「…もうすぐですね」
本丸の鳥居を潜って光の道を歩くこと数分。漸く見えてきた"時"の文字が書かれた鳥居の先に時の政府の建物がある。
一人でここを潜るのは私があの本丸に就いた時以来だ。あの日も憂鬱で堪らない気持ちだったけれど、今はもっと憂鬱で仕方がない。
…帰りたい。まだ着いていないけれど帰りたい。
(……でも、重春様から直接話が聞けるなら…)
こんな好機は滅多に無いだろう。元々無口で何を考えているのかわからない人だから余計だ。果たして本当のことを語ってくれるのかどうか…、そこは私も勝負に出なければならないのだろう。
重たく感じる足を進めて鳥居を潜れば、一瞬目映い光に包まれ外の景色が目に映る。真っ昼間だからとても眩しいです。
さて重春様の部屋に向かおうかと建物まで続いている石畳に一歩踏み出す。
「い…っ!?」
一歩歩いただけ。それだけなのに、これまでにないくらいの痛みが身体中を襲った。頭も、お腹も、足も…痛くない場所が無い。立っていられず、支えを求めて鳥居へと手を伸ばしてまた一歩…
「…ッ」
痛い。
また痛みが増した。そして頭の中をぐるぐると嫌な記憶が流れていく。
「もういなくならないでくれよ…っ、なあ…っ?」
「お父さん!違う!私は…っ」
「…っ、!」
「おと…さん…?」
「ごめん……。ごめんな、クロ」
「…っ?」
「もう…大丈夫。お父さんもう大丈夫だから…。だから、またやり直してくれるか?」
「ぁ…れ……?」
この記憶は……
「ぉと…さ…ん……?」
「…ぶじ…か?クロ…、ゴホッ…よか…た…。さぃ…ごに…まも……た……」
「おと……さ……、ぁ……、血…が…」
「こ…な……父親……ごめ…な……夜雨……」
違う…。今の記憶は……
「ぁ…ッ!!」
考える間もなく記憶の濁流が激しさを増した。頭が割れるんじゃないか、いっそかち割った方が楽になるんじゃないかというくらい頭痛が止まない。
ダメだ、意識が飛ぶ…。
鳥居に寄りかかっていた筈の手が滑り、平衡感覚さえも失って身体が傾く。痛すぎて感覚も無くて、前に手をつくことも出来ない。このままじゃ顔を打ち付けるんだろうなぁなんて他人事のように思いながら、次に来るだろう痛みに堪える為に目を閉じた。
「…?」
が、それは一向に来ない。
倒れるのなんて一瞬の筈だろう?なのに何故痛くない?いや、身体はずっと痛いけど。もしや私は時間の感覚まで狂ってしまったのだろうか?
そう思ってゆっくりと瞼を開けてみれば、目の前にあったのは黒い布。
布…服?スーツ?
誰だ?
どうやらその黒いスーツの人に支えられているらしい。でも、未だに記憶の波に襲われている私には身体を動かして見上げることすらもできない。
それを知ってか知らずか、その人は私を仰向けにして抱き抱えた。
「!?…、し…」
「喋るな。身体に障る」
重春様と言う前にそれを制された。まさか重春様だったとは予想外だ。
何故彼が?何故私を?
だって私のこと嫌いでしょう?
ただの監視役でしょう?
聞きたいことは山ほどあるのに出てこない。
そんな私の胸中などそっちのけに、彼は私を抱き上げたまま建物の方へと足を運ぶ。
「ぅ…ッ!」
先程私自身が歩いた時もそうだったけれど、一歩歩く度に記憶が津波のように沸き立ってくる。頭が痛い。傷に塩を塗っているみたいだ。
「…すまない」
「…っ?……は」
何て言った?
「すまない」?
重春様に謝られた?
「な…ぜ……、何を…?」
謝られる理由がわからない。だって重春様は私に"何もしていない"。ただの監視役として私を監視していただけでしょう?何に対しての謝罪を述べている?
しかし、そんな疑問を口に出す余裕さえも私には無く、ただ無様に重春様の腕の中で痛みに堪えて縮こまることしかできない。
「寝ていろ」
「っ、ぇ?」
「寝ろ。お前の身体に起きていることはわかっている。全てお前が起きた時に話す」
「……、…」
"全て"。じゃあ、私が今見ている記憶も全てわかっていると。
「…そういうことですか」
「…………」
「っ、すみません。今だけ…御言葉に甘えます…」
もう瞼を開けていられない。無言で足を止めない重春様に一言そう告げ、私は意識を手放した。
「…すまない。ダイチ、ソラ」