シ『……そう。クロ、泣けたんだ』



もうすぐ夜明けという時間帯。ベッドに横になったまま、鏡の向こう側にいるこの相手と会話するのはこれで二度目。
初めての時は挨拶するだけで終わったから、ある意味今回が初めての会話のようなものだ。



シ『…え?私?大丈夫だよ。すぐにクロが対応してくれたから。でもまぁ…、クロには悪いことしちゃった…。薬研くんと大和くんも、せっかく来てくれたのに…』



昼間、あの女のクロを見下す言葉にまんまと挑発され、黙っていられなくて怒鳴りつけたけど発作起こして倒れちゃって…。ほんと私って弱っちぃ。クロがいなかったら本当にどうなってたことか…。

まぁ、あの女はクロ目当てでしか私の所にも来ないから、クロのいない所でっていうのもあり得ないんだけどさ。


私がクロの力で眠った後、担当医さんに診てもらってる間にクロたちは帰った。起きた時に『ごめんね。また来月』って枕元にあった書き置きを見て、謝るのは私の方だよって、また涙が零れた。

クロは全力で私を守ってくれるのに、私は何も返してあげられない。私はクロの足手まといでしかないんだってわかってるから、あの女に言われた時は鈍器で殴られたような感覚だった。

言われなくてもわかってる。
でも、クロは言ってくれたんだもん。「シロが生きてることが私の生き甲斐だから」って。
だから、私も負けない。私の性格上、挑発に乗りやすい所があるのが欠点だけど、でも絶対に負けてやらない!クロの所に絶対に帰るんだから!



シ『それで、クロは大丈夫だったの?』



暗い雰囲気を散らすために話を切り替えると、向こう側にいる彼は顔をそっちにやる。ああ、見える位置にはいるのね。なんて思ってると本丸でのクロのことを事細かに教えてくれた。

クロが帰った後、彼女は私たちの全ての過去を刀剣男士たちに打ち明けたのだそうだ。″私たち″と言っても、私はずっと病院で何も知らずに寝てただけだからクロのことばっかりだろうけど。

母さんの死。狂った父さんからの虐待。父さんの死。親戚からの虐待に政府との人身売買…。私と同じく十八年しか生きてないのに、どうしてこんなにもクロにばかり不幸が降り注ぐのか。
初めて聞いた時はそんな悪夢があるものかと思ったけど、クロの身体をびっしりと埋め尽くす痣が残酷な真実をまざまざと物語っていた。


痛いとか辛いとか苦しいとか…、クロが全部呑み込んできたのは母さんの遺言と私のため。
何も話してくれなかったのは悲しかった。私には頼ってくれないの?って。話を聞くだけでも出来るのに。

でも父さんが死んだって聞いて、初めて虐待のことも知った日も発作起こしちゃったんだよね。表情を無くしたクロの分も泣くように…、叫ぶように泣き散らしてさ。発作が治まった時、だからクロは言わなかったんだなって我ながら情けなくなった。私ってダメだなぁって。

それでもクロは私のことは一度だって責めずに「大丈夫だよ」って言ってくれるから、私は生きてて良いんだっていつも泣きたいくらい安心するんだ。優しすぎるんだよ、クロは。

誰も責めないし文句も言わない。呑んで呑んで…呑み尽くしたそれは全部クロの中に蓄積されて、涙まで塞き止めてしまった。

いつから泣いてないのかなんて…妹の私でもわからない。私の記憶にあるのは母さんが死んだ時が最後だ。


そんな彼女が今、一人の刀剣男士の前で泣いているという。

クロと一緒にお見舞いに来てくれた、薬研藤四郎。
嘗ての主人の腹を切らなかった短刀だと、クロがくれた教科書に書いてあった。

薬研くんが昼間にクロのことを語ってくれた時、彼の瞳にはクロを守るという強い意思が宿っているように感じた。それはただ単に主人の身を守るという意味だけでなく、クロの心も全て守ると言っているような…。強くて優しい眼差しだった。

薬研くんなら、クロが閉じ込めた感情を解き放ってくれるかもしれない。

そう密かに期待していたら本当にやってくれたからびっくりした。クロは静かに涙を溢してるだけで″泣く″って感じじゃないみたいだけど、それでも凄いことなんだよ?

やっとクロの心の拠り所が見つかったんだって、ほっとした。



シ『……そっか、あとちょっとしたら皆も起きちゃうもんね』



通話相手によると、泣き止んだクロは薬研くんと一緒に部屋に戻ったらしい。あと少ししか時間無いけど眠るんだろう。
カーテンの隙間から見える暁の空が、なんだかすっきりしたクロの微笑みに見えた。



シ『じゃ、私も眠くないけど寝ようかな。引き続き、クロのことお願いね?………ふふ、次はキミもおいでよ。…あっ、やっぱなし!今度は私がそっち行くからさ、その時はいっぱいお話しして、一緒にお昼寝しようね!…おやすみ』










シ『またね、刻燿』


 

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