「“みょうじ なまえ”だな?」 「……!!」 船医達による二度目の応急処置を終え、ベットに横たわるなまえの横に白ひげは自分サイズの大きなイスを引き寄せて腰掛けるや否や、そう言ってなまえを見下ろした。 自分が白ひげ達の事を知っていたとしても、その逆はないと思っていたなまえは驚愕する。 「何で知ってるのか?って顔だな。…これだ」 そう言って白ひげが差し出すのは、一枚の手配書。 そこにはなまえの顔が大きくプリントされてあり、10億もの懸賞金に加え“ONLY ALIVE”との表記もされていた。 「オメェみてェな子供(ガキ)に10億もの懸賞金がかけられてるのにも驚いたが…一番の問題はそこじゃねェ。 普通の手配書は“DEAD OR ALIVE(生死問わず)”のはずだ。それが何でお前のは“ONLY ALIVE(生け捕りのみ)”の表記なんだ?」 白ひげのその問いに。 探るような眼差しに。 なまえは強く唇を噛み締め、首を横に振った。 「…理由、なんて…知らない!!彼らに突き出したいのなら、突き出せばいい!!このまま生け捕りにして、引き渡せばいいッ!!!!…っ!…どうせ…どうせそう長くは生きられない生命なんだから!!!!」 「オイオイ。なんだってお前はそう悲観的な捉え方しか出来ねェんだ?おれはお前を海軍に突き出すつもりなんざ、これっぽっちもねェよ」 「?!」 白ひげのその言葉に一瞬驚いたような顔をしたなまえだったが、すぐにその表情を消し去ると、包帯の巻かれた両手で顔を覆った。 「もう…もうそんな嘘はいらない…ッ!!!!」 ─── どうせまた裏切られるんだ…!! 次に私が意識を失ったらッ…眠ったら…!! その後には、また。 あの暗い治療室に戻らされてるんだ…!!! 「…どうやら、相当酷ェ体験をしてきたようだな」 顔を覆ったなまえの腕の隙間から零れる、大粒の涙。 声を殺して涙するその少女を──── 血が滲むほど強く唇を噛み締める、その少女を見て。 白ひげは自身の胸が大きく痛むのを感じた。 ─── こんな年端もいかねェやつが、何故… 動くのもままならない程の大怪我を負いながらにして何故、まだその牙を向ける? しかも自分の何倍も体格差のあるおれにまで本気で殺気立って向かってきやがって… 「こんな手配書が出たんだ。今頃各地に散らばる海賊共がこぞってお前を狙い、襲ってくるのは間違いねェだろう」 「!!」 白ひげのその言葉を聞いたなまえは顔を覆っていた自身の腕を瞬時に退かすと、淵に涙の残る瞳でキッと睨みつけてきた。 「……ッ?!」 だが、再びつっかかろうとする意思を見せるなまえに対し、白げは小さなその頭一つを丸々覆ってしまえる程大きな自身の手でひと撫でした。 「…っ! 触らないでッ!!!!」 「信じる、信じないはオメェ次第だけどな。 その怪我が治り、オメェが自分から全てを話したくなるその時まで。おれ達“白ひげ海賊団”がお前を護ってやると言ったらどうだ?」 「そんッ…」 そんなの嘘よ!!、と。 瞬時に叫ぼうと開いた口はしかし、白ひげのその顔を見た途端に行き場をなくした。 何故ならなまえは不覚にも一瞬──── …白ひげのその顔に魅入ってしまったから。 その顔に、瞳に。 かつての“父”のような優しさを感じ取ってしまったような気がして… 包み込まれるような温かい何かを感じたような気がして… 「…っく。 ひぐっ…」 「泣きたいだけ泣け!子供(ガキ)は泣くのが商売なんだからなァ!!グララララ!!」 ボロボロと後から後から零れてくる大粒の涙。 どんなに気丈に振る舞おうと、振るう拳で目の前に立ちはだかる相手を傷付けようと… もう父であるカルヴァンや、焼き払われたフレバンスの町が戻ってくる事はない。 10億という懸賞金の『レッテル』が立ち消える事はない。 犯した罪は消えない。 もう……どうすればいいのか分からなくて。 誰を信じ、何の為に生きればいいのかも分からなくて。 「うわあああああぁぁん!!!!」 ただひたすら壊れたように泣き続けた。 顔を覆うことも、声を殺すことも忘れ。 感情の赴くままに、赤子のように。 そんななまえを白ひげは黙って見守り、いつまでもいつまでも優しくその頭を撫で続けていたのだった。 ページ: |