昼下がりの公園で、のんびりベンチに腰掛けていると、遠くから見慣れた赤いパーカーが歩いてくるのが見えた。
「よぉーっす、なまえー」
「よっす、おそ松」
気だるげに手を挙げる笑顔のおそ松に、私も軽く手を挙げて答える。そのままおそ松は、私の横にどしっと腰を下ろした。
「いやぁ、二日連続で会うなんて、俺ら赤い糸でもついてんじゃねぇーの?」
「ちょっとハサミ買ってくる」
「待て待て待て。冗談でも傷つくからやめて」
おそ松がくいくいと小指を動かす動作がうざい。放っておいてベンチから立ち上がろうとしたら、腕を掴まれてそれは叶わなかった。とすん、とベンチにお尻が戻り、隣のおそ松が満足げに笑う。
「あっ!調べたからね!ロングアイランド・アイスティー!!なにあれ!?度数の高いカクテルじゃん!!」
「だから、俺は一言も酒じゃないなんて言ってないって」
「ほんとふざけんな、おかげで二日酔いですよ!」
「の割によく叫ぶね」
「自分の声が…頭に響く…うぐぐ…」
そもそも具合が悪いからベンチに座っていたことを今更ながら思い出した。
「起きたらチョロ松にめちゃくちゃ怒られるし…」
「ご愁傷様」
「おそ松は二日酔いじゃないの?私よりかなり飲んでたのに…」
「いやぁ、カリスマレジェンドにもなると二日酔いとかなに?みたいな?…嘘です、二日酔いしてるよ。だからそんな冷たい目で見るのやめて」
「うー…気持ち悪い…」
話してるだけでぶり返してくる吐き気を押さえ込めるために、ベンチの上で膝を抱えてみたり、背もたれに全身を預けてみたり、けれど気持ち悪さは全然晴れることがない。仕事を始めた当初に新歓だとかで飲まされて以来、はっきり言って人生二度目の二日酔いだ。初めて二日酔いになったとき、こんなにつらいなら一生お酒なんか飲まないとも思ったのに、まんまとおそ松に騙されてこんな有様だ。チョロ松にもおそ松を信じて飲むなとか、飲み代全額払うなんてなに考えてんだとか、それから多分日頃の鬱憤まで延々怒られたのだけど、正直具合が悪すぎてあんまり憶えていない。あと、お尻好きキャラがどうとか言ってたけどアレはなんだったんだろうか…、否定したかったのかな、でもチョロ松お尻好きだしなぁ…。ああそれから、最後に言われた「次は無い」って言葉が怖すぎて他のことがぶっ飛んだんだった。
「なに、なまえつらいの?」
「んー…そりゃ、つらいよ…」
身のやり場に困りながら、どうすれば一番楽なのかを必死になって探す私に、おそ松がいつものにやにや顔で聞いてくる。こいつも二日酔いのはずなのに、随分と余裕のある笑みだ。年季が違うのかな。
「んじゃあ、ほら」
「んう?」
ぐらぐら気持ち悪い頭を倒して隣を見れば、おそ松が自らの太ももをぽんぽんと叩いていた。なんだろう。
「…なに?」
「だーかーらー、こういうことっ」
「んわっ!?」
突然体を引かれて、私は抵抗する間もなくおそ松の膝を枕にしてベンチに寝転がっていた。ぱちくり、瞬きをして見上げた先には、いつも通りだらしない笑顔のおそ松だ。
「え、?」
「ほら、横になったら少しは楽だろ?」
「……うーん…まぁ」
結構硬くて、寝心地は最悪だけど。さっきまでより、気持ち楽かもしれない。ついでに頭まで撫でられてしまえば、これはもう甘えるしかないみたいだ。私は、押し寄せる荒波のような吐き気や頭痛を意識の外に押しやるように目を閉じた。世界が回る…。
「…昨日も思ったけどさ、」
「んー?」
「おそ松って、やっぱりお兄ちゃんだよね…」
「んだよ、今更。なに、惚れた?俺に乗り換える?」
「いや、それはないけど」
「あれよ!!」
「やめて、頭に響く、うるさい」
「なまえちゃん冷たい…」
