ふわりふわりと浮いたような感覚。辺り一面が明るいとも暗いとも言えない灰色で埋め尽くされた空間で私は目を開けた。上下左右全てが一色だから地に足がついているのかもわからない。もしも現実でこんな部屋があったなら、真っ暗な部屋に閉じ込められるのと同様に気が滅入ってしまうだろう。でも、私にとっては懐かしい空間だ。

随分と久しい場所に来てしまった。私がここにいるということは、彼女に呼ばれたらしい。



「………シロ?」


「うん!ここで会うのは久しぶりだね!」



背後に現れたのはにっこりと微笑む真っ白な妹。お祭りの時にあげた白猫のぬいぐるみを大事そうに抱き抱えている。

向き合って伸ばした腕の中に、シロは自分から飛び込んできてくれた。

…ああ、本物だ。

柔らかな白髪も。頬と頬を合わせてくる仕草も。目の前にいるこの子が本物である証。



「…眠り続けてるって聞いたからここでも会えないかと思った」


「…私も、会えなかったらどうしようかと思ってた」



そっと身体を離せばシロは私の頬を両手で包んで目を合わせた。

これは彼女が不安な時にやる癖だ。相手の瞳を見て、大丈夫だという確かな光を感じたい時の。



「会えたってことは精神的には無事なんだね?」


「うん。寧ろ私は起きたくてしょうがないんだけどね」



身体が起きてくれないんだと眉間に皺を寄せて俯いた。

起きたくても起き上がれない。目が覚めない。ということは、シロは身体だけが眠っていると?



「瑠璃が耳元でギャーギャー煩くてしょうがないのよね…。起きたらぶん殴ってやるのに」


「あ、そ…」



うん、精神は完璧に起きてるね。
ごめんシロ。瑠璃様が煩いのは半分私のせいだ。通話強制終了させちゃったから。



「ま、瑠璃のことは置いといて。私の今の状況だけど、とりあえずは大丈夫だよ。起きられない以外には何もない」


「夢は?」


「平気。クロみたいに悪夢は見てないから」


「…良かった」


「……クロは大丈夫じゃなさそうだね」



取り上げられた右手の袖が捲られる。

この間までは殴られて暫く経った後のような痣ばかりだったそこは、殴られた直後のように赤く腫れ上がっている。痛みも振り返してしまったし、お見舞いの時より完全に悪化していた。

また心配させてしまう。辛い顔をするだろうか?

そう思ってシロを見れば、彼女は痣をじっと見たまま目を細めて考え事をしているようだった。



「シロ?」


「…ねぇクロ。こっちの痣は父さんのじゃないよね」


「え?」



シロが指差すそれは手首についた赤い痣。大きな手で握られた形が、まるで手枷のように浮き出ている。

…そういえば、この痣は父さんのではない。嫌な話、父さんは殴ったり蹴ったりと乱暴なことはしてきたけれど、手首を掴んで押さえつけられることは無かった。私の身体が幼かったこともあって手首ではなく肩を鷲掴まれたことはあったけれど。

でも、問題はそこではない。



「痣が進行している?」



私の記憶を辿るように、古い痣から新しいものへとどんどん蘇ってきている。

でも古い痣はそのまま残っていて、身体への負荷は当時より大きい。あの頃は日に日に少しずつは癒えていたのだけど、今は痛みが蓄積されて治らない。

何故こんなことに?

呪いでも掛けられているのかと占じてみたりもしたけれど、特にこれといった解決法は見つからなかった。

ならば何故痣が蘇る?何故私だけ悪夢を見る?

…もしも他の審神者たちもシロと同じく身体が起きないだけなのだとしたら、この状況に陥っているのは私だけ。シロたちの眠りと私の悪夢が、例えば誰かの策略で同一人物の仕業なのだとしたら…



「…敵の狙いはクロなのかもね」


「そう…思う?」


「だっておかしいでしょ?入院してるったって私も怪我はしたことあるし、嫌な過去だってあるんだよ?なのにそんな悪夢は全然見たこと無いもん。眠ってて誰にも会えない今は辛いけどさ、苦しいわけじゃないし」


「そっか…」



あまり自分が狙いだとか考えたくは無かったけれど、ここまで来ると流石に自分でもおかしいとは思ってしまう。私自身が被害者だとか自覚を持たなければ被害者にはならないと思っていたのだけど。

…否、やっぱり私は加害者だ。審神者たちを巻き込み、シロを巻き込み、原因が私なのだとしたら思いっきり危害を加えている立場にある。

何としてでも元凶を探しだしてシロも審神者たちも助け出さなければ。


 

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