「養成所に入ってから、ナイフはシロに手渡しました」
果物ナイフはあくまでも果物を切るためのナイフだ。人の血を浴びる刃物ではない。私が次に扱う刃物は刀剣。ナイフは現代を生きるシロが扱うべきだ。
「そうして、置いてきた筈だったのですが…」
「シロちゃんのことも大好きだし放っておけなかったけどぉ、クロちゃんも同じくらい大好きで大事なんだよぉ?置いてけぼりは嫌〜!」
「すみません。それは私が悪かったです」
「もしかして、それで真黒先輩に?」
ここまでくれば瑪瑙さんにもわかったのだろう。ただの果物ナイフだった彼がどうやって大太刀になったのか。
月に一度しか顔を出せない私の代わりに、真黒さんはちょくちょくシロの所にお見舞いに行ってくれていた。出迎えは酷いものだったらしいけれど。
暫くして徐々に会話らしい会話を出来るようになった頃、真黒さんはシロが使っていた果物ナイフを視て、付喪神がいることを知った。
「先輩の目には映ったんだね、刻燿くんの姿が」
「あは!その頃はもっとちぃっちゃい姿だったけどねぇ〜。すっごーく驚いてたよぉ〜」
実装されていない付喪神は余程目の良い人間にしか視えない。真黒さんはそんな数少ない人間の内の一人なのだ。
それは霊力の大きさ云々に関わらず、特殊能力と言っても良いくらい特別な力。私には視えなかった彼の姿が、真黒さんには視えたのだ。
「で、刀剣になりたいって先輩と話したんだ?」
「うん!脅した!」
「頼んだと言ってください」
視て知るということはその相手にも「視えています」と知らせてしまう。ナイフだった彼は真黒さんに頼み込み、大太刀として私の元へとやってきた。
「…よく、無事だったね?果物ナイフだったのを大太刀にって、つまり溶かし直して多くの鉄と混ぜ込まれたってことでしょ?大太刀なら尚更多くの鉄がいる。昔はそんなこと出来なかったし、今の技術でもかなり高度な技だ。下手すれば付喪神としての君が消えていた」
そう。本来小さな刃物だった彼が大きな刀剣になるなんて…、それは全く別物として生まれ変わることに等しい。
大太刀として作り直されれば、果物ナイフの付喪神だった彼は消えてしまう確率の方が高かったのに。
「危なかったけどねぇ〜。でも!ボク信じてたからねぇ〜、クロちゃんのとこに行けるって!」
「刻燿…」
むくっと起き上がって私の手を握る彼は本当に嬉しそうだ。ちょっぴり骨ばった手が優しい手つきで私を撫でる。
「果物をきれ〜に切って美味し〜って言って食べてもらうのも嬉しかったけどねぇ。それだけじゃボクは幸せだと思えなかったんだぁ〜。クロちゃんはボクを人の血で汚したくないって思うだろうけどさぁ、でもボクはクロちゃんのお母さんともおばあちゃんとも約束したからねぇ〜」
「約束…ですか?」
「うん!ボクが使い物にならなくなるまで、自分の子供もその先も、ずっとずぅーっと見守ってあげてねって!」
「…!」
「シロちゃんにもクロちゃんのこと頼まれたんだぁ。マクロンに通訳してもらって、約束したのぉ」
(マクロンって…、ああ真黒先輩か…)
「だからねぇ、クロちゃんが嫌って言ってもずっとずぅーっと一緒だからね!ボク、クロちゃんを守るって決めてるから!」
刻燿の瞳は閉ざされていて見えないけれど、その声音はとても力強かった。ぎゅっと握ってくる手は離れないという意味と共に、置いていかないでという願いもあるように思う。
知らぬ間に寂しい想いをさせてしまっていた。
「ありがとうございます、刻燿。そうですね、ずっと一緒…。シロが退院してもずっと一緒です」
「うん!」
「あ、それじゃあシロちゃんにも浴衣選んであげたらどう?今はまだ一緒に行けないけど、気分だけでも味わえるでしょ」
「それは良いですね。喜ぶと思います」
「ナイス提案メノノン!」
「はは…(俺はメノノンか…)」
そうと決まれば、私たちも浴衣選びに行きますかと腰を上げた。
西に傾いてきた太陽が橙の光を滲ませ、私たちの影を大きく伸ばしていた。