それは、僕がなまえを初デートに誘う前の話だ。
就活も思うように進まず、他の奴らもパチンコや競馬で負けたり、ニートらしく暇を持て余したりして、なんだかんだ居酒屋で飲む流れになった。これはいつものことだ。
各々好きなペースで飲んで、血色も良くなってきたら、話すのはやはり愚痴やくだらないことばかり。その流れで出た話題は、兄弟共通の友人であるなまえのことだった。
「結局さー、誰だと思うー?」
「なにがー?」
「だぁかぁらぁ、なまえのあ・い・て」
「相手?どういうことだ、おそ松」
「お前ら鈍すぎだろー」
「いや意味分かんないんだけど、はっきり言ってくんない?」
「かと思えばせっかちー」
「ぶち殺すよおそ松兄さん」
梅酒のロックをちびちび舐めながら、兄弟の会話に耳を傾ける。まーた長男が変なことを言い出したらしい。
「まぁまぁまぁ、お前らも気になるでしょ、なまえが誰を選ぶか」
「え、なにそれどういうことおそ松兄さん」
「いやぁ、あいつさ、よくうちに来んじゃん?仕事とか他の付き合いとかもあるはずなのにさ」
「そういえばそうだね」
「底辺のおれらを見下して楽しんでんじゃない…?なんだそれ興奮してきた」
「落ち着け一松。それでさ、俺は思うわけよ、なまえって実は俺らの中の誰かを好きなんじゃないかって」
そんなことあるわけないだろ。と声をあげようとして、他の兄弟がおそ松兄さんの発言に身を乗り出したのを見て、口を閉じた。
そんなに気になるもんかね。
高校時代から腐れ縁のように一緒にいる女友達。なまえの立ち位置なんてものはそんなところだ。高校卒業後、都内の商社に就職したあいつは、進路がニートの僕らから離れて行かなかった数少ない友達とも言える。
確かにあいつは、よくうちに来てるし、他の兄弟とはよく二人で遊んでいるみたいだ。僕は時たまそれに混ざって遊んだり、家に来たときに話しをするくらい。高校時代から変わらない化粧っ気のないラフな服装で遊びに来るあいつは、僕にとって女友達と言うより友達で、女の子と言うより性別は女、その程度の認識である。その彼女をつかまえて、僕らの誰かを好き?彼女にもそんな感情なんてないと思っていたし、そんな話題が出て食いつく程度には他の兄弟が彼女を意識していたことに驚いた。
「…いやぁ、な、ないでしょー。なまえちゃんそういうの疎そうだし」
「トド松、声震えてるぞ」
「まぁ、なまえも暦としたレディだからな、オレたちのような魅力ある男に惹かれてしまうこともあるだろう」
「クソ松のそのクソな自信はどっから来んの…」
「ギルティ〜?」
「死ね!!」
「クソ松は放っておいて。なまえって俺らの数少ない友達で理解者じゃん?働いてるし、普通に可愛いし、クズでニートの俺らには優良物件じゃね?」
「うわ、おそ松兄さんなんでそんな上から目線で物言えるの?否定はしないけど」
「なまえちゃんかんわいーよね!ぼく好き!」
枝豆をガジガジ齧りながら放たれた十四松の発言に、一度空気がしんと静まり返った。今こいつ、なんて言った?
「十四松兄さん、その好きってさ」
「普通に好き!だって可愛いじゃんなまえちゃん、トッティは嫌い?」
「そ、そりゃボクも、普通に好きだけど…」
「んねー!可愛いし優しいし、ぼくらのこと馬鹿にしたりしないし、ぼくなまえちゃんのことすっげー好き!」
屈託無い笑顔で言い切った十四松。こいつの言う「好き」ってのは、友達としてとか人間としてって意味だと思うけど、なんでこんなに空気が静まってるのかが分からない。その事実が、兄弟たちの本音を表しているようで、なぜだかぼく一人だけ気まずい思いをしている。
ちびちび舐めていた梅酒も無くなり、カランと氷が音をたてた。
「…まぁ、トト子ちゃんほどじゃないけど、可愛いは、可愛いよね…。優しいのも、まぁ…猫の餌とかくれたりするし」
「なまえちゃん、たまにキャッチボール付き合ってくれるよ!」
「確かに、なまえは罪作りな顔立ちをしている…オレとのトークも楽しんで聞いてくれるしな」
「うわ、なにそれ本当だったら優しすぎでしょなまえちゃん」
「えっ?」
「まぁ昔からなまえちゃんて優しかったよね、サバサバしてるから男女関係なく人気あったし。ボクが知るだけでも狙ってる奴多かったから、結構モテてたんじゃないかなぁ」
ぶは、嘘だろ?あのなまえが?ないない。ありえない。あいつがモテんなら僕がモテたっていい世の中だろ。
つーか、みんなしてあいつのこと可愛い可愛いってさ、こいつら実は理想そんな高くないんだな。トト子ちゃんほどじゃないなんて当たり前だろ。
