「はぁあああっ!やぁっと終わった!!」



夏真っ盛りとなった七月の正午。
シンと静まり返って重たい空気が充満していたその部屋から役人が出ていくと、途端に広がり行く解放感溢れる声。その一つが今の加州の声だ。

今日は月に一度の会議の日で、両親のお墓参りの日で、シロのお見舞いの日。五月から参加したから私たちにとって三度目の会議となる。

因みに六月のジャンケンの勝者は鳴狐と五虎退、今回は加州と乱だ。昨夜のジャンケン大会では二人とも凄く興奮していて、辺り構わず自慢しては私に抱きついてきたりと嬉しそうだった。

本人たち曰く、会議はどうでも良いからシロに会いたい!らしい。これはシロも喜ぶことでしょうね。
早いとこ会わせてあげたいけれど、今日も今日とてまずはお墓参りからだ。これについては既に本丸で全員に告知済みだから二人もわかっている。

会議室を出て、立ち話している審神者と刀剣男士たちの間を通って出口へと進んでいく。



「えっと?まずはお花買って、お墓に行くんだよね?」


「はい。両親に紹介させてくださいね」


「ピッカピカにしてあげないとね!」


「あれ、珍しい。爪汚れちゃうよ?」


「墓石の汚れ、相当ありますよ?」


「爪はまた塗るから良いの!爪より主のご両親!」


「ありがとうございます、加州。帰ったら塗り直してあげますね」


「ほんと!?よぉし、俺頑張るもんね!」


「あ、ずるーい!主さん、明日の畑当番の前にボクの髪も結んでくれる?」


「はい、良いですよ」


「やったぁ!」



…両手に花とはこういうことを言うのでしょうか。二人の笑顔が眩しいです。





「ねぇ、何あの子?一人だけ浴衣よ?しかも首にスカーフとか…」


「ん?ああ、あの子ね」


「ほら、養成所で一番だったあの…」


「ああ!あいつか!」


「しっ!声がデカイって…!」


「目立ちたがりは審神者になっても変わんねぇのな。普段着が浴衣とか超ウケる!」





「主、俺ちょっと斬ってくる」


「ボクも」


「ダメですやめてください止まってください」



額に青筋立てて眼光を鋭くさせる二人の手を握って留めさせる。何ですか、その「ちょっとコンビニ行ってくる」みたいなノリは?

今聞こえてきたのは内緒話でも何でもなかったから耳に入るのは当然だけれども、斬るのはダメです。



「っ、なんでさ!?だって今のどう考えたって主のことでしょ!?」


「浴衣なの主さんしかいないんだよ?」



さっきまでの笑顔はどこへやら、二人はまるで自分が言われたかのように悔しそうに唇を噛んで眉を寄せた。

彼らの言う通り、今しがた言われたことは私のことだ。この暑い中、周囲は半袖短パンだったりミニスカートだったりと涼しげに肌を露出させている。

にも関わらず、私は手首足首まで覆った浴衣と首にスカーフ。さすがに足袋は暑いから裸足で下駄を履いているけれど、まぁそれでも周りから見れば私の格好は暑苦しいし異常なのだろう。



「向こうにとってはそれが事実なのでしょう。他人の感想など気にしなくて良いのです」


「そんなの無理!」



プイッとそっぽ向かれてしまった。その仕草が可愛いとか思ったのは内緒だ。

そういえば、前回も何かしら言われて鳴狐とお供の狐さんを宥めるのが大変でした。五虎も耳が良くて聞こえていたようで半分泣きそうでしたし…。
あれ?もしかして今後会議の度にこうなるんじゃ…?
……何か対策立てなければ。

そうして立ち止まっている間にも、周囲からの陰に隠れていない陰口が聞こえてくる。



「へぇ、加州と乱ねぇ」


「あんだけ優秀な成績残しといてレアの一つくらい連れてくんのかと思えば、どこにでもいるやつらじゃん」


「もしかして初期刀と初鍛刀とか?あの二人しかいねぇんじゃねぇの?」


「所詮、審神者になりゃその程度ってことだろ?」


「ははっ!違いねーや!」





「〜っ、やっぱり我慢できないよ!なんで主さんがあんなこと言われなきゃいけないの!?」


「耳を貸すだけ勿体無いですよ」


「主は悔しくないの?主の浴衣姿、凄く綺麗だし似合ってるのに…」


「加州にそう言って頂けて嬉しいです」


「誤魔化さないでよっ!」



おっと、怒りを通り越して二人とも泣きそうだ。泣き顔は見たくないですね、さすがに罪悪感が…。



「…加州と乱は悔しいですか?」


「悔しいに決まってんじゃん!!」


「悔しいよ!だって主さんはボクらの自慢の主さんなんだから!」


「そうですか。私にとっても貴方たちは自慢の愛刀たちです」


「「!!」」


「だから…、今の言葉は聞き捨てならんな」



そっと振り向いて陰口叩いていたその集団へと目を向ける。ずっと前を向いていた為、誰が何を言おうと私の顔は見えていなかっただろう。見えていたとしても表情なんてほぼ変わらないから関係ないだろうけれど。

でも、面と向かって目を見て言える程、彼らに度胸は無いらしい。目が合った瞬間に竦み上がった数人の後ろには、彼らについてきた刀剣男士たち。自分の主の発言に驚いている瞳だ。

その中にレアと呼ばれている刀剣男士はいない。私への当て付けだったのだろう。



「"レア"…ね。審神者の仕事とは何たるか、学び直すべきでは?」


「「「「「っ!!!?」」」」」



それだけで顔を青くした彼らはそれぞれ近侍を連れて去っていった。

陰口悪口叩いても頭は悪くないらしい。だって先程の言葉は自分の近侍たちへの悪口にもなるのだから。

"どこにでもいるやつら"なんて失礼にも程がある。



「同じ名前で同じ刀でも、それぞれ個として存在しているのだと教わっているでしょうに」



だからどこの本丸でも違う彼らがいるのだ。初めはそう心に留め置いていたことも、付喪神様という美しく尊い存在を前にして忘れてしまったのだろう。

それに、レアな刀を集めるのが審神者の仕事ではない。協力してくれる付喪神様たちをレアだ何だと括って良い筈がない。彼らの協力の元、救われるのは他ならない今を生きる人間たちとその未来なのだから。



「主!」


「へへ、主さん」



ふぅと溜め息を吐くと、加州は後ろから、乱は右腕に抱きついてきた。満面の笑顔でとても嬉しそうに。



「どうかしました?」


「ねぇ、主さん。さっきのもっかい言って?」


「?審神者の仕事とは…」


「「その前!!」」



その前…?そんなに気にするようなことを言いましたっけ?
ついさっき言った言葉を思い返す。



「……ああ。"自慢の愛刀"?」


「それ!!主さんボクらのことそう思ってくれてたんだね!」


「当たり前でしょう?」


「!!!」


「"当たり前"とかすっごく嬉しい!主、大好き!!」


「ボクも!ボクも主さん大好き!!」



頬を染めてぎゅぅぅとくっつく二人。何なんでしょう、この可愛いの。…ああ、シロと同じですね。妹が更に二人増えた感じです。性別違いますけど。


 

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