と、私の承諾も無しに、こんのすけという喋る狐を託されて黒本丸に送り込まれたわけなのだが、これ程までに自分の運命を呪ったことは無い。

……なんだ、この有り様は?

花はおろか草の一本も生えておらず、木は生気を失い、どんよりとした靄が空を覆っている。建物自体はまだ使えそうだけれど、遠目から見ても汚れているのがわかるくらい黒い。

本当にここで働くのか、私は?
というか働ける場所なのか、ここは?



こ「ここは現在ある黒本丸の中でも特に危険視されている本丸です」



私の肩で同じように本丸を見つめていたこんのすけが静かに説明を始めた。説明は嬉しいが聞き捨てならない発言が耳に届いたぞ。



『…″特に危険″?』


こ「はい。義姉、瑠璃様もまた当時危険度ランク十と判定されていた黒本丸に赴かれ、見事刀剣男士の更正に成功し、現在もそこを拠点として任務をこなしておられます」



なんということだ。それはつまり、義姉に出来たのだから私にも出来て当たり前だろう、と?
出来の良い義姉のことは嫌いではないが、今まで周りからずっと比較され罵られてきた私に今更何を期待しているのやら。



『ここのランクは?』


こ「十です。ただし…」


『?』


こ「調査によってわかっていることを申しますと、刀剣の数はおよそ二十…、詳しい数がわかっておりません。つまり政府の調査は最深部まで行き届いていないということを意味します」


『…………』


こ「貴女様が配属される以前にも同じようにして派遣された審神者は男女含め五名おりました。皆、並外れた力の持ち主でしたが、刀剣に己の力量を打ち負かされ政府に審神者を辞退したいと願い出る始末。
末席と言えど神である刀剣男士は命は取らないまでも攻撃はしてくるようで、その審神者たちは傷を負って戻ってきました。
それによってわかったことが刀剣のおおよその数と本丸の様子です。要するに、危険度ランク十と定められている基準値より危険かもしれないということになります」


『…………』



聞かなければ良かったかもしれない。
つまりはあれか、今までの審神者たちも私も政府の捨て駒ということか。審神者でもない政府の役人では調査にならないからと。能力値の高い審神者でダメなら義理だろうと成功した者の義妹を使おうと。

…つくづく私は運が悪い。



こ「審神者でもない私が言うのもおかしいですが、おやめになった方が宜しいかと思います」


『は?』



突然何を言い出すんだこの狐は。
本丸や審神者の仕事についてをナビゲートするのがこの狐の役割ではなかったのか?



こ「私は今までにも多くの審神者をサポートしてきましたが、ここまで酷い本丸は初めてなのです!五名の審神者たちも傷ついて泣きながら辞めると懇願して…っ!希望を打ち砕かれる様を見るのはもう嫌なのです!」



そう言って肩で踞るように顔を伏せるこんのすけの身体は震えている。傷つく人間が見たくないとは、随分と優しい狐だ。

でも、ここまで来てしまったのだから私は役割を果たさなくてはならない。
鈴城家の為にとは思えないけれど、義姉の顔に泥を塗らない為にはやらければ。
そして、他ならない妹の為に。



『行く』


こ「っ!?わ、私の話を聞いておられましたか!?計り知れない危険が待っていることは確実なのですよ!!?」


『ん。でも行く』



それが私の生きる道だから。

今まで生かされてきた意味だから。

こんのすけはわかっている筈だ。政府は審神者になる者の生い立ちや生活習慣に至るまで、全てを調査しているのだから、私のこともそこそこ伝えられている筈。



『大丈夫』


こ「!」



辛そうにきゅっと目を瞑るこんのすけを撫でてやればびっくりしたように顔を上げた。緊張で逆立っている毛を整えるように撫でながら、もう一度本丸を見つめる。
お化け屋敷と言っても過言じゃないくらいの日本家屋は未だ静かに、けれどしっかりとそこに存在している。

危険上等。今までこの身に受けてきた仕打ちに比べれば、今回は立ち向かえる相手なだけまだマシというものだ。



こ「……わかりました」



こんのすけは「御武運を…」と私の頬に擦り寄ってから姿を消した。あくまで生活のナビが役目の彼は、私が刀剣を更正させている間は一緒にいられない。

ここからは一人だ。

私は一度深呼吸をし、黒本丸へと足を踏み込んだ。


 

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