「んじゃあ、俺らみんななまえのこと狙ってるわけ?」
「狙ってるっていうか…、だいたいおそ松兄さんはどうなのさ」
「え、俺?俺も好きだよ?一緒に居て楽だし、なまえってなんかさ、分かってんなぁーって感じするじゃん?」
「なにそれ?」
「俺が酒飲みたいなーって思ってると、飲みに行こうって言ってくれたり、俺が眠いなぁって思ったら、一緒に昼寝する?とか聞いてくれるし。自然とその場の空気を読んでくれるみたいな」
「なまえちゃんは宇宙人かよ」
「一松兄さん、そのネタは多分誰にも伝わらないよ。でも、確かになまえちゃんって空気読むの上手いよねー」
はー?ないない。あいつが空気読んでたら僕だってもっとあいつと会話が弾んでると思う。あいつがよくムカつくことを言うから、僕らの会話はすぐ言い合いになるんだ。女なら空気読んで一歩下がってればいいのに。
「やっぱ、こう考えてくとなまえって良いところばっか出てくるよなぁー」
「仕方ないでしょ、だって本当にいい子だし」
…まぁ、いい奴なのは認めるけどね。
「よし!じゃあなまえの好きなところあげてこうぜ!」
「えー…なんのために…」
「いいじゃんいいじゃん!俺らにはなかなか出来ない女の子の話だよ?まぁ、話す話題がないだけなんだけどね」
「んじゃあ言い出しっぺのおそ松兄さんから言いなよ、聞き流してあげるから」
「聞き流すってなんだよ!」
「それで、ブラザーはエンジェルのどんなとこが好きなんだ?んー?」
「いや俺はさっき言った通りだけどね、一緒に居て楽なとこが好き。なまえならさー俺がヒモになっても許してくれそうじゃん?」
「うわ、クズ」
「一生遊んで暮らしたい!!」
「はいはい、おそ松兄さんは置いとくとして、カラ松兄さんは?」
「フッ…オレか?オレは」
「やっぱいいや」
「えっ」
「一松兄さんは?」
「え、おれぇ?!いやおれは…べつに好きとかじゃ、ないけど…、…なんか、素直なところ」
「へぇー具体的には?」
「具体的?!ええ…あー…、紫陽花咲いてるの見て立ち止まるところとか…、好きなんだなって分かるから…って、なんでおれだけこんなに答えなきゃいけないの?次、十四松ッ」
「好きなとこ!?んーとねっ、んーとねぇ!やっぱ野球してくれるとこ!あとねぇ、優しいとこでしょー、あとはぁ、あ!料理も美味しい!」
「え?!お前、なまえの手料理食べたことあんの!?」
「お腹空いたーって言ったらホットケーキ焼いてくれたんだぁ!うんまかったよぉ!」
「果たしてホットケーキは料理に入るのか…でもいいなぁ、女の子の手料理とか、トト子ちゃんそういうところはてんでダメだからなぁ…」
「まぁ確かに、トト子ちゃんの料理は爆発だからね」
「フッ、芸術とは得てして他人に理解されないものだからな…」
「そういうとこも可愛いけどね」
「そんで、トッティは!?」
「んー、ボク?ボクは趣味が合わないけど合うところ、かなぁ」
「なにそれ、意味分かんないんだけど?」
「例えば映画観に行くにしても、ボクは邦画の恋愛物、なまえちゃんは洋画のアクション物が好みなんだけど。映画ひとつで争いたくないから、同じ日にどっちも観てみたわけね。恋愛物観てからアクション物、みたいな。そしたらさぁ、お互いどっちも面白くて!」
「そういえば、この間もなまえと映画観に行ったって言ってたな」
「うん、それからボクら、お互いの好きな映画とかカフェとかを積極的に観たり行ったりしてみてるんだ。それが全然趣味じゃないし、今まで知らなかったことばかりなんだけど、妙にお互い気に入っちゃうんだよねぇ。だから、なまえちゃんと居ると新しい発見があるのが、ボクの好きなところかな」
「ドライモンスターにしては、結構まともな話だったな」
「いや、ドライモンスターじゃないし!!お前らも頷き合うな!!」
トド松が、酔いの回った赤い顔でテーブルを叩く。みんなそれぞれ酔いが回っているようで、こんなくだらない話題にも前のめりなところがウケる。僕はまだまだ大丈夫だ。こいつら酒弱いなぁ。
「一緒に居て楽で、素直で優しくて、料理上手で、人の好きなものに共感出来るとか、文句無しじゃん!むしろ既に出来る嫁臭がするね!」
「あー彼女ほしいーお嫁さんほしいー」
追加で頼んだ梅酒ソーダがいつの間にか空っぽで、また追加で頼むのも面倒だからカラ松のウイスキーを奪って飲む。えって顔されたけど、どうせお前これ飲まないくせに、かっこつけんなよと睨めつけたら、なぜかかっこつけたポーズを返された。意味分からんしうぜえ。
