第二幕 松野トド松の愛玩



僕には、兄さんが五人も居る。しかも同い年。六つ子だから横並びに育つと思った?でもね、僕はトドのつまり末っ子。最後に産まれてきたから当たり前だけど、初めから僕にはこの立ち位置が用意されていた。そのことに不満はない。だって末っ子なんて甘えたい放題だし、確かに兄さんたちに太刀打ち出来ないことなんて数え切れないけど、でも僕はそれでいい。なんでだか知りたい?それはね、僕にはもう一人、姉さんが居るから。
姉さんは、昔から僕に甘かった。末っ子だから、おやつなんてすぐ取られちゃうし、いじめられてもやり返せない。そんな僕に姉さんはいつも優しくしてくれた。兄さんたちに内緒で、自分の分のおやつをくれたり、僕が泣いていたらいつも泣き止むまで頭を撫でてくれた。それが特別なんだって気づいてからは、わざとやってることもあったかな。たとえそれがバレたとしても、姉さんはきっとにこにこ笑って許してくれるだろう。僕はなまえ姉さんのことが大好きだ。

今日は、大好きな姉さんとの大切な日!なんと、二人きりでショッピングデート!二人きり、ってところが重要ポイントね。普通なら僕も俺もと兄さんたちがついて来ちゃうんだけど、今回はその学びを踏まえて、実は半年も前から約束を取り付けておいたのだ。それぐらいやらないと、簡単に兄さんたちに邪魔されちゃうからね。あとはなまえ姉さんに、どうしても二人きりが良いと駄々を捏ねたから、姉さんから兄さんたちに「今日はトド松と二人きり」と釘を刺してもらった。これで兄さんたちも下手に邪魔出来ない。兄さんたちもなまえ姉さんのことが大好きだから、姉さんに嫌われるようなことは絶対にしないのだ。勿論、神秘的なまでに優しい姉さんがちょっとやそっとのことで僕たちのことを嫌うとも思ってないけどね。

週末のショッピングモールを、姉さんと二人で歩く。嬉しくて仕方ないから、ついにこにこしちゃう。その僕を見て、姉さんも微笑んでくれている。本当に可愛い。僕らが童貞なのって、姉さんの存在があるからかもしれない。だって、こんなに完璧な女性が近くに居たら、誰だって理想が高くなっちゃうよね。

「なまえ姉さんは見たいものとかある?」
「私のはいいよ、今日はトド松の服を見に来たんでしょう?」
「えー、でも姉さんのショッピングにも付き合いたいなぁ〜」

姉さんの私服はいつもワンパターンだ。それも体型が変わらないからって中学生くらいから着てる服もある。服装に無頓着というより、僕らにお金が掛かるからって自分のことを後回しにした結果なのかもしれない。今だってそれなりに稼いでいるはずなのに、自分のためには全然お金を使おうとしない。姉さんは昔から、無欲で献身的。僕はたまにそれが悲しくなったりもする。

「ねっ、ボクに姉さんの服選ばせてよ!」
「ありがと、でも着ていくところなんてないし…」
「えぇー、ボクらの前でオシャレするの嫌?」
「そういうんじゃないけど、」
「じゃあ決まり!ほら、行こっ!」

渋る姉さんの手を引いて、雑誌でチェックしておいた姉さんに似合いそうなジャンルのショップへと連れ出した。こうでもしないと、姉さんはオシャレを知らないままオバサンになりそうだし。まぁそうなったとしてもきっと可愛いけど。それに、そのまま売れ残ってくれたら僕が姉さんの面倒を見るのもアリかなーなんてね。

「ほら、このセットアップ可愛い〜!これ絶対姉さんに似合うよ!」

ショップのウインドウに立たされたマネキンが着てるセットアップが、紺色のシンプルなデザインだけど肩口のフリルだとかが可愛くて目を引いた。
振り返って姉さんを見ると、眉を下げて困った笑顔。多分自分が着てるところを想像出来てないんだろうな。姉さんは職場と家を行ったり来たりの典型的な仕事人間で、こんなに性格もよくて可愛いのに友達も殆んど居ない。昔はいっぱい居たみたいだけど、仕事熱心になる内に付き合いがなくなってしまったらしい。だからこうやって一緒にショッピングするなんていうのも、僕くらいなんだと思う。兄さんたちじゃ服のアドバイスなんて出来ないだろうし、ていうかあんなクソダサセンスでアドバイスとか血反吐出るよね。僕は姉さんのために女性ファッション誌を読み漁ってるから、コンサバフェミニンモードカジュアルなんでもござれ!無駄に詳しくなったからね。今こそ発揮しないと。

