なまえとのリベンジデートが決まった。
大半は勢いと流れだったけれど、約束は取りつけたもん勝ちだと思う。
僕は未だに、なぜ急にこんなにもなまえのことを考えてしまうのか自分自身理解出来ないでいる。あいつはただの腐れ縁で、性別差を感じさせない友達だ。そのはずだった。

それが、なんでだ。どうして、こうなった。

結局のところ、僕はなまえと二人で居るのが楽しかったのだと思う。いつものくだらない言い合いも、初めて二人だけで並んで歩いたりすることも、繋いだ手も、口喧嘩ですら。…それから、頭を撫でる優しい手つきとか。
なぜだか、外で二人きりで会うと今まで見えなかったものが見えた気がした。あいつは優しい、いい奴だ。そして歴とした女の子だった。

だから、僕は変わらなければいけない。あいつへの見方や、対応も。それから僕自身も。

「トド松、ちょっといい?」
「ん、なあに?チョロ松兄さん」
「ちょっと、頼みたいことがあるんだけど…」

居間で雑誌を読んでいたトド松は、きょとりと僕を見上げた。


□


トド松に連れられてやって来たのは、都内のショッピングモールだ。
平日の昼間だと言うのに、どうしてこういうところは人で溢れ返っているのだろう。もう既に胃が気持ち悪いが、これも自分を変えるためと信じて、僕は深呼吸をひとつ。よし、と意気込んでいると隣の末弟から冷えた視線を頂いた。いいだろ、気合入れたって。

「本当、珍しいこともあるよねぇ。どうしたの?ボクに服を見繕ってもらいたいってさ」
「お前、ぼくのこといつもダサいって言ってるだろ。だから、トド松の言うダサくないってどんなのか気になっただけ」

嘘じゃないけど、本当でもない。
トド松は「ふぅん」と興味の無い相槌を打って、目ぼしい店を探しながらきょろきょろと歩く。僕は半歩後ろに下がってそれについて行くだけだ。ここで僕の好みがあてにならないことは、不本意ながら承知済みである。

「んー、チョロ松兄さんなら何系が良いかなぁ?アメカジ?お兄…きれいめ?うーん、サロン系は似合わないだろうし、ここは攻めてモード系とか?プレッピーは似合いそうだけど、チョロ松兄さんが着るとダサくなりそうだし…、あんまりレイヤー重ねないほうがいいよね?」
「お前、わざとぼくに聞いてるだろ」

まるで呪文のようにどんどん出てくる横文字に顔を顰める僕を見て、このドライモンスターはニヤニヤと口撃してくる。底意地の悪い弟だ。

「だから、任せるって」
「一応、好みは聞いておかないとさぁ」
「えー…あー…なんて言うか、カラ松みたいなのはダメ」
「アレもクソダサいけど、あえて分類すればお兄…いや、ロック系…かなぁ?とりあえずガツガツした感じのは無しね」
「あとこの前一松が着てただるーいカーディガンの服装とか、アレもよく分かんない。猫柄のシャツとか恥ずかしくないのかな」
「あーあれは可愛いよね、一松兄さんにしては頑張ったほうだよ。じゃあサロン系はやっぱり無しっ」
「お前、よくぽんぽん出てくるなぁ」
「因みにチョロ松兄さんのいつもの服装は秋葉系だから。言っちゃえば、アメカジ崩れみたいな?」
「なに言ってるか分かんないけど、馬鹿にされてることだけは分かった」

そんなことを話しながら歩いて着いたのは、結構広めに店舗スペースを取っているお店だった。レディースとメンズが左右に分かれてディスプレイされているから、このブランドはどっちも扱ってるってことなんだろう。

「とりあえず無難にカジュアルで纏めてみようか」
「任せる…」

多少の不安は残るものの、他に頼める奴もいないので我慢だ。コーディネートされても、良いか悪いか僕には分からないが、ファッションに疎い実の兄がここまで頼んでいるのだ、こいつも悪くはしないだろう…と一応信頼しておこう。

