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ほんの例えであるが、それは自身の実の父親であったり、長年に渡って面倒を見続けてくれた尊師であったり、はたまた全く知らない赤の他人であったり、もう取り戻せない命であるそれら。
トランクスの物心がつく前からこの世は殺伐としており、一番古い記憶を呼び起こしてみても既に常時死は身近に有った。
現にトランクスの住むこの街も例に漏れず、建物の数々は半壊しており、その至る場所に残る夥しい量の血痕。怯える民衆の原因となるは十数年前に突如として現れた2人の人造人間。
ニュースラジオでは常に彼らの報道が繰り返されている。保身の為のそれであるが、神出鬼没な彼らに対応するので精一杯で、鉢合わせてはもう手遅れ。要するにあまり意味を成さないものだった。
目の前で尊い命が失われてゆく瞬間は何度だって見たトランクスであるが、何度も見たからと言ったって慣れるものではない。
何度挑んだって歯が立たない相手に指一本すら動かせないほどに滅多打ちにされ、愛する人に向かう攻撃をひとつとして阻むことが出来ない無力感。地に伏せる自身を嘲笑うかのようで、それはそれは、これ以上に無く滑稽な一日だった。
あの日は未だ深いトラウマとなって心に植え付けられている。一度身を襲った恐怖は日に日に増す、そういうものであった。
トランクスにとって強くなるために捨てたものも、守るために犠牲になったものは決して少ないとは言い難い。
身動きを取る度に何かを失ってゆく。失うものを数える度に身動きが取れなくなってゆく。抜け出せないそのループこそが負の連鎖たりうることには、とっくの昔に気付いていた。
そんな時だった。ブルマが熱心に開発していたタイムマシンが完成したのだ。
そんなこんなで、過去を変えるため、自分たちの未来を救うため。トランクスは世紀末のような未来からやってきた。しかしこれも1度ではなく2度目である。
1度目は未来人であるという事実を隠して過去の彼らに接していたのに対し、今は未来人という事実だけではなくブルマとベジータの子であることまで露見してしまっている。それが吉と出るか凶と出るかは未だ測りかねている最中であった。
「ねぇ、トランクス」
そんな中、未来から来たという息子に臆することなく話しかけてくる母・ブルマには正直助かっているというか、多少強引な所も昔から変わっていないと思えばトランクスにとって何ら苦ではなかった。いや普通に困るけれども。
そんな母が何か聞きたいことがあります、と言った顔で話しかけてくる。女児を抱きしめながら、やや興奮気味で。トランクスは妙に嫌な予感がした。苦ではないと述べたが、もしかするとそんなことは無いかもしれない。
「メルは将来どんな風に育つの!?」
「っえ゙」
「ほらだってこの子、目もパッチリで鼻筋も綺麗だし、あとほら、見て」
ーーーやっぱり突拍子もないこと聞いてきた!
2歳にも満たないような女児をトランクスに向け、ブルマは笑いかける。
するとその女児もキャッキャと笑いだした。
「すっごく可愛い顔して笑うの!」
「……ぁ、」
メル、と呼ばれる女児の笑顔には見覚えがあった。それもそうだろう。事実、未来でもメルはトランクスと共に生きているのだ。最も、そう思っているのはトランクスだけかもしれないが。
「……そう、ですね。」
トランクスは女児を凝視したまま、ぎこちなく返答した。妙に落ち着いたそれにブルマは眉間に皺を寄せる。
「無期限でウチで預かってる子だからいつまで一緒に居たかは分からないけれど、面識はあるでしょう? 一応親戚なワケだし」
ブルマの言う通り、メルはブルマ宅で今後長く預かることになる親戚の女児である。メルの両親は仕事で忙しく、落ち着くまで一旦ブルマに預けるという話だったのだが結局両親はメルの物心がつく前に人造人間によって殺害されてしまった。
「今でもよく会いに行きますよ。」
「あらそうなの? じゃあここに来ることも伝えてるのかしら?」
「はい。伝えてはいます」
「そうなの! この子、お転婆だから私も着いてくー! だなんてワガママ言ってたりして!」
……お転婆。
なんだか、トランクスの知るメルとは少し離れたイメージである。子供とは、そういうものだろうか。笑った顔はこんなにも変わらないままだと言うのに。
いやしかし。実際メルには伝えても、メルからは何も返事は無かったのだ。引き止めもしなかったし、着いてくるとも、ましてや勝手に行けと突き放されることも無かった。
「……今のメルさんは、こんなに感情を表に出す人じゃ無いんです」
「へ〜、大人びてるのね。ま、でも人造人間たちをやっつけちゃうかもしれないし、喜んでたんじゃない?」
ねえ? とブルマは腕に抱く一歳のメルに同意を求めた。あうあうーと愛らしい声で返事をしたそれがどんな意図を含んだのか、はたまなそんなものは無いのか、今のトランクスには分かりっこないが。
「それは、……どうでしょう」
「トランクス?」
「喜んでくれたのなら、良いんですが」
困ったようにトランクスは笑う。会話の意図が掴めなくて、ブルマは眉をひそめた。
「…………まさかアンタ達、喧嘩でもしてるの?」
「…………へ?」
ぱちぱち、と目を瞬かせてから、そしてトランクスはやっと笑みを見せた。結局喧嘩してるの? してないの? ブルマはキレた。
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