07



早朝。
春香は、普段より少し早めに起きてしまった。
最近は日が長くなってきており、太陽が昇るのも早くなって来ている。
学校に行く準備も済ませてしまった春香は、早起きは三文の徳とも言うし…、と早朝の散歩がてら早めに家を出ることにした。


希望ヶ峰学園から比較的近いところに住んでいた春香だが、女優というメディアに出る仕事のため、現在は家が特定されないように学園側が準備した宿舎で仮住まいをしている。


学園の敷地内にあるため、一般の方には会わない。
それどころか予備学科の生徒にも会わない。
宿舎が本科校舎に一番近いところなので、警備員は24時間体制で常駐しており、監視カメラが多数設置、窓は最強クラスの防弾ガラスを採用するなど最高クラスのセキュリティ対策がされているのだ。


要人になったような気分になる宿舎と呼べないような宿舎に初めて案内された時、春香は そんな器ではないのに…と震えたのを今でも鮮明に覚えている。
ちなみにソニアも同じ宿舎で暮らしているようだ。

宿舎入口に居た警備員たちに挨拶をし宿舎を出ると、のんびりと本科の校舎方面へ歩き始めた。


少し歩くと本科の門とその前に佇む予備学科の制服に身を包んだ男の子の後ろ姿が見えてきた。
何かあったのかと思い、春香は声をかけた。


「あの、」


「え?」


予備学科の男の子は声をかけられると思っていなかったようで、驚いたように振り返った。


「天霧春香…さん」


「あ、知ってるんですね」


「あれだけテレビに出てるんだ。知らない人間はいない…と思いますよ」


春香は不思議そうに そうですか?と首を傾げた。
しかし、何かしらで自分のことを知ってくれていることにありがたみを感じ、知っててくれてありがとうございます。と男の子に微笑みながら言った。


彼の名前は日向創。予備学科ではあるが同い年のようだ。


「なーんだ!落ち着いてるから年上かと思ったよ!改めまして、天霧春香です。よろしくね、日向くん」


日向は奇異の目で春香を見た。
今をときめく若手女優で、ドラマや映画に引っ張りだこ。
幼い頃に子役として活動を始め、今ではどんな役にでもなれるカメレオン女優として世間を驚かせている。
そんな彼女は生まれながらに持った“表現者”としての才能を発揮している…人生の成功者だと日向は思っていた。


そんな彼女は、なんの才能もない予備学科の自分に対し傲岸不遜な態度で接することなく、テレビで見たまま…いや、よりフランクに接してきたのだ。
日向は驚きのあまり、ぎこちなく挨拶をした。


「あ、あぁ…よろしく…」


「だれか待ってるの?時間が早いから、まだ登校していないと思うけど…」


「いや、誰も待ってない。ただ…」


日向は本科校舎を見た。
誇れる才能を持ち、希望ヶ峰学園の本科の門をくぐることを幼い頃から夢見てきたが、自分には何も無かった。
そんな虚無感を覚えながら、日向は感傷に浸っていたのだ。


「天霧は…超高校級の女優、なんだよな」


「うーん…いちおう?」


「学業との両立は厳しくないのか?」


この前も次回の朝ドラキャストに選ばれたって見たし…と日向は続けた。
春香は 知ってるんだね!と少し恥ずかしそうに頬に手を当てた。


「大変だけど楽しいよ。友達もできたし」


「え?天霧は友達なんていくらでもいるだろ?」


「んーん。私、恥ずかしながら友達がいなかったの」


確かに子役を始める前は小学校だったこともあり、たくさん友達ができた。
しかし、引越しをしたので当時仲が良かった子たちとは疎遠になり、期待の新人女優として各方面から引っ張りだこになり、仕事に明け暮れていたため遊ぶ暇がなかった。


同業者と連絡先を交換するが、元々マメな方では無いのもあるが、忙殺されているので連絡を返すことができなかった。
そのため、知らず知らずのうちに敬遠されるようになってしまったのだ。


それでも、と近付いてきたのは、手篭めにしようと目論む者、売名目的で近づく者など下心がある人たちだけ。
春香には、友達と呼べる友達がいなかったのだ。


「そう…だったのか…てっきり…」


「てっきり?」


日向は目線を下に落とし、言いづらそうにしていた。


「天霧は俺と違って才能があって、学校と両立もできて…何不自由なく過ごせてるのかなって思ってたから…」


きっと、日向は才能がないことにコンプレックスを感じているのかもしれない。いや、予備学科生は本科生に対し、そのような感情を持つだろう。
希望ヶ峰学園に入学できたからと言っても、本科ではない。
周りからも高い入学金を出してまで…と辛辣なことを言われたことがあるのかもしれない。


「みんな隣の芝生は青く感じるんだよ。私も羨ましいなって感じる時、たくさんあるし」


所詮は無い物ねだりなのかもしれないけど…と春香は苦笑しながら頬をかいた。
すると日向は あるのか!?と驚きながら声を上げた。


「もちろん!才能があっても、人生が素晴らしいものになる訳では無いと私は思うんだ…私みたいに友達が出来なかったら、孤独だし。才能に縛られる人生よりも、無限の可能性がある人生の方が楽しそうじゃない?」


「無限の、可能性…?」


「うん。日向くんは無限の可能性を秘めてるんだよ。やりたいと思えることを自分で決めれるんだよ!」


なんだか楽しそうじゃない?と春香は日向に微笑んだ。
今まで考えたことも無いことを言われた日向は一瞬唖然としていたが、変わってるな…天霧は とふっと笑いながら言った。
そんな日向に そうかな?と小首をかしげながら、春香は周りの景色を見た。


「勝ち負けの表現ってあまり好きじゃないけど、才能がある方が勝ち組とか言うけどさ…最期に人生を振り返った時、いい人生だったと思えた方が勝ちだと思うの。」


そりゃ自信にはなると思うけどさ、と春香が続けると日向は目を見開いた。


「そのために、たくさんの友達や物、世界や価値観に触れて…その中で、やりたいことを見つけられたら最高だよね。…もしかして、この考えが変?」


「いや…そうかもしれないな…友達、か」


思い返せば、才能にこだわりすぎていた。
幼い頃からの夢だった希望ヶ峰学園の本科の門をくぐること。
本科に行くことばかり考えて、今の予備学科でも友達と呼べる友達は居なかった。


今はまだないが、これから先に俺がやりたいと思ったことで才能が見い出せるかもしれない。
たくさんのものに触れて、これまで見たことがない世界が広がるかもしれない。
もし才能を見出せなかったとしても…やりたいと思えることをやり遂げた先に、明るい未来が待っているかもしれない。
日向は胸につっかえていたものが、少しだけ軽くなるのを感じた。


「ありがとう、天霧。少しだけスッキリした」


先程会った時と違い、顔色が明るくがなっていた日向を見て、春香はにっこり笑った。


「いやいや、私の価値観を話しただけで…でも、スッキリできたならよかったよ。じゃあね。また会お、日向くん」


「あぁ。ありがとう」


春香は予備学科の方に向かって歩き出す日向の背中を見つめた。
どうか、彼の人生に幸がありますように。
そう考えながら、春香は本科の門をくぐり、自身の教室へと向かった。


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