・
・
・

「だってさぁー彼氏の好きなことに口出す彼女なんて嫌じゃんかぁーっ」
「そういうもん?俺は言われても気にしないなぁー。むしろ嬉しいかも」

おそ松と飲み始めてどれくらいの時間が経ったのだろうか。ぐでんとテーブルに上半身の大半を投げ打って、私はだるくて力の入らない体を持て余していた。なにが原因かは分からないけれど、なんだかふわふわして気持ちいいやら気だるいやらなのだ。

「おそ松はパチンコと競馬とタバコを辞めるべき!」
「なにそれ!もうそれ俺が残らないじゃん!」
「おそ松はクズだなー」

私が笑うと、不機嫌に顔を歪めるおそ松。その顔にまた笑ってしまった。

「じゃあなまえはチョロ松にドルヲタ辞めてほしいんだ?」
「んー…そうじゃないんだよ…それもチョロ松のあいでんてぃてぃてぃだと思うし」
「ん?てぃ多くない?」
「べつにチョロ松がドルヲタでもクソ童貞でもカースト最底辺のクズでもいいの、ニートはまぁ困るけど…違うんだよ、私は私の心の狭さにイラついてんの!!」
「なまえ、声のボリューム大きい。つーかさー、俺からしてみればなまえほど心の広い女の子居ないと思うけどなぁ」
「どこが!」

ドン、とグラスをテーブルに置いて眉間に皺を寄せる私に、おそ松は苦笑いで私の眉間をトンと小突いた。眉間をさすりながらおそ松を睨むも、彼はいつもの笑顔でグラスを煽る。

「自他共に認める童貞クズニート六人と五年以上も友達で、彼氏もそんな童貞クズニートでさ、しかも彼女よりアイドル優先させちゃうようなクソドルヲタ。それなのに彼女本人は、自分が悪いばっかりで、俺なら不満もなんも全部本人に言うけどね」
「………不満、てわけじゃ、ないもん」
「じゃあ尚更言えるじゃん」
「好きなことしてるのに、口出しするのは、違う気がする」
「なにが?」
「なにが、って…だって、…だってさ…」

好きなことして楽しんでるだけなのに、それが嫌だなんて、なんて傲慢なんだろうと思う。そう思うと、やっぱり自分の心が狭い気がして、なんだか泣けてきた。

「えっ、ちょ、あわわっ」

頬がピリピリと熱くて、もっと熱くなった両目からなにかがぼろぼろと止まらない。慌てた様子のおそ松が紙ナプキンをごっそりと掴んで、私の顔に押しつけてきた。ちょ、痛い痛い。鼻の奥もつんとして痛い。

「べつにさぁ、いいの、約束したのは多分向こうのほうが先だったんだと思うし、それを忘れてたチョロ松は悪いと思うけど、でもさぁ、でも…だって、私たちだってデート久しぶりだったんだよ…、そりゃ送り迎えとかしてくれるから毎日のように会ってるし、家でごろごろしたりとかはあるけどさぁ、違うじゃん!カフェ行こーとかっていうのとはさ!遊園地とか水族館とか行きたいけどチョロ松お金無いし、そういうわがまま言わないようにしてるし、私だって我慢してるのに!それに、なんで彼女だって紹介してくれないの!?ただの友達って言ったんだよ!トモダチ!なんだよそれぇ…っ」
「あーうんうん、チョロ松は本当にクズだねぇ」

いつの間にかおそ松が隣の席に居て、抱きしめてくれながら頭や背中をぽんぽんと優しく叩きながら慰めてくれている。あー私、こんな公共の場でなにしてるんだろ。そうは思っても涙は止まらないし、鼻はずびずびいうし、おそ松温かいしで、あークソ、もーなんだよー
おそ松のパーカーに私の涙がどんどん染み込んでいくのを見ながら、なんだか現実感が蚊帳の外にあることにぼんやりと気がつく。なにしてんだろ、とも思う。なんで、今慰めてくれてるのがチョロ松じゃないんだろ、とも思った。私って最低だな。

