刻燿は数分と経たずに薬研を連れてきた。眼鏡をかけて白衣を羽織っている彼は部屋で薬の調合をしていたらしい。

薬研は刻燿に続いて部屋に入ってくると襖を閉めて座った。頭の良い彼は私がこれから真面目な話をすることをわかっているようだ。

それを有り難く思い、念のために結界を施してから話を切り出した。



「突然呼び出してすみません」


「いいや、気にすんな。それよりどうしたんだ?あんたがわざわざ結界まで張って話すんだ、大事な話なんだろう。最近の寝不足についてか?」


「…寝不足?」


「ん?気づいてなかったのか?」


「ちょぉっとだけどねぇ、目の下に薄ぅく隈できてるよぉ?」


「あんた、ただでさえ睡眠時間少ないくせにそんな顔色してるもんだから、何かあるんじゃねぇかって皆で話してたとこだったんだ」


「…バレバレだったのですね」


「ははっ、そういうことだ」



そんなに顔に出ていたとは…。表情に出るようになったのは嬉しいと思うべきなのだろうが、出ることで余計な心配を増やさせるのは気が引けると言いますか…。



「まぁ…隠していたわけではないのですが。自分でも何かしら原因が分かるまではと思っていたのですけど、流石にそうもいかなそうだったので」


「それで俺っちが呼ばれたわけだな」


「はい…。まずは貴方と刻燿にと」


「良いぜ。あんたの力になれんなら本望だ。本題を話してくれ」


「わかりました。すみませんが、ちょっと醜いものをお見せします」



一言断りを入れてから、ゆっくりと左腕の袖を捲った。



「!」



そこから顔を出したのは虐待痕。手首を過ぎた辺りからびっしりと刻まれたそれは肌色なんて綺麗な色は無く、黄色っぽいものから黒に近い茶色や青。肌触りもざらついて女らしいスベスベな肌なんて見る影も無い。

虐待痕があることは教えていても、見せたのはこれが初めてだ。薬研は瞬きを忘れたかのように目を見開き、何も言葉にはしなかった。…できなかった、と言うのが正しいのかもしれない。



「…クロちゃん、それ濃くなってるよね?」


「え?」


「やはり…刻燿もそう思いますか」



刻燿ならば…、幼い頃から私を見てきた彼ならば、私のこの痣も見たことがあるだろうと思って同席してもらったのだけれど、どうやら正解だったらしい。

…そういえば、刻燿が果物ナイフだとかそういうことは薬研にはまだ…



「あ、薬研くんにはボクのこと後でちゃあんとお話しするよぉ。薬研くん、今はボクがちぃさい頃のクロちゃんを知ってるんだってことだけ頭に入れといてねぇ」


「あ、ああ…」


「すみません、薬研」


「いや、それよりも続きを頼む。大将のそれは過去の痣なんだよな?」


「はい。痛みはありませんし、もう過ぎたこと。普段の生活に支障が出ているわけでもありません。ただ、人に見せながら出歩けるようなものでもないので…」


「服で隠していた…と」


「はい」


「そうか。…で、"濃くなってる"ってのは?」


「言葉の通り、痣の色が濃くなっているのです」



数日前までは気にするほどでもなかった。いかにも古傷として残りましたというような黄色っぽいものばかりだった筈なのに、今は茶色や青、黒の方が目立つ。

治るならまだしも浮き出るなんて聞いたことも無い。



「最近夢を見るようになったんです」


「夢?それは…」


「父から虐待をされていた時の…過去夢」


「毎日?」


「はい」



初めは全く気にしていなかった。ただ何となく思い出して夢見てしまったのだろうと。

でも次の日も…そのまた次の日も見る悪夢。情緒不安定なわけでも無いのにと流石に疑問を抱き、着替えている時に気付いたのは痣の色。日に日に濃くなっていったのは気のせいではなかった。



「隈と寝不足はその過去夢のせいで熟睡できてないからってことだな。他に気付いたことは?」


「…前に政府の調査書で火傷痕があると言ったこと、覚えていますか?」


「ああ。俺っちが調合した薬はちゃんと塗ってんだろ」


「はい。お見せするのは控えますけれど、あの火傷痕は酷くなっていないのです」


「!」



薬研から貰った薬の効果は凄かった。消えないと思っていたのにどんどん薄まっていって。今ではもう、完全に消えなくとも肌色に近くなるまでには治ったのだ。



「それって薬研くんの薬が効いてるからじゃないの?」


「私もそう思ったのですけど…」



左腕の袖を戻し、今度は右腕の袖を捲る。そちらも左腕と同様に痣だらけなのだが、一つだけ。二の腕に刻まれた切り傷がある。



「…それ、親戚のおばさんにやられたやつだよね」


「はい」



親戚でご飯を作っていた時のことだ。何が気に入らなかったのか頬に平手打ちを食らい、包丁を落として倒れた私の上に馬乗りになって何度も叩かれた。

痛いのか熱いのかわからなくなってきた頃、終いには転がっていた包丁を掴み上げ、私の腕に落としたのだ。幸い腕に刺さることは無かったけれど、こうして傷痕が残ってしまうくらいの大怪我だった。



「薬研の薬は火傷のためのものですからこちらには塗っていません。なのにこの傷には変化が無い。他にも濃くならなかった痣が数ヶ所あります」


「なぁ大将。それってつまり、濃くなってる痣は全部…」


「…父から受けたものだけのようです」



今朝鏡を見たときに感じた違和感はこれだった。

どれがいつの痣かなんて自分でもわからない。数えきれないほどあるのだから。

だけど、この大きな切り傷や火傷なら嫌でもわかる。どちらも親戚で受けたものなのだと。

この差は一体何なのか…。思い出したくもないのに考えなければいけないなんて…。


 

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