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さて、冒頭で私は「私と先輩の物語は今始まったばかりである____」と謳ったな。確かに言った。そうなるはずだった。……そうなるはず、だったのに。
「ごめんな、時間やから私もう帰るな? 今日も北と一緒やから問題ないと思うけど、何かあったら連絡して!」
ミョウジ先輩は今、出入口に垂れ下げられているネットカーテンを掴み、そこを潜ろうとしていた。私をここに置いて。心配そうな顔をしているくせに、私を体育館に置いて。
ミョウジ先輩目当てにバレー部マネージャーを始めて1週間と少し。早くも私は窮地に立たされていた。
「北、なまえは優秀な子やから大方のことは出来るようになったと思うねんけど、言うてもまだ入って1週間やから注意して見たって欲しい。」
「はい」
「あとなまえは、分からんこととか気になる事あったら何でも北に聞くんやで。ちゃんと教えてくれるから」
「…………は、い」
北、頼んだで!
そう言い残してミョウジ先輩は正門まで駆けてゆく。
…………先輩、今私の事優秀で何でもできる可愛い私だけの後輩って言った?? うそ、ミョウジ先輩ったらそんな風に評価して下さってたんだ……嬉しい……!
いや、いやいやいやそんなことは今はどうでもいい。どうでも良くないけど、今この場において重要なのはそこでは無い。
さっきまで私と一緒にマネージャー業務を全うしていたミョウジ先輩は、スクールバスの時間の都合で片付け作業を最後まで一緒にできないことが発覚してしまった。
「みょうじはミョウジ先輩のことが大好きやねんな」
「…………そら、まあ……。」
「そうか」
そして先輩の代わりに私に残された、感情の読めない北先輩。てっきり最初の1週間だけマンツーマンで片付け作業のイロハを教えてくれるのかと思いきや、それをガッツリ過ぎた今でも一緒に残って下さっている。まだ気になることや心配事があるのだろうか。それにしては滞りなく進んでいるように感じるけど。
そもそも部活後の片付けなんてたかが知れていて、翌日が休日でもない限りモップを掛けて戸締りすれば終わるだけの話なのだ。ものの15分程度あれば終わる。その作業を効率良く終わらせ、そして「女の子一人で帰らせる訳にはいかん」と律儀にも駅まで一緒に帰ってくださるのがここ1週間で完全に暗黙の了解になってしまった。
超沈黙だから逆に苦痛なんだけど。
なんとなしにチラッと北先輩を盗み見ると、視線に気付いたのか彼は振り向いた。モップ掛けに集中しているかと思ったのに。器用な人だ。
「ん? 何かあったか?」
「…………や、あの、もうさすがに私一人でできますよ、後片付けぐらいは」
「ああ、そんなこと。 気にせんといて、習慣みたいなもんやから」
「……はあ」
秋の夕暮れ、私は静かな体育館のモップ掛けを2年の先輩の北さんと二人でしている。夢にまで見たミョウジ先輩とのマネージャー同士水入らずの下校は叶うことは無かった。
先輩、コンビニで肉まん食べません?♡ ええなぁ、半分こしよか! はい♡♡などと何度もシミュレーションしたこの会話が実現することはもう無いのだ。先輩と駅まで歩くことも、話が盛り上がってしまい帰るのが惜しくなることも、別れ道で手を振ることも全部全部。
………………おかしい。
こんなのって、絶対におかしい!
まあそんなこと北先輩の前で言える訳もなく。かくして私たちは、今日も沈黙が痛い帰り道を二人で辿ったのであった。
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