「なまえ、携帯鳴ってる」
「…ぐす、」

テーブルに置きっぱなしのスマホがヴーヴー震えながらチカチカ光っている。手に取って画面を見てみれば、表示されているのはチョロ松の名前。習慣的に応答ボタンを押してしまった。

「…はい、」
『あ!よかった!なまえ今どこ!?ごめん、時間掛かって!なかなか抜けられなくて…』
「………」

チョロ松の声を、おそ松の胸に頭を預けながら聞いている。変な感じだ。連絡をくれた嬉しさとか、やっぱりどこかでチョロ松へ理不尽な怒りなんかもあって、上手く自分の考えを整理出来ない。頭ばかり焦っているうちに鼻水が垂れてきてしまった。ぐずりと鼻をすすって、手のひらで涙を拭う。

『えっ…、もしかして、泣いてる?』

あー、気づかれてしまった。普段はクソほど鈍いくせに、なんでこんなときだけ聡いかな。

『今、どこに居るの?家、じゃないよね?なんか周り騒がしいし』

どこって、…どこだろ。あれ、ここどこだっけ?

『なまえ、迎えに行くから』

ここがどこか本当に分からなくて、答えを求めるようにおそ松を見上げてみると、意外と近くにおそ松の顔があった。おそ松はまるで、任せとけとでも言いたげに笑って、私の手からスマホをするりと取り上げる。

「あー、チョロ松?」
『はっ!?おそ松兄さん!?え、なんでなまえと』
「ぶぁあーか!!」
『なッ』

ぶつん、と通話が切れて、スマホはテーブルへと戻される。呆然とその一連の流れを見ていた私は、テーブルに戻されたスマホを暫く眺めていたが、はたと気づいておそ松の顔を見上げた。

「な、にしてんの」
「ん?だってなんかさぁ、ムカついたから」
「えぇー…」
「なまえさぁ、チョロ松のどこが良いの?」
「…どこ、と言われても…」

え、どこだろう。そんなこと急に聞かれても、困る。

「だってあいつ口ばっかりの真面目系クズじゃん?常識人気取りなとこがムカつくし、六つ子の中で唯一まとも〜とか言っておいて全然そんなことねぇし、俺から言わせてもらえば便乗形クズって言うかさぁ、あいつもなかなかのドライモンスターだし?俺らン中で一番童貞拗らせてるし、日がな一日女の子のことしか考えてないようなクズニートだよ?良いとこないじゃん」

言われてみれば、それはそうなのだけど、それは、そうなんだけど

「…チョロ松は、優しいし、私のこと大事にしてくれるし、そりゃ駄目なとこばっかいっぱいあるけど、それでも…私は、チョロ松がいいって思ったんだよ」

どこがいいとか、どこを好きになったとか、そういうのは私も未だによく分からない。ただ、チョロ松がよくて、チョロ松を好きになってしまった。友達がよく言っていた「好きになった人がタイプ」っていうのは、こういうことなのかもしれない。

「そっか…」

おそ松の声は優しかった。俯いていた顔を上げようとしたら、頭を撫でる手にそれを阻まれてしまう。ぐりぐりわしゃわしゃと無遠慮に頭を撫で回されて、脳みそまでぐらぐらするような感覚に陥る。うぷ、なんか気持ち悪くなってきた。

「チョロ松のこと、よろしくな。なまえ」
「えっ…?」

顔を上げようとしたら、眼前に風が吹いた。

「だあああああッ!!」
「へぶァ!!」

え、なにが起こった。

呆然と目の前の状況を整理してみる。今まで私を慰めてくれていたおそ松が盛大にテーブルに突っ込んでいた。ホッケの骨や皮が乗ったままの大皿に突っ伏しているのは、とても可哀想だ。そこから視線をずらすと、肩で息をする怒りとも悲しみとも取れない表情のチョロ松と目が合った。

