんの趣味は?」
「趣味……。ぼーっとすること」
「ふはっ! それ趣味なの?」
「何も考えないで寝転んでる時間って、最高に気持ち良いんですよ」
「あ〜、確かにわかるかもぉ。オレもサボって寝てる時は気持ちいーし」
半固形より更に柔らかなピンクのそれが、鍋の薬品と混ざり合って紫色の湯気を出す。フロイドの魔力が鍋全体を包み込み、ぽふんっと軽い音がして弾けた。
フロイドが大きなお玉で鍋の中身を掬い取る。そこには、小粒のターコイズとブルーサファイアが乗っていた。
「ほう。リーチ弟がこの授業で成功者を出すとはな」
ちょうど巡回に来たクルーウェルが、フロイドの持つ宝石を見てからかうような視線を向ける。
いつもならサボるか失敗するか、成功しても一人で作成する時だけのあの問題児フロイド・リーチが、まさかユノと組んで成功させるとは思っていなかった。学園長が“猛獣使い”と異名をつけたのはユウだけだろうと思っていたが、どうやら彼女も同じ素質があるらしい。クルーウェルは傍らに佇むユノを見てそう考えを改めた。
「オレのことはいーでしょ、イシダイセンセー。ちっちぇーけど、コレ合格?」
「ああ、勿論だ。この錬金術は材料の刻み具合、混ぜる速度、籠める魔力量の均一さが肝となる。小さくとも、これだけ形が整った宝石を授業で作る奴は殆んどいない。Good boy & Good girl! その宝石は記念に持ち帰ると良い」
「やったぁ! 良かったねぇ、小エビちゃん」
「はい。ありがとうございます」
ニコニコ笑顔のフロイドと、喜んでいるのかわからない表情のユノ。凸凹コンビに苦笑を漏らすと、クルーウェルは巡回へと戻っていった。
「それでぇ、二つ目の対価だけどね」
「はい」
「また鶴ちょーだい」
「……? 折り紙すれば良いんですか?」
「オレがまた小エビちゃんにチョコレートあげたら、その紙で鶴作ってオレにちょーだい!」
それは対価としてどうなのだろう。魔力の対価があんなに小さな折り鶴で良いのだろうか。
首を傾げるユノに対し、フロイドは笑顔を絶やすことなくそれが良いと言う。
(……人魚は折り鶴が好き)
ユノの思考はどこかズレていた。
「わかりました。じゃあ次回以降チョコレート貰ったら作ってお渡しします」
「あは! ありがと、小エビちゃん」
「こちらこそ。ペア組んで頂いてありがとうございました」
授業終了のチャイムが鳴る。
フロイドにとって入学以来、一番充実した授業だった。
因みにグリムはユウ付き添いの元、クルーウェル直々にタイマンで補修を受けることとなるのであった。
「ふふふ〜ん」
「おや、今日もご機嫌ですねフロイド」
「錬金術で小エビちゃんと一緒に宝石作ったんだぁ。これも仕舞っとこ」
「ほう。ブルーサファイアですね」
「そ! あとターコイズもできたんだけどねぇ、小エビちゃんがターコイズ欲しいって言ったの。『フロイド先輩の髪色に似てるから今日の記念にターコイズください』って! も〜、あの小エビ可愛い〜」
「ふふっ、ターコイズだと僕とも同じ色ですね」
「ジェイドは錬金術じゃなかったでしょ! オレとの記念なの!!」
「はいはい」