「ほぉら、嫌がってないで、着てみなよぉ」
「えー、でもノースリーブだし」
「姉さん、腕綺麗じゃん」
「脇とかも見えるじゃん」
「脇だって綺麗でしょ!なんなら舐めるよ!?」
「やめてよ!分かったから!着るから!」

店員さんに同じものを用意してもらって、姉さんを試着室に押し込んだ。ついでに店員さんにコーディネートも聞いて、ロングカーディガンやストローハットも確保しておく。程なくして試着室の扉が開いて、ゆっくりと姉さんが顔を覗かせた。

「…トド松、やっぱり、」
「はい、見せてねー」
「わっ、ちょっとッ」

ここまで来て渋る姉さんを無視して、中途半端に開いていた扉を開けた。戸惑うようにまろび出て来た姉さんは、恥ずかしそうにしながら右手で左腕を擦っている。

「ど、どう…?」

はっきり言って超絶可愛い。女神光臨かと思った。でも興奮して捲くし立てるなんてかっこわるいところを姉さんに見せるわけにはいかない。僕は出来るだけ平静を装いながらも、しっかり姉さんの姿を上から下まで網膜に焼き付けた。

「いいんじゃない?」
「…やっぱり、年齢も年齢だし腕とか出すのは」
「いや、腕なら関係ないでしょ。ていうか姉さんまだ若いんだから、変なこと言わないの!」

手に持っていたカーディガンを渡して、ハットを頭に被せる。うん、顔もちっちゃいから帽子もよく似合ってる。

「腕出すのが嫌なら、このカーディガン合わせたりさ」
「なるほど?」
「じゃあこれは買いだね、あそこのマネキンが着てるオフショルダーとかは二の腕隠れるし、迷彩織りのロングスカートも可愛いから、試着してみない?」
「え、まだ着るの?」
「だって、服って着てみないと感じ分かんないしさぁ」

それに、姉さんがそれを着てる姿を一番に見たいし。なにより僕の選んだ服を着てくれるっていうのが、最高の優越感だよね。子供の頃は女の子がやってる着せ替え人形遊びを理解出来なかったけど、今日僕は最高にその楽しみを理解出来ている。好きな女の子が自分の選んだ服を着てくれるってかなり嬉しいし、ちょっと興奮しちゃう。

「同じお店で揃えれば系統考えないで着まわし出来るし、ボク色々持ってくるから、姉さんはここで待ってて!」
「え、あ、トド松っ」

なまえ姉さんを残して、店員さんの話とかを聞きながら何着かトップスとボトムスを選んでいく。それを全部姉さんに渡すと、さすがに呆れられてしまった。それでも、僕のためにちゃんと全部試着して見せてくれる姉さんはやっぱり優しくて大好き!
その中で、今日の僕のコーデと合っていたのが最初のセットアップだったから、最終的にはそれを再度着てもらった。

「ん、今日はこれが好き!」
「もういい?」
「じゃあ、これ着てこう」
「え、着ていくの?」
「だって、今日のボクのコーデにも合ってるし!すみません、これ着て行きますーっ」

店員さんにタグを切ってもらって、どさりと買う予定の衣服を出すと、さすがの店員さんにも驚かれてしまった。でも、すぐにこやかな笑顔に戻って「いい弟さんですね」なんて。

「…ボク、やっぱり弟に見えます?」
「え?すみません、お姉さんって呼ばれていたので、てっきり弟さんかと…」
「あ、あー、そっか。いえ、弟なので大丈夫です」

そっか、言われてみればそうだ。
僕が選んだストローハットを被って、紺色のセットアップに、グレーのロングカーディガンを着た姉さんが、バッグから財布を取り出しながらレジにやって来る。でもまぁ、こんなに綺麗で大人な姉さんの隣に、僕みたいなのが歩いてても、呼び方うんぬんがなくたって弟に見られちゃうかもね。
店員さんがレジを打ち終えると、表示されるのは万札数枚分の金額。懐が温かいわけじゃないけれど、財布から出したお札を無言でカルトンに置いた。