「…え、チョロ松?」
「っはぁ、はぁ、なまえ…ッ」

突然に掻き抱かれて、なにがあったのかと思った。チョロ松からは汗と外のにおいがして、体温も高い。あの電話から、私を捜して走って来てくれたことが容易に想像出来た。

「も、おま、ほんと、もぉお…ッ!!俺が、どんだけ心配したと、あああッくそ!!」
「ご、ごめん…なさい?」

チョロ松の腕の中で、おそ松を見やる。まだテーブルに突っ伏したままのおそ松は、先程からぴくりとも動かない。よく見えなかったけれど、恐らくチョロ松に横っ面を殴られたのだと思う。おそ松からすればとんだとばっちりではないだろうか。

「なんでおそ松兄さんと居るの!?」
「え、あー…飲みに行こうって、誘われて」
「なんで泣いてんの!?てか今抱かれてなかった?!このバカになにされたわけ?!なにがあったの?!」
「あいや、おそ松はなにも…」

泣いたのは私が勝手にいっぱいいっぱいになったからであって、おそ松はそれを慰めてくれていただけだ。

「ったたた…マジ、ふっざけんなよお前!なに急に殴ってくれちゃってんの!?」
「うるせぇ!!お前こそ、ふざけんなよ!?なんでなまえ泣いてんの!?なんでこんな顔真っ赤なわけ!?」

え、私、顔赤いの?

「泣いたのは俺も予想外だったけど、もとはと言えばお前のせいだかんな」
「はあ?!ぼくが、なに…」
「ほーら、思い当たることあるだろ?」
「だ、だからって、なんで…」
「それは本人同士で話せよな。俺はもう帰るから。うあー顔魚くせぇーッ」
「ちょ、待っ、話は終わってない」

チョロ松の静止など聞くはずもなく、おそ松は後ろ手に手を振りながら居酒屋を出ていってしまった。残された私たちは、ぼんやりとおそ松を見送ってしまって、少しは冷静になれていた私は、とりあえずお店を出ることをチョロ松に提案した。

居酒屋を出ると、外はまだ日が高く、時間を確認するとまだ午後の一時を回ったところだった。自分でもこんなに早い時間だなんて驚きだ。朝にチョロ松と別れて、まだ三時間ばかししか経っていない。
今まで座っていたから楽だったけれど、立って歩くともうふらふらで、視界もなんだかぼやけてしまって、色々なものが見えなくなっていた。

「っと、大丈夫?」
「ん、わかんない、なんだろ…うぉぉー…?」
「ちょ、なまえっ」

チョロ松にもたれかかるように立っていたのだけど、それすらままならなくなって、道端に座り込んでしまった。こんなに足に力が入らないなんてこと経験したことがないから、私も混乱してしまって、立とうとしてはへたり込むのを何度か繰り返してしまう。

「本当に大丈夫?飲みすぎなんだよ…」
「うー…お酒、飲んでないのに…」
「いや、飲んでるでしょ」
「飲んでないよ!アイスティーだった!」
「はあ?…まぁいいや、ほら負ぶってあげるから、とりあえず帰ろう?」
「んー」

ぼんやりと目の前に広がった緑色に、勢いをつけてがばりと抱きついた。

「うわっ!?…もう、ほらしっかり掴まって」
「むりー…」
「無理じゃないの、ほら、」

両腕を掴まれて、ぐっと体が持ち上がり、顔にチョロ松の髪の毛が当たる。そのまま、ぎゅうっと抱きつくと、両足を抱え込まれて、体がふっと地面から浮き上がった。

「…チョロ松、力持ち」
「なに言ってんの、なまえ軽いから」
「お尻揉まないでね」
「もっもも揉むわけ…ッ!!」
「うー、チョロ松の匂いがするー」
「あんま抱きつかないで、背中に当たってるから」
「当ててんのよー」
「も、マジで襲っていい?」
「ぐぅ…」
「寝たら襲うから」
「…あんね、チョロ松」
「んー、なに?」

