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「すげぇな、ミョウジ先輩……」
「あの子もう手懐けられてるやん」
稲荷崎高校に新1年生が入学し、仮入部期間なんて今じゃ昔の話。1年生がまだまだ慣れないコートであたふたしているような時期もとっくに過ぎ去って、10月も後半に差し掛かる。
数ヶ月前にインターハイも終え、選手一同は結果に悔やむことも喜ぶこともせず淡々と次の春高に向けて練習を続ける。気合いの入っている2年と3年に触発された様子の1年生を横目に、少し早めに休憩を取ることにした現2年生の尾白と赤木はコートの端をちょこまかと走るマネージャー2人を観察していた。
先輩マネージャーであるミョウジの後ろを着いて走るみょうじのことは、思わず見てしまう。初っ端強烈な挨拶をかましたと言ってもなんだかんだ可愛いのだ、あの空間が。むさ苦しい男所帯の男子バレー部に咲く可憐な花。掃き溜めに鶴だとさえ尾白は思った。その場合自らを掃き溜めとしてカウントしてしまっているがそこには気付かなかったようだ。
ここまで考えたところで、そういえば、と尾白は徐に口を開けた。
「たまたま勧誘してるとこ見た1年から聞いてんけど、目にハート浮かんどったらしいで」
「……ああ、みょうじさん?」
「そうそう。 まあミョウジ先輩に勧誘されたら思わず流されるんもわからんでもないけどなあ……」
「よっぽど好みやったんやろ」
「いや女子同士でそういうのあるん?」
女子ってよう女同士でベタベタしてるやん、知らんけど。赤木は言った。そう言われて尾白はマネージャー2人をしげしげと観察してみる。
確かにミョウジ先輩はハチャメチャに美人だ。美人というよりはなんだか美人寄りのイケメンといった言葉が似合うような気がするけれど。
しかしいくら顔が整っていると言っても怒らせた日の鬼と化した姿は見れたものでは無く、それはもうめちゃくちゃに怖いものだと自分達は身をもって知っている。そのせいか男子バレー部には彼女に邪な感情は抱いたことのある者はいない。それに彼女には他校に通うカワイイ彼女がいるらしいのだ。まぁ、それを知らない他の部活に所属している友人に羨ましがられたことは何度もあった。ただ顔面を差し引いても怖い。美人の真顔は怖いのだ。尾白は遠い目をした。
「みょうじさんも今は可愛らしいけどいつか鬼になるんやろか」
「どうやろなぁ、俺らに全く興味無さそうやしな」
「ミョウジ先輩が引退したらもう部活来やんのちゃう」
「うっわ、全然ありえる! そら困るなぁ」
ここまで話したところで、あまりジロジロ見るのも良くないか、と思い直して尾白は1年生が使っているコートに視線を移した。今年の1年生は随分と豊作らしく、宮兄弟なんかは頭1つ分飛び抜けている。名古屋から来たという角名も筋がいい。
1年生も今しがた休憩に入るようで、マネージャー2人がジャグタンクの傍でコップを渡している。ミョウジとみょうじが何度かやり取りをして、そのまま1年コートに残ったみょうじに対してミョウジは2年生が休憩するコートまで歩いてきた。腕時計を確認してからホイッスルを口に咥えるところを見るに、尾白と赤木は休憩の終わりを悟る。
「2年、もう休憩終わりや。 いつまで駄弁っとんねん」
ほれみろ。「チンタラすな」とミョウジの冷たいお叱りが飛んできた。すんません。尾白は新しく入ってきたマネージャーと自分たちの扱いの格差をヒシヒシと感じた。ミョウジが休憩終了を知らせるホイッスルを鳴らせると、やっと2年共はのろのろと起き上がるのだ。北だけはもうコートに立っていたが。
「ア、すんませんミョウジ先輩、ちょっとトイレ行ってきてええすか」
「休憩中に行けや」
「次から気ぃつけます……」
ん、と小さくこぼした言葉で許しを得た尾白はそそくさと体育館を出る。残った赤木を含む2年生はやっと立ち上がった。
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