言葉のわりに、おそ松の声は柔らかい。きっとお兄ちゃんと呼ばれるのが好きなんだろう。目を開けると、見えたのはおそ松の顔。さわさわと柔らかな風が頬や髪を撫でる中、私たちは惰性のように見詰め合っていた。
「俺さー…」
「…んー?」
「高校んとき、お前のこと好きだったんだよね」
「…へぇ」
「あ、驚かないんだ?」
「いや、なんか、同窓会で再会した男女みたいな会話だなと思って…」
「俺ら年中同窓会じゃん」
「まぁ、そうね…?」
あまりにも普段と同じトーンで話すおそ松のせいで、会話の内容が上手く頭に入って来なかった。そんなことより頭がぐらぐらするし、気持ち悪い。
「あー…二日酔い、つらい」
「自業自得」
「いや、殆んどおそ松のせい」
「元凶はチョロ松でしょ」
「そう…なのかな?」
「そうそう」
「くそう…チョロ松め…」
「ははは」
おそ松の適当な笑い声を聞きながら、詰めた息を吐いて、少しでも体に居座る不快な気持ち悪さを逃がそうと試みる。頭を撫でるおそ松の優しい手つきに、やっぱりおそ松はお兄ちゃんなのだな、とぼんやり思う。
「寝てもいいぜ」
「…うん、でも…」
私ってば、なんか忘れてる気がする…。
その時、近くでガサリとビニール袋の音がして、おそ松の手が止まった。なんだろう、と視線を動かしたところで、私は二日酔いでポンコツになってしまった自分の脳みそを猛烈に殴りたくなった。そして今までとこれからの記憶を飛ばしたい。
「なにしてんの?」
その声は、まだ辛うじて残暑の残る暖かな気温の中で、絶対零度の温度を持って放たれた。
「よぉーっす、チョロ松」
軽く手を挙げたおそ松の手を瞬時に払い落とし、虚ろに開いた目でこちらを見下ろす無表情の彼は、器用に口だけを動かしてもう一度私たち、いや、私に向かってこう言った。
「なにしてんの」
最早、疑問形では無い。彼が聞きたいのは、現状の説明でも、それに至った経緯でも、それに対する私の弁解などでもない。昨日の二の舞は嫌だと、無理やりチョロ松を外に連れ出した挙句、やっぱり気持ち悪くなって歩けなくなってしまった私に、だから言っただろと文句を言いながらも近くのコンビニで二日酔いに効くものを買いに行ってくれていたチョロ松の優しさ(と言うより、まるっと本人ごと)を忘れ、その彼の六つ子の兄であるおそ松の膝をなぜか枕にして寝ている私に彼が聞きたいのは、きっと「ぼくという者がありながら、お前は今なに考えてそのバカの膝に頭預けてるの?」ってことだと思う。広い意味の問い掛けに思えて、あまりにピンポイントで狭い意味のこの問い掛けに、正しい答えや、チョロ松を怒らせない答えなど存在しないのだ。潔く、怒られようと思う。
「あの、」
「なんだなまえ、チョロ松待ってたの?んだよーせっかく二人きりでこれからゆっくり愛でも育もうかと思ってたのにー」
「はあ?おそ松兄さん、それ、ぼくの彼女だから」
「寝取り上等!!」
「殺すよ、おそ松兄さん」
「んだよぉ、ケチケチすんなよなぁ。ほら、代わりに俺の彼女貸してやるから!」
「それただのAVだよね?!画面から出て来ない彼女となまえを一緒にすんのやめてくれる?!」
「あーうるせ、これだから童貞は」
「ぼくより道のり長そうなおそ松兄さんに言われたくないんだけど!?」
「アッ…なに、お前本当にまだ童貞だったの?あちゃー、こりゃ悪いこと聞いちゃった、めんごめんご」
「ウルセェェエー!!ほっとけコォルァア!!」
チョロ松の怒声に、私の脳みそが震撼している。二人の言い争いを止める言葉の代わりに色々なものを吐き戻しそうだ。
「あ、ほら、チョロ松があんまり大声あげっからー…、なまえ、大丈夫か?」
「だからそういうのやめてもらえる?!見ててムカムカすんだけど!!」
