「クロ様」




痛いくらいにシンと静まった部屋の中で響いた高めの声。今政府の遣いが現れるとは思わなかった。

こんのすけは深緑色の封筒をくわえて傍までやってくると私に差し出す。



「これは…」



見覚えがありすぎるそれを受け取り、中にある手紙を取り出して目を通す。その間、こんのすけも皆さんも静かに私の様子を窺っていた。



「……まさかこのタイミングで寄越すとは…」


「如何なさいますか?」


「…………」


「大将。何なんだ、それ」


「…重春様からの手紙です」


「!」


「重春って…、瑠璃と真黒さんの父親で鈴城の権力者、だよね?」


「はい。私の義父になります」


「わざわざぬしさまに手紙を…。なんと書かれているのです?」


「話があるから来い、と」



詳しい内容は恐らくさっきまで話していたことと同じだろう。どこかで見ていたのか、勘が鋭いのか。恐ろしい人だ。

どうするも何も、私に拒否権は無い。



「薬研、出掛けてきます」


「…は?まさか俺を置いてか!?」


「なっ、なりません!貴女はまだ病み上がりなのですよ!?せめて一振!薬研だけでもお連れに…!」


「重春様の元へは単身で行かなければなりません。刀剣男士は尚のこと彼の部屋に入ることは許されない」


「っ、それも契約か?」


「はい」


「〜〜っ!!」


「兼さん!?」



堀川の和泉守を呼ぶ声に顔を上げる間もなく強い力で肩が鷲掴まれ、私の身体は床にダンッと打ち付けられた。



「っ、けほ…」


「大将ッ!」


「和泉守!!貴様主に何を…!!」


「黙ってろッ!!」


「っ、兼さん…?」


「なんでだよ…、なんであんたは…っ」



震える声と力んでいく手。今にも泣きそうな…痛々しい表情を浮かべた和泉守は、私を押し倒したまま怒鳴り付けてくる。



「なんでこういう時だけ自分の意思を通そうとしない!?契約契約ってそんなに契約が大事か!?妹の為なのは俺だってわかってる!でもなんであんたがっあんたばっかりがその契約で縛られてんだよ!!」


「いず…」


「おかしいだろ!?妹の見舞いも制限されて契約者のオッサンのとこには近侍一振も連れちゃいけねぇ、挙げ句あんたの過去改変まで知らんぷりってどんだけ極悪非道なんだよぶった斬ってやらぁ!!」


「鎮まってください、契約者のオッサンではありません。認めたくはないですし本当にどうしようもなく嫌な事実ですけど一応義父です」


「どっちでも一緒だ!!つーかそんなに嫌なら斬りに行かせろ!!!」


「ダメです」


「ダメダメダメダメってなんでそんなに拒むんだよ!!身体痛くてしょうがねぇくせになんで全部抱え込んで一人で戦おうとすんだよ!!俺たちに一言"斬れ"って命令しろよ!!あんた幸せになりたくねぇのか!?」



バチコーン



「ぶふっ!?」


「はーい、いずみんストーップ!!」



掴まれた肩をガクガクと揺さぶられそろそろ腕が抜けそうだと思っていた矢先、和泉守の背後に見えたのは依代を携えた刻燿だった。鞘にはちゃんと収まっていたので大丈夫でしょう。

和泉守が私に覆い被さってくる前に刻燿は彼の服を掴んでズリズリと引き摺って戻っていく。



「放せ刻燿!!」


「だーめ!」


「大丈夫か大将?」



和泉守が退かされて起き上がろうとすると、薬研が労るように背に手を添えてくれた。反応が遅れてすまなかったと謝る彼に首を振る。



「大丈夫ですよ。そこまで乱暴なことはされないとわかっていましたから」


「(今のは"乱暴"に入らねぇのか…)
でも痛かったろ?」


「正直に言うと…そうですね」


「痛かったんだな?」


「…はい」


「…………」



あぁああ和泉守のこと睨まないであげてください。私にも非があるのは確かですし彼の行動と言動は尤もなことですから。

わぁあああ堀川と刻燿の間で和泉守が正座を…。なんだか可哀想になってきました。



「兼さんってば主さんの痛み増やしてどうするの?」


「そ、れは…っ」


「いずみんの気持ちもわかるけどぉ〜、クロちゃんだって考え無しに言ってるんじゃないよぉ?」



ねぇクロちゃん?と問われて皆さんの視線もまた私に集中した。乱れた服装を整えながら私ももう一度座り直す。



「一人で行かなければならないのは本当に契約だから仕方ないのです。それに、重春様は他の方でも刀剣男士を連れての対面はしない方なので、私に限った話ではありません」


「そうなの?じゃあ危なくはないんだね?」


「危険はありませんよ。もう何年も上に立っていらっしゃる方ですし、乱暴なことはされません」


「じゃあ、主の過去改変を阻止しに行くのはなんでダメなの?それも命令が下らないから?」


「そうですね。それは任務として与えられた方が後々厄介なことが無くて良いと思ったのと…」


「"と"?」



立ち上がり、フラつかないように和泉守の前に進む。目線を合わせるために膝をつき、逸らそうとする彼の顔を逃がさないように両手で包んだ。



「私が嫌だったのです。勝手な行動をしたと…貴方たちに罰が下るのが嫌だから」


「…っ!」


「貴方たちが傷つけられるのは嫌だ。貴方たちが私の傷を気にしてくれるのと同じように。わかってくれますか?」


「わ、わかった!わかったから…!
(近い近い近い近い近い近い近いっ!!!!)」


「はい。わかってくれて嬉しいです」



ではそろそろ出掛ける準備をしましょうかと再び立ち上がる。障子を開け、空を見上げれば曇天模様。

雨が降るのか否か…。嫌な天気…、嫌な予感がする。



「…この後は誰も出陣せず、本丸で待機していてください。薬研、長谷部、留守は任せました」


「わかった」


「承知致しました。くれぐれもお気をつけて」


「これ以上は怪我しちゃダメだからね!主!」


「大丈夫ですよ」



これ以上も何も、この傷は本来ならば有り得ないものなのだ。過去改変で呼び覚まされてしまった"無くて良い痣"。



「相手が過去のものだから抵抗できなかっただけのこと。抗える者が相手ならば問題ない」


「主?」


「私、これでも強いんですよ?瑠璃様より」


「「「「「!!!?」」」」」


「相手が誰だろうと負ける気はない。
では、行ってきます」










「……どうしよ…、今の主、めちゃくちゃ格好良かった…」

「うん…」

「兼さんも今ので惚れちゃった?」

「う、うるせぇ…っ」

「和泉守、後で厠裏な」

「はっ!!!?!?」


 

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