「きれいにスッと纏めたいよねぇー、やっぱり無地で纏めて…どっかに差し色とか入れたりー…」

うん、思ったより真剣に悩んでくれてるみたいだ。

「でもさぁ、本当いきなりどうしちゃったわけ?」
「なにが?」
「だから、服装を気にかけるとかさ!チョロ松兄さんらしくないよ。変!」

変って、なまえにも言われたばかりだ。

「べつにいいだろ。ぼくがオシャレに興味持っても」
「いやそれが変なんだって」
「変、変、言うな」
「だってチョロ松兄さん、クソほど入れ揚げてるアイドルのライブにもクソダサい、クッッソダサい服装で行くじゃん?」
「なんで二回言った、なんで強調しやがった、コラ」
「じゃあオシャレしていったい誰と会うの?ってなっちゃうよ普通」
「だ、誰かに会うとは言ってないだろ?!」
「ボクらにオシャレした格好見せてどうすんの?不毛すぎてケツ毛燃えるでしょ」
「それぼくのセリフ…でもまぁ、そう、だけど」

カシャカシャとハンガーを動かしなが服を目で追うトド松は、器用に僕と会話をする。こちらには目もくれないので、今僕が変な汗を掻いてることが気づかれていないのは幸いだ。

「まぁ、予想はつくけどね」
「っは?!」
「あ、白のカットソーいいじゃん、Vネック。これにー、だるめのデニム合わせる?んー、あっ、あれがいいかな」

さっさと店内を移動して、ズボンが並ぶコーナーへ向かうトド松。予想がつくってなんだよと言う前に、一着のジーパンが僕の腰にあてられた。

「いいね、太めのストレート、ウォッシュ加工。色味もいいし…でも普通すぎるかなぁ…」
「なぁ、トド松、」
「あ!このグリーンのクロップドパンツいくない?色も明るくて爽やかだし、それならジャケットを合わせたりとかー」
「あの、」
「ベルトと靴も合わせたいよね!バックルは、ピンよりリングがいいかな、トップの奴もデザインいいんだよなぁー、靴はブーツが無難?スリッポンも流行ってるよね!サンダル…は無いな、やめやめ。ぅあっ!あのカーディガン可愛い!しかも今季新入荷じゃん、これをベースにするのも有りかぁー」

僕は今、弟と買い物に来てるんだよな?
矢継ぎ早に繰り出されるファッション用語について行けず、かと言って割り込む隙も無く。僕はただ流されるだけの大木になればいいのだろうか。

「はい、これ一式ね!靴は着た感じ見て決めるから、とりあえず試着して!」
「…お、おう」
「すみませーん!試着いいですかー?」

あれよあれよ、流されるまま。気づけば僕は試着室の狭い空間で服に埋もれていた。
とりあえずトド松の指示どおりに服を着て、試着室を開ければ、女性店員をナンパしているトド松。お前、クズかよ。

「おい、トド松」
「あ、着たー?ん!いいじゃん!さすがボク!でもジャケットはこの時期暑いから、腰に巻く感じねー。やっぱ首元が寂しいな…アクセも足そうか。靴はー…ショートブーツも有りなんだよなぁ、でも王道はスリッポンかなぁ…」
「なんでもいい…」
「ちょっと!チョロ松兄さんの服選んでんだよ?!少しは協力してよ!」
「協力しろったって…」

自他共に認めるナンセンスの僕に、あまり高度なことは求めないでほしい。正直今着てる服も何系なのか、どう着こなせばいいのかとか全然分からない。僕って本当にこういうの疎かったんだな、って実感するだけだ。

「ふふ、お兄さんの服を選んでたんですね」
「そうなの、でもうちの兄さん本当にこういうの疎くてさぁー。だからボクが駆り出されたんだけどね」
「いい弟さんですね」
「でしょー?」

トド松がさっきナンパしてた店員も混じって、更にあーだこーだが始まった。僕はまた流されるまま。
今なら、着せ替え人形の気持ちが分かる気がする。


・
・
・

「…っぜぇ、ぜぇ…ぃ、は、も、これで決まりで、いい…?」
「うん!完璧!やっぱりボクの見立てはサイコー!」

なんで僕だけこんなに息切らして、お前はすっきりした顔してんだよ…ッ

色々脱線しながらなんとか決まったコーデとかいうやつは、グリーンのクロップドパンツに七分袖の白いVネックカットソー、マリンボーダーのジャケットは腰に巻いて、リング式の布ベルトに革のショートブーツ、それからレザーのネックレス…ぅはぁ、また息切れして来た…。
今日一日で僕は数多くの呪文を覚えさせられた。それと言うのも、クロップドパンツを試着した時に、「これ丈足りないんだけど、不良品?」と聞いたら脛を蹴りあげられたからだ、嫌でも覚えるしかない。