頭がくらくらするし、泣いたせいか鼻の奥がまだ少しつんと痛くて、胃なんかはチョロ松の歩く揺れに合わせて気持ち悪くなっているのだけど、それでも私はチョロ松の体温を抱きしめて、チョロ松の匂いを身近に感じていることが嬉しかった。今なら、素直になれそうな気がする。

「ごめんね…、私、」
「待って、謝るのはぼくのほうだから。…ごめん、本当はすぐに断ればよかったんだけど」
「ううん、いいの、チョロ松の好きなこととか、やりたいことを素直に応援出来なくて、ごめん」
「いや…、ううん、ごめん、ぼくもちゃんとするからさ、もうちょっと待っててよ」
「ちゃんと、って?」
「うーん、それは、ちゃんと出来てからまた言うよ」
「…ん、分かった。…あのさ、チョロ松」
「うん?」
「私ね、チョロ松がドルヲタでも童貞でもクズニートでもいいの」
「え、それはちょっといくつか否定してもらいたいんだけど…」
「でも、友達に彼女だって紹介されないのは、やだ」
「…っ、や、その、あれは…」
「あと、もっと外でデートしたい。ほんとは、遊園地行ってはしゃぎたいし、水族館でまったりもしたい、動物園で癒されたいし、でもそれだけじゃなくて、公園デートもカフェデートも、チョロ松とは色々したいの」

そこまで言って、ちょっと間をおいたのだけど、チョロ松からはなんの反応も返って来ない。ちょっとわがままを言い過ぎたのだろうか、チョロ松の肩に力なく預けていた頭を頑張って持ち上げて、チョロ松の横顔を覗き込むと、顔を逸らされてしまった。

「チョロ松?」
「…ごめん、今ちょっと顔見れない…」
「…わがまま言い過ぎたかな?」
「はあ?!」

ぐりん、と勢いよく私の顔を見たチョロ松の顔は、耳や首までもが真っ赤だった。当然だけれど、私とチョロ松の顔は数センチもないほどに近い。だからこそぼやけた視界でも、チョロ松の顔が赤いことがなんとなく分かったのだ。

「…っ、いや、その、」
「チョロちゃん?」
「〜〜〜…っ、」

ちゅぅ、瞼に柔らかな感触がして、驚いて見上げると、チョロ松は気難しく眉間に皺を寄せながらも、私の目を真っ直ぐに見つめている。

「お前のそういうとこ、本当、ずるいと思うよ」
「またずるいって」
「だって、そんなに可愛いこと、すんなり言っちゃうし」
「可愛いこととは…?」
「あ、てか、トモダチの件だけど!」
「うん?」
「言い訳にしかならないけど、その…朝の彼は、にゃーちゃんのファンクラブでも結構強いほうでさ、あ、いや、えーと、強いっていうのは、権力?じゃないんだけど、古参で発言力があるっていうか、それで、なんていうのかな…彼はアイドル以外への恋愛感情禁止をポリシーにしてるっていうか、だから、そういう行為とか、もし同じ会員に恋人が出来たなんてことになったら、それはもうイコール他界したってことにされて、色々噂流されて現場にすら行きづらくなるし…最悪にゃーちゃんサイドから干されちゃうっていうか…」

よく分からないけれど、つまり、今日会った男性に私がチョロ松の彼女だってことがバレると、巡り巡ってチョロ松がにゃーちゃんのファンで居られなくなるってことらしい。それは大変だ。

「そっか、それなら仕方ないよね」
「あっ、いや、ごめん…咄嗟に保身に走っちゃって…」
「いいよ、私でもきっとそうするもん」
「…女神」
「めがみ?」
「こっちの話」

そこからは自然と会話が無くなってしまった。けれど、嫌な沈黙だとかそういうのではない。私はチョロ松の歩く振動に慣れてきてだんだんと瞼が重くなり、それに気づいたチョロ松が歩く速度を落として、さらに瞼が重くなってしまったのだ。うつらうつらと意識が途切れ始め、現実ではない世界が私の思考回路を奪っていった。


