恋は戦争






「……………あ、」

 体育館を出てすぐ、尾白は水道の傍でジャグタンクの補充をしているみょうじを見つけた。夏も終わったとは言え、日中はまだ暑さの残るこの季節に直射日光を浴び、何やら感情の読みにくい真顔のような表情でジャグタンクを洗っている。

 人見知りをしない質である尾白は何も気にせずみょうじに話しかけた。真顔と言っても集中しているようにはあまり見えなかったので。

「もう部活慣れた?」
「……? はぁ、そうですね」
「俺、尾白アラン。 いっぺんに名前言われても覚えられへんよな。 ゆっくりでええで」
「あぁ、それは把握してます。」
「えっ、そうなん? もしかして俺って結構有名?」

 きょとん。みょうじの表情が崩れた。それを見て得意気だった表情を少しの驚きに染めた尾白は、さらに畳み掛けるように言葉を続けようとした。

 しかしそれはみょうじのバカにするような嘲笑によってなりを潜めざるを得なかったのだが。

「いや、尾白さんだけやなくて、スタメンはほぼ全員。 ミョウジ先輩から早めに覚えた方がええって言われたんで」
「……………………へぇ〜、そうかいな」
「? はい」
「………………」

 か、可愛くね〜〜〜〜〜!!!!!!!

 マァ、バレーなんか微塵も興味なかったですし、と文章に起こせば(笑)を付けるようにみょうじは言った。直感でバカにされていると理解した尾白は、もう知らん!と少しだけ顔に出してちょっと大股でトイレまで向かった。
 それから程なくして、みょうじに新たな足音が近付く。

「なぁ、そこの女」
「……あ…?」

 声をかけられ、またお前かよと言いたげな顔をしたみょうじに影を作ったのは、みょうじと同じ1年生のバレーボール部男子。部員の名前はほぼ把握したみょうじであるが、レギュラー入りしていないメンバーの認知には多少時間がかかっている様である。
 尾白ではないと分かったみょうじは眉をひそめ、神妙な顔をした。口元はへの字に曲がっており、何の用だ、と言外に語っている。一方男の方は、気に食わないといった感情を隠さず真っ直ぐにみょうじを睨んでいた。その瞳を気にすることも無くフイっと視線を水道に戻し、2つあるジャグタンクのうち1つを補充し終わったみょうじは男を放置したまま、まだ手をつけていないジャグタンクの蓋を開ける。

 こっち見ろや、と再び声をかけられたことでみょうじは面倒臭そうに男に視線を戻した。

「女が半端な気持ちでコート内チョロチョロしてんとちゃうぞ、バレーボールの邪魔やねん」

 あまりにも一方通行なその言葉を聞いて、ピシャーーン!!!と自らの背後に落雷が落ちてしまったかのような錯覚に陥った。いや、当事者の男でもみょうじでも無く、トイレを済ませてからみょうじの様子を見るため戻って来た第三者・尾白の背後に、である。
 思わず(尖りすぎやろ!?)と心の中で尾白はツッコんでしまった。男はというと、言ってやった!という分かりやすいしたり顔。
 それに対し、言われた側のみょうじはあろう事かハンっと鼻で笑った。あからさまに好戦的に。戦いのゴングが鳴ってしまった。……火蓋は切って落とされてしまった。

 と、尖りすぎやろ!!!尾白は今度こそ声に出してしまった。今目の前で起きてしまった大惨事に頭を抱えて。

「や、ごめんマジでアンタには興味無いから私のことはほっといてくれん。 まず誰?」
「なんやと!?」

 ギャン!!!と噛み付いたと同時にみょうじの興味は目の前の男から逸れた様で、既に体育館内のただ一点を見つめている。すると瞬く間に頬を紅潮させ、女性が持つにしてはさぞかし重いであろうジャグタンクを片手に一つずつ持ち颯爽と体育館内に入っていった。いつの間にかジャグタンクの補充はどちらも終わっていたらしく、一度に持つことが厳しいようなら手伝おうと思っていた尾白だったが、その必要は無さそうだ。

 体育館内に戻ってミョウジ一直線に走っていったみょうじは「あ、ミョウジ先輩♡これってどないしたらいいんですか?♡私わらかんくて〜♡」などと宣っている。自身の服を見せている所を見るに、ジャグタンクを洗ったことによって濡れてしまったジャージの処理について訊いているようだ。態度の変わりようから見て、完全に男子バレー部員はアウトオブ眼中らしいと尾白は悟った。

「…………あー、侑、さっきのは言い過ぎとちゃうか。 程々にしときや」

 じ、と男はみょうじとミョウジを見つめ、顔を歪めた。

「…………きっしょくわる」
「コラコラ」








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終焉