「じゃあ、あとはそのパンツとジャケットに合うインナーを何着か選ぼうか!」
「まだ見んのかよッ!?」

思わず膝から崩れ落ちた。


・
・
・

「はああぁぁ…づ、づがれた…」
「チョロ松兄さん体力ないなぁ、ジムでも通ったら?」

ショッピングモールのフードコートでやっと一息つけた。テーブルに項垂れる僕とは対照的に、トド松は涼しい顔で長い名前のコーヒーを啜っている。
じとりと隣の椅子に目をやれば、これまた涼しい顔をして鎮座しているショップバッグ。こいつのせいで僕の財布はかなり寒々しいことになった。ついでにここのコーヒー代も勿論僕持ちである。

「…つーか、フルコーディネートする必要なんかあったの…?」
「ジャケット一着とか買って、手持ちのダサい服装にどう合わせるつもり?一式揃えなきゃ、いつまでもクッソダッサいまんまだよ」
「あ、そう…」

反論する元気もないわ。

「こんなんで疲れてたら、女の子の買い物には付き合えないよ〜?」
「うるせえ、そんな予定もねぇよ…」
「そお?なまえちゃん結構ショッピング好きなんだけどなぁー」
「っぶ…ッ!?な、なん、なんでっ、あいつの話が出るんだよ?!」

飛び起きて、目の前のトド松を見るけれど、こいつは至って平然と次の言葉を繋げた。

「うわ、分かりやすすぎ。チョロ松兄さんクソほど顔に出るよね」
「っは、はあ?!なにが!?」
「なまえちゃんとデートなんでしょ。もう分かってるから、変に隠さなくていいよ」
「……なんで、どこで?」

そんなこと一言も言ってないのに、どうしてバレたんだ?こいつ、実はエスパーかなにかの能力者なのか?

「まぁ、普通に?見てたらなんとなく分かるよ」
「え、マジで?」
「チョロ松兄さんがオシャレしたいって言い出したときは天変地異でも来るのかと思ったけど、最近のなまえちゃんへの対応を思い出したら、まぁーそうかなって」
「……そんなに分かりやすかったかな」
「だって今まで全然興味ないって顔してたのに、急に他の男と会うなー!とか、誰が見ても変でしょ」
「…確かに…、」
「しかもプリクラなんか撮ってるし!あと携帯に画像残ってるでしょ、あれクソイッタいし気持ち悪い。引くわー」
「っるせぇ!」
「なまえちゃん見てたら付き合ってるわけじゃないみたいだし?チョロ松兄さん、今ただのストーカー予備軍だよ」
「す、ストっ?!いやっ、てか、べつに付き合うとかそんなんじゃ…っ!!」
「え、でも好きなんでしょ?なまえちゃんのこと」
「す、す…」

好き…?誰が?誰を?僕が?なまえを?
好きってなんだ、ライク?ラブ?友情?愛情?
僕は、なまえのこと

「……どう、思ってんだろ…」
「はあ?!」
「いや、あいつは確かにいい奴だよ?優しいし、ま、まぁ可愛い…し、でも、他の女の子に感じるようなビリビリッて感じも、こう…心の奥が捻れるくらいの衝撃っていうか、自我が溶けちゃいそうな感じっていうのかな…そういうの無いし…」
「つまりなまえちゃんの前じゃポンコツにならないってことだ」
「そりゃ、まぁ…」

なまえ相手にポンコツになる自分が想像出来ない。だってあいつは、…出会ったときから、他の女の子に感じるものを感じさせない女の子だった。

「でも、オシャレして会いたい、と」
「だって、あいつ普通にオシャレすんじゃん!」
「そりゃデートならするだろうね、ボクと出掛けるときはいつも可愛い格好してくれてるよ」
「うぇ?!マジかよ…」
「うん、そうお願いしてるし。ボクもなまえちゃんのこと考えてオシャレするし」

じゃあ、こいつはなまえと出掛けるときいつもあんな可愛い姿見てたわけ?それでよく平然と友達続けていられるな。こいつの神経が理解出来ない。さすがドライモンスター、恐るべし…
つーか、そうか、合わせたオシャレか…全然そういうの考えてなかったな…。だいたいあいつの格好に合うオシャレってなんだよ?!クッソ!考えただけで禿げあがる…!!