・
・
・

「っあー、やっぱ…人一人負ぶるって結構キツいな…」

ギシと体が沈んで、すっと意識が戻って来た。存外すっきりと目覚めたけれど、自分の現状が分からなくてきょろきょろと辺りを見回してしまう。

「あ、起きた?」
「……ここ、どこ?」
「お前んち」

言われてみれば、なるほど。そこは見慣れた私の部屋で、自分のベッドの上だった。チョロ松は私の家の合鍵を持っているから、それを使って私をここまで運んでくれたのだろう。

「…ごめん」
「いいよ、そんなに距離無かったし」
「タクシー呼んでくれても良かったのに…」
「………よ、呼ぶような距離でもなかったから…」

タクシーのことは頭に無かったらしい。

「……ふ、ふふ」
「え、なまえ?」

私が歩けるまで回復するのを待っても良かったのに、チョロ松は寝てる私を負ぶって家まで運んでくれた。寝ちゃった分も重かっただろう成人女性を抱えて、それなりの距離を、きっと文句も言わず歩いてくれた。それを思うと、なんだか急に笑えてきてしまったのだ。

ベッド脇に立つチョロ松の腕を引いて、二人でベッドに沈んだ。ギシリ、最近は二人分のこの音をよく聞いているような気がする。

「ありがとぉ、チョロ松」
「…っ、なまえ、酔ってるよね?」
「ふわふわはしてる」
「はぁ…水持ってくるから、寝てて」

私の上に覆いかぶさるような体勢だったチョロ松が、ベッドのスプリングを鳴らして立ち上がり、すぐそこのキッチンにお水を取りに行ってしまった。私はぼんやりと、ベッドに寝そべったままそれを待つ。寝転がっていると、気持ち悪さやぐるぐるとした眩暈は薄れてかなり楽だ。眠気は無くなったと思っていたけれど、こうしてぼんやりしていると、だんだんと瞼が重くなってしまう。そんなにお酒飲んだつもりなかったのになぁ

「なまえ、水飲める?」
「んー…」

返事ともつかない声が喉奥から漏れて、寝返りを打つ。気づけば瞼は完全に閉じているみたいだ。私の意志とは関係なく、目が全然開かない。

「結構重症かな…、いつもこんなに飲むの?」
「のんで、ないー…、お酒とくいじゃ、ないし…、おそまつ、が、…あいすてぃー…」
「おそ松兄さんが、アイスティー?……あッ、あのクソ長男…ッ」

なにか思い当たったらしいチョロ松の声色が、棘のあるものに変わる。おそ松がどうかしたのだろうか。

「コンビニ行って色々買ってくるから、それまで寝てて」
「うー、やだー」
「やだ、って…」

瞼は開かないので、手探りでチョロ松を探すと、溜め息ひとつのあとにチョロ松の手が私の手に触れた。チョロ松の手はちょっとひんやりしてて気持ちいい。その指に指を絡めて、くいっと引き寄せる。

「こーら、あとでつらいの自分だよ?」
「んー…」

なおざりな返事をしながら、ぐいぐいとチョロ松の手を引っ張る。実際は目が見えないから、チョロ松が今どんな状態なのかも分からない。けれど、手を振り解かれないということは、もうちょっと強引にしても許してくれるってことだと思う。

「ちょろ、」
「ん、?」
「おきるまで、いっしょにねて」

お願いというより、命令みたいに断言的な言い方になってしまった。語尾を上げるのを忘れたのではなく、もう呂律が上手く回らなかったのだ。

溜め息ともつかない吐息が聞こえて、ベッドがギシリと揺れる。いつものように隣に来て、いつもみたいに体がチョロ松の腕の中に収まる。暗くなった瞼の向こうを想像して、私は目の前の温かな緑に擦り寄った。

