08



春香は仕事のため、数日休んでいた。
久しぶりに登校した日、教室内はどんよりとした空気が流れており、不審に思った春香は左右田に声をかけた。
どうやら予備学科で殺人事件が起きたらしい。
それもクラスメイトである小泉真昼の友人と九頭龍冬彦の妹…学校に不審者が入ったのでは?と現在、警備部が全力で探しているようだ。


「なぁ、春香。オメー最近つけられてるとかないよな?」


隣にいた左右田が心配そうに春香を見ていた。


「んーん。大丈夫だよ?」


「本当かよ…」


「大丈夫だよ。ほら、私が住んでる寮は本科から近いし、警備員もたくさん常駐してくれてるし、カメラ多いし!」


ね? と小首を傾げながら、春香は左右田を見た。
未だに、だけどよォ…と左右田が渋っていると、予鈴が鳴った。
知らぬ間にホームルームの時間になっていたらしい。
雪染が教室に入ってくる前に…と慌てて席に戻った。


それにしても…立て続けに予備学科で殺人事件とは…しかも、このクラスの関係者が襲われているようだ。
左右田には大丈夫と伝えたが、明日は我が身かもしれない。用心に越したことはないだろう。
春香は小さくため息をついた。


通常通り元気よく教室に入ってきた雪染は、実技試験進行表と書かれた冊子を全員に配った。
どうやら明日、実技試験が執り行われるようだ。


希望ヶ峰学園には定期試験がない。
あるのは実技試験のみで、才能を披露する場でもあるのだが、これに受からないと在学継続が許されない。
言わば在学継続を掛けた年に一度の一大イベントである。


「(実技試験か…どの役をやろうかな)」


春香は超高校級の女優。
どんな役にでもなれるカメレオン女優だ。
その才能の能力は、春香の演技を見た者に“ 共感 ”を持たせることだ。
それだけではない。見た者を共感させ、一時的に役と同様の気持ちにしてしまうのだ。


春香が悲しめば 沈痛な思いになり、春香が喜べば 胸いっぱいに幸せな気持ちが広がってしまう。
希望を与えることもでき、逆に絶望を与えることも出来る諸刃の剣のような取り扱い要注意の能力なのだ。


どうしようかな。どうしようかな。


悶々と考えながら、冊子から顔を上げると困った顔をした雪染が視界に入った。
今までの明るい教室とは違い、少しどんよりとした顔つきの者が多い。
無理もないだろう。予備学科の事件で、まだ傷が癒えてない者もいるのだ。


春香は再び冊子に目を向けて、自分の演じる役を考えることにした。


▼▽▼


ホームルーム後、春香は一人空き教室にいた。
教室内は少し暗い雰囲気が漂っていたので、じっくり実技試験の事を考えれるようにと空き教室を探したのだ。

もう既に何をやるかは決めている。
最近 春香が演じ、話題となった作品の役だ。
視聴率も良かったし、何より自然体に近い役だったので、演じやすい。
更にセリフは全て頭の中に入っているので、明日の実技試験は余裕でこなせるだろう。
そう思った春香は窓側の机に腰掛け、空を眺めながら練習することにした。


「“ 約束だよ、絶対に… ”」


「“ 私は、絶対に── ”」ガラッ


突然 教室の扉が開いた。
今日は誰も使用しないはずの教室だと思っていたが、間違えていたのかと思い、春香は瞬時に振り返った。


「こんなところにいたのかよ」


立っていたのは左右田だった。
よかった…と胸をなでおろし、どうしたの?と声をかけた。


「いや、狛枝も春香もホームルーム終わったら出ていって帰ってこねぇからよォ…なんかあったのかと思って…」


頭を掻きながら、左右田は室内に入ってきた。
そのまま春香が座っている机の側まで寄ると、まァ無事なら良かった とひとつ前の席に腰を掛けた。
心配してくれたんだ…。
先程も自分を心配してくれていた事を思い出した春香は、左右田の優しさに頬を緩ませた。


「そうなんだ…ちょっと、明日の実技試験の練習でもしようかなーって思ってね。」


落ち込んでる子の前で、試験のこと考えるのは申し訳ない。だからと言って、試験を疎かにすることもできない。
早くこの事件が解決してくれればいいのだが…。
春香はため息混じりに足元に視線を落とすと、和一くんはさ…と声をかけた。


「和一くんはさ、私の事ばかり心配してくれてるけど…怖くないの?予備学科の事件の犯人、まだ捕まってないんだよね」


「そりゃァ…怖ぇけどよォ…」


「けど?」


「春香に何かあった方が怖ぇと思うから…いざとなったら守れるように…で、出来るだけ、近くにいたい、というか…」


その言葉に春香は目を見開いて、顔を赤く染めながらそっぽを向く左右田を見た。
幼い頃からどちらかと言うと小心者だった彼が、自分を守ろうとしてくれていたとは…。
そして、肝心な時にどもってしまう所が左右田らしい。
あまりの嬉しさに完全に頬が緩みきってしまった春香は、高鳴る胸をそっと手で押えた。


「優しいね、和一くん」


本当に、泣けるくらいに。
昔と変わらずそばに居てくれる左右田に、愛しさが募った。


「ねえ、和一くん」


「んぁ?」


「ありがとう。いつもそばに居てくれて」


このままずっと一緒にいられたらいいのに。
そんな感情を心の奥底にしまい込みながら、春香は左右田に向かって微笑んだ。


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