「こちらからで宜しかったですか?」
「え、トド松」
「はい、お願いしますー」

姉さんの財布を取り上げて、口元に指を当てる。こうすればきっと物分りのいい姉さんは、僕の顔を立てるために黙ってくれる。お会計を終えて、ショップバッグを肩に掛け、姉さんの手を引いてショップを後にした。

「ちょっと、お金っ!」
「今日は特別に、プレゼント!」
「バカ言わないの、ただでさえお金ないのに、あんな金額…っ」
「だーかーら、今日は特別だって」
「そういうのいいから、ほら財布返して、ちゃんと払うから」

立ち止まってくるりと体ごと振り向くと、僕の後ろを必死についてきてくれていた姉さんが僕の胸にぽすりとぶつかった。ぶつかった鼻を押さえながら、戸惑いがちな表情で僕を見上げる姉さん。上目遣いが超可愛い。

「じゃあ、交換条件」
「え?」
「今日は姉さんのこと、なまえちゃんって呼ぶ」
「えっ?」
「あわよくば抱きしめるし、キスもしちゃう」
「ええ!?」
「だから、今日はなまえちゃんに一切お金を払わせません。財布は家まで預かっておくね」
「ちょっ、ちょちょっと、尚更払います!!」

それからは、「払う」「ダメ」の攻防が少し続いたけれど、結局は姉さんが折れて、最後に一言「ありがとう」と言ってくれた。その一言だけで本当は充分なんだけど、それでも周りからカップルに見えないのも悔しいから、今日の姉さんは僕の恋人だ。手もちゃっかり恋人繋ぎにしてみた。文句を言われないので、親指の腹ですべすべの手の甲を何度も撫でる。あー幸せ。

「なまえちゃん」
「その呼び方、なんかこそばいね…」
「慣れるまで呼ぶから大丈夫。次はどうする?」
「トド松の行きたいところでいいよ」
「んー、じゃあ気になってるカフェがあるから、そこ行こっか」
「トド松の服見てないよ?」
「今日の目的はなまえちゃんの服だったから、目的達成したの」
「ええー…、最初から謀られてたのか…」
「ふふっ、結構スマートだったでしょ?」
「どうして彼女居ないんだろうねぇ」
「今はなまえちゃんが彼女なので、そういうこと言わないでくださーい」
「ふふ、はいはい」

姉さんの手を引いて、ショッピングモール内に入っているカフェへとやって来た。最近出来た新しいお店で、店内の雰囲気も落ち着いていてオシャレだし、チェーン店じゃないから、ここでしか味わえないブレンドもあって前から来たかったんだよね。少しだけどスイーツも置いてあるみたいで、店内はやはり女性客が多い。

「なに飲む?」
「アイスコーヒーかな」
「ケーキもあるよ」
「んー、私はいいからトド松食べたいのあったら食べていいからね」
「じゃあ、このチョコタルトとオレンジケーキ、それからブレンドをアイスでふたつお願いしまーす」

店員さんに注文を終え、トレイに乗せられたケーキとアイスコーヒーを持って空いてる席を見つけて座る。姉さんと向かい合わせに座ることなんて殆んどないから、すごく新鮮だ。

「ケーキ、シェアしよー」
「シェア…」
「え、嫌だった?」

姉さんはそういうのに抵抗がない人だと思ってたけど、嫌だったのかな。僕だから嫌…ってことはないと思うけど、なんだか凄くショックだ。目に見えて僕はしゅんとしてしまったのだろう、姉さんが慌てた様子で僕の手を掴んだ。

「ううん、そうじゃなくて、そういうのしたことないなって思っただけ」
「…じゃあ、ボクが初めての相手…?」
「あ、そうなるね?」
「なら…よし。うん、ほら食べよう!」

現金だって思ったかな、でも全然良い。だって姉さんの初めてをひとつもらえた。僕はそれがたくさん欲しい。柔らかなオレンジケーキにフォークを入れて、それを乗せたフォークを姉さんの口元に運んでみた。思った通り、驚いた顔をしてちょっと顔を遠ざける姉さんに、つい可笑しくなって笑ってしまう。