「てかさぁ、触れていいのか分かんないけど」
「あ、そこ突いちゃう?」
「まぁ、気になるよね」
干したウイスキーのグラスで机を鳴らしたところで、兄弟の視線が僕に集まっていた。
「…え、なに」
「チョロ松、ずっと喋ってないけど、大丈夫?」
「え、なにが?」
「チョロ松兄さんて、なまえちゃんの話題に興味ないよねぇ」
「つーか、チョロ松となまえが揃うとよく喧嘩してるよな」
「確かに…」
「チョロ松にーさん、なまえちゃんのこと嫌い?」
「正直に言っていいんだぜブラザー?好き嫌いは六つ子と言えど人それぞれだ」
「チョロ松がポンコツにならない女の子ってなまえくらいじゃね?」
「確かに、なまえちゃんを前にしてもチョロ松兄さん全然動じないよね」
空けたグラスがカランと音を立てて、なぜだかドキリとした。なんだ、氷か。
「べつに、嫌いとかじゃないよ」
「えー、本当に〜?なんかさ、お前ら二人って一緒に居て楽しいのか?って思うくらいには口喧嘩してるじゃん?」
「そうだっけ、憶えてない」
「いや、無自覚なら尚更やばいよ」
「…ぼくでも普通に話せるのに」
「そぉそぉ、一松でも普通に喋れんのに、チョロ松ときたら…まったくねぇー?」
「あっ、あれじゃない?逆ライジング的な?意識しすぎて普通に話せなーい!みたいな!」
「いやこいつが普通に話せる女の子って居なくね?」
「確かに」
言いたいこと言って笑いだす酔っ払い共。普段ならすぐさま声を荒げてる頃なんだろうけど、なんか今日は気乗りしない。
「…つぅか、お前らが言ってる”好き”だって、ラブじゃなくてライクだろ。ぼくらにはトト子ちゃんが居るんだから、他の女の話なんかしなくていんじゃない」
正論を言ったと思う。他の奴らが黙ったのも図星を突かれたからだ。
あ、酒がない。注文すんの面倒だな。おそ松兄さんの温燗に手を伸ばしたら取られて飲まれた。クソが。
「チョロ松兄さん、飲みすぎ」
「んなことねぇよ、まだまだ全然飲める」
「飲みすぎた奴のセリフだよそれ」
「おま、吐くなよ?」
「吐かねえよ!…うぷ、すみませーん温燗ひとつ」
「いやいやいや!もうやばいよ!うぷ、とか言ってんじゃん!もうやめなよ!」
「すみませーん、温燗キャンセルでー」
「あ、てめぇ…っ!」
「はいはーい、お開きお開き。もう帰るよー」
「いいよお前ら帰れよ。俺は飲んでくから」
「いやいや、お前これ以上飲んだら絶対吐くじゃん!急性アル中で死ぬよ?!」
「吐かね…うぶ、ぇって…うぐっ」
「わああ!わああああ!!」
「ォボえェェ」
意識はそのままホワイトアウト。
胸糞悪い酒だった。なまえのことなんかどうでもいいのに、兄弟はいやになまえを構うし、ちやほやしている。僕らにはトト子ちゃんが居るのに。
脇腹を小突かれる感覚で、意識が戻って来た。うぜぇな。てか、寒い、なんか硬い、どこだここ。
「あ、起きた」
「……どこ、ここ」
「松野家の玄関前。ずっとここで寝てたの?」
目だけで辺りを見回すと、確かに。うちの玄関前の道路に横になっている。ベンチではなくコンクリの上。あいつら、俺を転がして放置したんだな。
ゲロった段階で記憶が途切れてるから、家まで運んでくれたことは感謝しよう。胃がさっぱりとして、酔いが頭をぐわんぐわんと揺さぶる。なんか、腹減ったなぁ。
「…お前、なんでいんの」
「通りがかり」
「あ、そう」
揺らぐ世界の中でなんとか上半身を起き上がらせる。うーわ、もうグラグラ。回ってるし揺れてるし、気持ちわる。
予備動作無く、吐いた。
胃がさっぱりしてると思ったけど、出るもんは出るらしい。でも殆んど水分だ。
気づいたら隣には誰もいない。さっきまで誰かと話してた気がするし、隣に立ってた気がするんだけど気のせいか。もしかして心霊現象だったのかな。なにそれこわい。
そのまま僕は寝てしまったらしい。
朝日に目が眩んで起きたら、玄関前に居た。でもコンクリの上じゃなくて、本当に玄関の戸の前。なぜか毛布にくるまっていて、暑いくらいだった。
のろのろ起き上がって、ベンチ前を見に行く。水分の跡みたいなのはあるけれど、昨日の吐瀉物は見当たらないし、綺麗になっている。むしろ水で洗い流したようにも見えた。
「……優しい幽霊だな…」
毛布は洗って玄関に置いておいたら、いつの間にか無くなっていた。
閑話・きみの好きなところ
僕はそんなの考えたことがない。
(2016.07.21)