「…二日酔いで気持ち悪いって言っても知らないからね」
「んん…」
「もしかして明日までこんな状態?」
「んー…」
「いいけど…」

チョロ松の背中に手を回して、ぎゅっとすると、ぽんぽんと背中をあやされた。なんかもっと触ってたいなぁ、そう思って頭を胸にぐりぐりしてみたり、ぎゅうぎゅうと抱きついてみたり。その度にチョロ松は私の頭や背中をぽんぽんとあやす。

「もー…お前、寝る気あるの?」
「…んー…」
「………この、酔っ払い」
「よってなーいー…」
「酔っ払いはみんなそう言うの」
「よって、なーい…」
「酔ってるよ」
「うー…」

接着剤でくっつけたみたいに開かない瞼を、ぐっと持ち上げて、ぎこちない瞬きをぱち、ぱち。開けきらない目で、なんとかチョロ松を見上げてみた。チョロ松と目が合う。…なんだろ、なんか

「ちゅー、したい…」
「……は?」
「ちゅうしたい」
「……いや、なまえ、」
「ちゅーうー」
「ちょっと、待って、」
「んぷっ」

顔を近づけたら、チョロ松の胸に顔を押しつけられた。いつもは問答無用でいっぱいしてくるくせに、私からしたいって言ったら逃げるなんて不公平だ。

「んーんっ、ちょろっ」
「ほら、寝るんでしょ」
「うー…いつもは、やだって言ってもいっぱいするくせに…」
「…い、今はお前酔ってるし…」
「おしりいっぱい揉むくせに…」
「えっ!?もももも揉んでないよ?!」
「………」

無自覚だったのか。

「…んぅー…ちゅーしたいー…」
「はいはい、酔っ払いは寝てください」
「よってないのにー…」

チョロ松の胸に顔を押さえつけられたまま、ぎゅうぎゅうと抱きしめられて、あやすように頭をぽんぽんと撫でられる。そういえばさっきから、頭と背中ばっかりで、全然お尻触ってこないな。いつもなら寝るときの癖みたいに触って揉んでくるのに。

「ちょろまつ、今日ぜんぜんおしり触んないね…」
「お前の中でぼくはどんだけお尻好きキャラなの…?」
「キャラっていうか…」

事実だしなぁ。
ていうか、あーもう

「手ぇ、じゃまっ」
「ちょっとっ」

チョロ松の手を払って、体を起こしてチョロ松の首に抱きつく。そのまま驚く表情を浮かべるチョロ松に覆い被さるように、無理やりキスをした。それでもやっぱりチョロ松はなにもしてこない。不思議に思って顔を見ると、眉間に皺を寄せたチョロ松が目を閉じて口を引き結んでいた。

「…そんなに、やだった?」

不安になって訪ねると、チョロ松の目が薄っすらと開く。目が合うと、もっとつらそうな顔をしたチョロ松が、するり、温かな手のひらで私の頬を優しく包んだ。

「…嬉しいけど、だからって…ぼくの思うままにするのは違うじゃん…」
「…ちょろ?」
「なまえ、今酔ってるから」
「よってないよ」
「酔ってるよ。ちゃんと、酔ってるって認めて」
「よって、」
「なまえのために言ってんの」
「…よってる、…かも」
「うん、酔ってる。だから、今日は違う」
「ちがうって?」
「…いいから、もう寝なよ」
「?」

ぽんぽんとチョロ松があやしてくれるリズムに合わせて、今度は素直にチョロ松の胸に頭を預けた。認めた酔いのせいか、睡魔はすぐに私の瞼を重くする。

「…酔ってる子に、手は、出さない。…うん」
「……ふ、…んぅ…」
「あー…ほんと、…我慢、我慢…」
「ぐぅ…すぅ、…うぅん……ちょろー…」
「……………」
「…すき……」
「……………………………はぁ……」


悪魔の寝顔
ぐぅー…
この展開何度目だろう…
(2016.11.13)


前項 戻る 次項

ALICE+