「ああ、大丈夫。今日のコーデはなまえちゃんの好みに合わせてるし」
「え!?おま…マジかよ」
「出来る弟を崇めてもいいよ?」

ふふん、と笑ったトド松の背中には後光が射している。マジで神かよ。今日ほどいい弟を持ったと思うことはない。

「そういうの、気にするくせに分かんないんだ」
「え、なにが?」
「クズのくせしてプライド高いチョロ松兄さんが弟に頼んでまで、慣れないどころか理解も出来ないオシャレをなまえちゃんのためにしてさ」

あれ、神様?ちょっと暴言がひどくないかしら?

「ど底辺だから金も地位も名誉もないのに、公認会計士とは会ってほしくなくて?知らないけど、どうせ一緒にチビ太んとこ行ったときにでもデートに誘ったんでしょ?カースト最底辺の童貞ニートのくせに」

こいつ、殴ってもいいかな?

「それさぁ、もう答え出てんじゃん。それでなんの感情もなくなまえちゃん誘ってんだったら殴るよ?クソ童貞シコシコ兄さん」
「いや、ぼくが今お前を殴りたい」
「もしそれが、童貞がゆえの上位者に対するただの嫉妬とか、身勝手な束縛とかだったりしたら、ころすよ」

普段の何気ない顔で言ったから、僕はよく意味が分からなくてきょとんとした。ぱちくりと瞬きをして、あざとい顔つきのトド松はにこりともせず同じ言葉を繰り返す。

「殺すよ。なんの感情もないなら」
「…おまえ、」
「だから、認めちゃいなよ。本当は分かってるくせに、チョロ松兄さんは難しく考えすぎなの!ああだから、こうしなきゃいけない。こうじゃないから、そう出来ない。そういう物事の裏づけとか関連性とかどうでもいいの!心ってのはもっと単純なものでしょう?」

いつものあざとい笑顔に戻って、ガシャガシャとコップの氷をストローでつつくトド松。
僕はなんだか、途端に色々なことが申し訳なくなって俯いた。

「…お前さ、なんで…ぼくのこと応援してくれんの…?」
「んー…なんででしょう?でも、チョロ松兄さんのためじゃないことは確かだよ」
「なんだよそれ、せめて兄のためとか言えよ」
「大好きなお兄ちゃんのためだよ!」
「うわ、吐きそう」
「ふざけんな、殴るよ」

言葉のわりに笑顔を浮かべたままのトド松は、空になったプラスチックコップを捨てに席を立つ。僕は黙って、席に座ったまま。戻ってきたトド松は、さっきと同じ僕の前の席に腰掛けて足を組むと、スマホをいじりだした。

こいつ、きっとなまえのこと

「…お前さ、」
「チョロ松兄さん」
「な、…なに?」
「答え出た?」
「へ?」
「なまえちゃんのこと」
「…それは、………」

そうだ、トド松がどう思ってるかじゃない。僕が、なまえをどう思ってるかだ。
僕は、ぼくは

「…すき、なんだと、思う…」

言葉にしたら、泣きそうになった。なんでだ。

「…ん、そっか」
「トド松、」
「なに?」
「おまえ、お前も、」
「認めたらさー楽でしょ」
「え?」
「あとはもう、落ちるとこまで落ちるだけ」

トド松を見ると、スマホに視線を固定したまま笑っていた。
どうしてこいつが僕のためになまえとのデート服を選んで、諭すようなことを言ったのかは分からない。トド松の笑顔は、それ以上聞くなとはっきり言っていた。
なんとなくだけど、こいつのためにもデートを成功させなければいけないと、僕はなぜだか目頭が熱くなった。


閑話・トド松とファッション
(2016.07.23)


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