「はい、あーん」
「ええ…いいよ、自分で食べれるし」
「そうじゃなくて、ボクがなまえちゃんに“あーん”ってしたいの」
「もう…、じゃあ…あー…」

恐る恐る開いた小さな口にケーキを入れてあげると、「ん」と口を閉じる。閉じた唇の間からフォークを引き抜くとき、凄くドキドキした。このフォーク持って帰りたいな…。

「おいし?」
「ん、美味しい」
「じゃあ次チョコタルトね」
「もういいってば」
「はい、あーんっ」
「…あー、ん」
「美味しい?」
「…ん、おいしい」
「そっか、じゃあボクも食ーべよっ」

オレンジケーキもチョコタルトも甘みの中にしっかり個々の良さが出ていて凄く美味しい。これは僕のお気に入りカフェ決定だな。マツッターで宣伝しよう。あ、写真撮っておけばよかった!失敗したなぁ…あ、姉さんとツーショットも撮っておかなきゃ。

「なまえちゃん、コーヒー飲んでてー」
「ん?」

カシャッ

「え、ちょっ」
「よし、じゃあ次は」

席を立って、姉さんの横に移動してスマホをインカメで構える。座ってる姉さんに合わせて屈んで、しっかり二人入るようにくっついた。

「ハイ、チーズ!」
「っ!」

カシャッ

「んー、よく撮れてる!」
「もう、急にやめてよ…」
「大丈夫だって、どのタイミングで撮ってもなまえちゃんは可愛いから」

席に戻ってから僕がそう言っても、姉さんはムスリと頬を膨らませるだけだ。なにそれ可愛い。思わず写真を撮ったら、こつんと頭に軽い拳骨をもらってしまった。でも全然痛くないし、僕が「ごめんね?」なんて首を傾げて反省の表情を作るだけで許してくれる。ちょろすぎてちょっと心配だ。いや、僕の前だけならいいんだけどね。せめて兄弟の前でだけ、今の無防備なままでいてほしいな。他の男が姉さんの良さを知ったら絶対すぐ襲われちゃうよ。

「ねぇなまえちゃん」
「んー?」
「なまえちゃんは、ずっとボクと一緒に居てくれる?」
「…トド松?」
「兄弟じゃなくて、ボクと。ボクのそばにずっと…」

ずっと僕だけのそばに居て、僕の欲求を全部満たしてよ。僕が選んだ服を着て、僕が選んだものを食べて、僕だけのために生きてくれないかな。そうしたら、僕が沢山働いて、姉さんはなにもしなくていいし、なにも考えなくていい。僕がなまえを養って飼ってあげるのに。

「トド松、」
「っ、あ、ごめん。ボク変なこと言っちゃったよね…」
「ふふ、トド松は本当に甘えん坊だよね」
「……そうかな?」
「姉さんだもん、トド松が望むまでずっと一緒に居るよ」

姉さんだから、か。まぁ、今はそれでも充分なのかもしれない。姉さんの優しさに甘えて、どろどろに僕を甘やかしてくれたら、いつか絶対隙を突いてあげる。

「ボク、姉さんの弟でよかった」
「あはは、姉さんに戻ってる」
「ふふ、だって考えてみたら姉さんは姉さんだったし…、それに姉さんって呼べるのは弟の特権でしょ?」
「そりゃ、まぁ?」
「だから、なまえ姉さん」
「なあに、トド松」
「これからもめいいっぱい甘えさせてねっ」

握った両手を顎にあてて、めいいっぱい可愛く首を傾げてにっこり。あざといなんて言われちゃう僕のキメ技にも、姉さんは仕方ないなぁなんて眉尻を下げて笑ってくれる。

僕の可愛い姉さんを、僕は早く飼い馴らして大切にしたいんだけど、それはまだ少し先でいいのかもしれない。ほら、それにこうやって一緒にショッピングしたりするのも僕だけの特権だし。外でなまえ姉さんの隣を歩くっていうのも、優越感があっていいしね。

「さ!姉さん、次はどこに行こっか!」

だから、僕の檻に入れるのは、もう少し後にしてあげる。


姉さんはボクの愛玩


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