今《だいじょうぶですか!?あるじさま!》
『大丈夫です。大丈夫ですが…』
今《…………》
『…どうしましょうか』
はぐれました。
審神者の部屋に現れた、変わり果てた姿の厚藤四郎。見開かれた瞳はこの暗闇の中でも爛々と輝く紅。禍々しいまでの負の気を振り撒きながら、その瞳が捉えた獲物は…
厚「サ…に………わ…………ッ!」
『!』
薬「大将!」
キィンッ!
一直線に私に向かってきた厚藤四郎の刃を間に入った薬研が受け止め弾いた。
しかし、少しよろめき後退したものの、踏み留まった彼はまたもやこちらに向かって来る。
厚「…さに…ワ……殺ス!!」
薬「いくら厚でも大将を殺らせるわけにはいかねぇなぁっ!小夜!!」
小夜「うん!」
今度は小夜が彼の前に立ちはだかって彼との攻防を繰り返す。
…まだ本気は出していない。薬研に呼ばれただけで、小夜は″時間を稼げ″という意味だと悟ったのだろう。
乱はまだ兄弟が現れたことで動揺しているし、今迷い無く動けるのは小夜だけだ。
薬「どうするよ、大将?この状況はちょいと厄介だぞ」
薬研の言う通り、この状況…″この部屋″で出て来られたのはまずい。
ただでさえ狭い上に傍らには審神者の亡骸。折られた刀剣たちは片隅に置いたけれど、それを気にしながら戦えるほどの余裕は無い。
『…一先ず外に出ましょう。場所を移します。乱、行けますか?』
乱「!あったり前でしょ?」
元気良く返事した乱も小夜と一緒になって厚藤四郎に交互に攻撃する。粟田口兄弟が相手なこともあって少しは目眩ましにもなっているのか、厚藤四郎の手が若干緩んだ。
それを機に廊下に出て出口まで誘導しながら進んでいく。障害物が多いけれど、それは彼にとっても同じこと。寧ろ今は彼の方が身体が大きいため、動きづらいことこの上ないだろう。追い付かれそうになっては攻撃し、襖や障子で更に障害物を作りながら走る。
でも、そんなもので足を止めてくれるほど向こうも甘くはない。短刀だと思えないような力業でバキバキと襖を破って追いかけてくる。
これ以上不利になる前に瑪瑙さんに報告して応援を呼んだ方が良さそうだ。
『薬研、瑪瑙さんに連絡とるから』
薬「わかった。こっちは任せてくれ。今剣、大将頼んだぞ」
今《当然です》
そう言って、薬研が背を向けて離れた瞬間だった。
ビシ…ッ
『…!』
バキバキバキッッ!!
薬「なっ!?」
乱「え…?」
小夜「!…あれはっ」
薬研と私の間の天井に亀裂が入り、凄い音と共に降ってきたソレ。本来相手にすべきソレは、しかしこんな所で出会うような存在ではない筈なのに。
降ってきた勢いのまま私の頭上へと振りかぶられた刃。
ギィィンッ!!
咄嗟に今剣を抜いて受け止めたけれど、その重さに堪えられるほど頑丈では無かった。
…床が。
バキッ
『あ…』
薬「大将っ!!」
乱「主さん!!」
小夜「主…!」
口々に呼ばれた声に反応出来るような時間は残されていなかった。
深くなる闇。
遠くなっていく皆の姿。
『────』
完全に見えなくなる前に視界の端に捉えた彼に一言だけ告げ、私と今剣はソレと共に闇の底へと放り込まれた。