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うわ、アンタそんなこと言ったの? マネージャーに?
反射的に壁に身を隠した。
落ち着いていて、尚且つ間延びしたこの気だるげな声は何度か聞いたことがある。確か、私と同じ一年の角名倫太郎。
彼に続いて「だって腹立ったんやもん」と言葉を零したのもまた聞き覚えのありすぎる声だった。つい1週間ほど前に妙な嫌味を言われた覚えがある。あの後尾白さんに聞いたところ彼の名は宮侑と言うらしく、双子の宮治も彼とよく似た顔をしていると言っていた。1週間も前の話を掘り出して仲間内で喋ってんなよ。
……それにしても死ぬほど気まずい。ジャグタンクを二つも抱えてるからそろそろ通りたいんだけど。角名と宮侑が談笑しているのは体育館の数ある出入口の中の1つだった。幸いにも彼らが話しているのが私自身のことだと気付けたのは私がまだ彼らの死角に居た時だったので、今から引き返して別の入口から入れば鉢合わすこと無く館内には入れる。……うーん。遠回りするか?
「あ、あとはな、バレーボールの邪魔や言うたったわ」
「……ちょっと言い過ぎやなあ」
「普通に引くわ、たかが女に対して必死すぎやろ」
「は? ンなら今すぐ直接言ってこいや、サム」
「おーおー上等や」
うわ、めっちゃ言われてる。しかも角名と宮侑以外にも人は何人か居るらしい。窘めるように言葉を返す者も居るようだが、本質は私のこと。自分の悪口を言われている時はいつだって内容が気になるもので、早くジャグタンクを体育館に持っていかなければならないと頭ではしっかり分かっているのに足が全く動かない。
しかし、本当にジャグタンクが重い。腕がつりそうなので泣く泣く引き返そうと逆方向に体を向けたちょうどその時。角名とは違った落ち着き……いや貫禄と言うべきか、そういったものが含まれた、それでも鋭さをむき出しにした声が彼らを制した。
「……お前、みょうじにそんなこと言うたんか」
ヌッと何も無い場所から沸いて出てきたように現れたのは2年の北さん。どうやら私と同じく、館内ではあるが彼らの死角から話を聞いていたらしい。
「い、イヤ、そんな強くは言うとりませんよ、ボール当たったら痛いやんか〜みたいな……」
途端にしおらしくなった宮侑。
いや、嘘つくなや。
それにしてもちょっとここからの展開が気になりすぎる。さっきまで自分のことが云々と言っていたが撤回しよう、私の中の野次馬精神が顔を出し始めた。
私は音を立てないように慎重にジャグタンクを置き、壁で体を隠すようにそうっと顔を出した。腕が限界だったのだ。忍びの如く物陰に隠れながら対象を盗み見ると、そこには4人が団子になって座り込んでいる。おや、意外と人数居るな。
想像していた通り角名と宮侑、その隣に宮侑と同じ顔をしている男が居るので彼がきっと宮治だろう。本当に顔がそっくり。あとは銀島も居る。彼はタオルを渡す時に何度かコミュニケーションを取ったので覚えていた。
そして、それをその後ろから彼らを見下ろす北さん。と、尾白さん。尾白さんが居たの気付かなかったな。
「いやお前ガッツリ邪魔や言うとったやんけ」
「やっぱり言ってんじゃん」
「アランくん余計なこと言わんとって!」
「へぇ」
こっわ。北さんの「へぇ」こっわ。
「まあでもあの反応はどっちもどっちやろうけどな」
「あ、そや! 聞いてくださいよ! アイツ、俺にもバレーにも興味無いってバカにしよったんですよ!」
「それも侑の言葉に返しただけやろ、吹っ掛けたんはお前や」
ボッコボコ。正論パンチにより為す術なく沈黙。いやでも確かに私も余計なこと言った気がする。どうにも男性相手だとついツンケンしてしまい、慣れるまではろくなコミュニケーションが取れないのだ。予防線のようなものが無意識に張られていて、それを刺激されると無意識に威嚇体勢を取ってしまう。
宮侑から始まったこととは言え、どっちもどっち、という尾白さんの言葉はあながち間違いではないのだ。
痛いほど静かなこの空気を裂く様に、「侑」と北さんが呟いた。一方名前を呼ばれた彼は分かりやすく肩を震わせている。
「バレーや俺らに興味あろうが無かろうが、今俺らが勝つためにサポートしてくれてるんは誰やねん。 そのこととそれへの感謝は忘れたらあかんのとちゃうか」
……わ。
前々から思っては居たが、彼は芯が通りすぎている。2年生や3年生にはただの雑用係であるマネージャーに感謝を示してくれている人は一定数居るが、その感謝を当たり前のようにいつも言葉にしてくれるのは北さんがダントツで多い。ナマエ先輩もその様に言っていた。北は当たり前のことを当たり前に実行するのだ、と。ただ真面目に要領よく何でもこなす人だとは思っていたが、彼の考えなど聞く機会も無かったので今の言葉を聞いて驚いた。
「なんも知らずに物を言うことは、無知をひけらかすことにもなる。 もっとみょうじが普段どんなことをして何を考えてるんか、ちゃんと見てたら自ずと見えてくるもんや。 まず次会ったら何を言うべきなんか考え」
休憩終わりや。はよコート行き。静かに北さんはそう言い放ち、館内に戻って行った。う、うわ、カッコよすぎる。もう私あの人に着いていこうかな、ミョウジ先輩の次に。
私はジャグタンクを抱え直し、裏口から入ることにした。ミョウジ先輩には「遅かったなぁ、やっぱ重たかったか?」と心配されてしまったけど、「ちょっと洗うのに時間かかって」と私は全くありもしない嘘を並べた。
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