「クローーーッ!!!」
「!ぅぐ…っ」
遠くから砂煙を上げて走ってきた…否、突進してきた人物に抱き着かれ、大将は小さくだが呻き声を上げた。いつもなら避けるところを審神者たちに囲まれているせいで避けられなかったらしい。
蛙が潰れた声ってこういうのだろうか?
「げっ、瑠璃…」
「「げっ」て何よ?ってかシロも随分イケメンになったじゃないの!」
興奮状態の瑠璃の声が周囲の耳にキンキン響く。かくいう俺も眉間に皺が寄るのがわかった。だから大将たちはわざと瑠璃に連絡しなかったんだと改めて実感したのは俺だけじゃないだろう。
「放してください瑠璃様」
「敬語と様付け!」
「放せ瑠璃、重い」
「こんな面白いことあたしに報告しないとか酷いじゃないのよクロ!!」
「っ、うるさい。耳元で叫ぶな」
「!うわぁあああ声ひっくーーい!!」
「瑠璃…」
「胸も無い!!本当に男になってるーっ!!」
ベシッ
「イったぃ!!」
「うっせぇんだよバカタレ、早くクロネコ解放しろ」
「呪い解いてあげらんないでしょ?」
「翡翠さん!瑪瑙さん!」
瑠璃の頭を容赦なく叩いた翡翠。瑪瑙もその首根っこを掴んで大将を解放する。さすがだな、瑠璃の扱いに慣れてやがる。次の参考にしよう。
…って、瑠璃。"胸も無い"って…大将の胸触ったのか?
「ありがとうございます、翡翠さん、瑪瑙さん」
「どういたしまして。第二部隊はお返しするよ。ちゃんと主命は全うされてたよ」
「それはなによりです。お疲れ様でした、長谷部」
「勿体なきお言葉です、主」
…長谷部、本当に主命遂行しちまったのか。
何やったのかは聞かないでおこう。
「任務は終わったのですか?」
「おう。さっき真黒に報告書出しに行って呪いのこと聞いてな。話全部聞く前に瑠璃嬢が飛び出してってこの状況だ」
「あの野郎、何のために瑠璃遠ざけてたと思ってやがんだ、一遍シメたろかゴキブリめ」
「早速ですが翡翠さん、シロが黒くなってしまう前に呪いを解いて頂けますか?男のシロでは真黒さんはコテンパンに殺られます」
「そうだな」
「「「「「ええーっ!!」」」」」
シロが黒くって…。まぁその表現が正しいのか?
やられるって字がおっかねぇ方向に向いてる気がする。
にしてもその残念そうな声は何なんだ?
審神者たちに混じって瑠璃まで大将の腕に絡み付いて…。ダメだ、瑠璃の登場で忘れていた胸の靄が再び広がっていく。
「ちょっとクロ!せっかく男になったんだからもう少し満喫しなさいよ!」
「あのな…、私は女だ。男になりたいと思ったことも無いのに何をどう満喫しろっていうんだ?」
「うぅ〜、じゃあ一回だけで良いから「俺」って言って!!」
「はあ?」
「ね!お願い一回だけ!男のクロ超イケメンなんだもん!男前な一言が聞きたいの!ね!?」
何言ってんだこいつはと大将と同じく呆れていると、他の審神者たちからも声が上がった。瑠璃に対する言葉が男口調になるからだろうか、それとも瑠璃を見習ってしまったのか、敬語の大将への接し方から打って変わって欲に任せた発言が多い。
「頭撫でてほしい!」とか「デートしたい!」とか…、挙げ句「好きって言ってほしい!」なんてこと言う奴まで出てくる始末。
「ははは!言いたい放題だな」
「美男子になるのも難儀なものよな」
「はぁ、行ってくる」
「行ってらっしゃい、薬研くん」
これ以上大将にベタつかれるのも見ていて気分が悪い。まぁ大将は女だし女同士で騒いでるだけなのだが、それでも嫌だ。
あの子に触れるのは俺だけが良い。
「大将」
「!薬研…」
「呪い解くのは本丸でもできるだろう?全員の呪いを解くんだからさっさと帰ろうぜ」
これで伝わるだろうか?
大将は己の本丸に誰彼構わず人を通したりはしない。特別部隊や真黒といった許された人物だけを受け入れる。即ちここにいる審神者たちをいきなり招待するなんてことはしない。
早くこいつらから大将を引き離したい。帰りたい。
帰ろう、大将。
「わかった」
大将も早く帰りたかったようで、すんなり頷いてくれた彼女は審神者たちの間を通って俺たちの元へと歩いてくる。内心ほっとしながら鳥居へ方向転換すると、背後から伸びてきた腕によってぎゅうっと抱き締められた。
「なっ!?大将何して…!」
「ちょっと待って」
耳元で小さく囁き、彼女は俺に抱きついたまま後ろを振り返る。
「ごめん。"俺"、心も身体も薬研のモノだから」
「!」
「頭撫でるのも、デートするのも薬研だけ。薬研のこと大好きだから、例え女性相手でも貴女たちの望みは叶えられないんだ。ごめんね」
「っ!」
「ということで、帰ろう薬研」
回していた腕をするりと離し、自然な動作で俺の手を引いていく。後ろできゃーきゃー言ってる声なんて気にする余裕は無い。
「ふふ、真っ赤だ」
「っ、あんたのせいだ」
「それは良かった」
してやったりといった風に笑う彼女に何も言えない。
どうしてこう負けちまうんだ俺は。強くて格好よくて優しくて…、守ろうと思えばいつの間にかこっちが守られていて。情けないくらい女々しいな、俺。
「普段のお返し」
「は?」
「私がやったのは、薬研がいつも私にやること。嬉しいこと言ってくれるし、格好よく守ってくれるでしょ?」
「!」
「男になるなら薬研みたいになりたいって思ったからやってみた。上手くできてたかはわからないけれど」
ふ、と優しく笑む彼女の頬はほんのり赤く染まっている。普段俺が何をしようとあまり動じないくせに心では嬉しいと思ってくれていたのか。喜んでくれてたのか。
「…そうか」
今日の体験は絶対に忘れないだろう。女が受け止める感情がどんなものなのかも、大将の気持ちも。
繋いでいる手をぎゅっと握れば大将も握り返してくれる。また少し彼女との距離が縮まった気がした。