「二日酔いで弱ってる女の子に優しくすんのは当たり前だろー?それともなに、お前彼氏のくせに、これからなまえに土下座でも要求するわけ?正座させて説教とか?」
あ、おそ松さん、それ有り得ますね。
「んなことするために彼女が欲しいなら、他当たれよ」
「…ッ、な、」
「俺だって、…俺だって生身の女の子と裸でイチャイチャしたりゴロゴロしたりテレビや雑誌でしか見たことないあんなことやそんなことがしたいんだよォ…!!」
「お前こそ他当たれェエエイ!!!」
終始会話を聞き流していた私は、突然体を引っ張り上げられて、思わず胃が逆運動を起こしたのをなんとか堪えた。回転する視界を定めて見ると、私はチョロ松に肩を抱かれて立っているらしい。
「本当もうおそ松兄さんと話すと疲れる!なまえ、もういいから帰ろう!」
「うぇ、うん?」
「まぁ待て待てチョロ松」
「これ以上言ったら本気で殴るよ」
「いや、お前誤解してるからさぁ」
「誤解ってなに」
「ほら、俺だってべつに無闇矢鱈に女の子に優しくしてあげたいわけじゃないじゃん?」
「…………」
「なまえを未来の妹と思えばこそ、ついつい構っちゃうんだよねぇ」
「み、みらいのいもうとッて?!」
「え、予定ないの?」
「いっいいいやッ、そりゃ、そう、なれば、ぼくはっ、そりゃ…っ」
肩を抱くチョロ松の手が震えだしたので、何事かとチョロ松を見上げてみた。なぜか赤い顔で私を見下ろすチョロ松と目が合う。ん?どうした?
「そして義兄との淫らな夜…ってのどーお?」
「死ね!!!」
経緯を一切聞いていなかったのだけど、チョロ松が突然おそ松の逝去を望んで、私はチョロ松に引き摺られるように公園の出口へと向かわされた。
「なまえー!」
後ろから聞こえた声に振り返ると、おそ松がベンチの横でこちらに手を振っている。
「さっき言ったアレ、今もだから。ま、なにかあったらいつでも来いよー」
そんなことを言って、おそ松は笑顔のまま踵を返し行ってしまった。それをぼんやりと見送っていた私の肩をチョロ松がぐっと抱き寄せて、意識を隣に戻される。
「さっき言ったアレってなに」
「…なんのことだろう?」
「ぼくが聞いてんだけど?」
「え、だって、本当に分かんないんだよ」
本当に、私はおそ松が言っていたアレに心当たりが無かった。今もって言ってたから、なんか時間が関係しているものなのかもしれない。でも全然思い当たらない。
「…お兄ちゃんだってことかな?だから、いつでも頼れ的な?」
「いや、ぼくに聞かないでよ」
昨日から私の脳みそはポンコツになってしまって、さっきの会話ですらあまり憶えていない。そんなことより、まだチョロ松がご機嫌ななめなことのほうに意識が向いてしまう。朝から怒らせてばっかりだなぁ。
「チョロ松」
「なに」
「ごめんね?」
「………はぁ、いいよ、早く帰ろ?体、つらいんでしょ」
「ありがと」
チョロ松の手に下がっているビニール袋の中で、ウコンだとか栄養ドリンクだとかが揺れて音を立てている。その音を聞きながら、体重の大半をチョロ松に預けて歩く私は、本当に彼に甘えてばかりだ。こんなんじゃ、いつか愛想を尽かされてしまうんじゃないかと心配でもある。
ふと、チョロ松を見上げてみた。
「…なに?」
「ううん、べつに」
「つらいの?」
「つらいけど、大丈夫」
「歩けなくなったら言ってよ、無理させたいわけじゃないから」
「………」
「なまえ?」
自惚れだけど、その心配は大丈夫かもしれない。
「なんでもない」
「?そう」
「あ、やっぱり」
「ん?」
体を支えるチョロ松の手を離して、その手に指を絡める。
「頑張って歩くから、手、繋いでて」
「…………」
「チョロ松?」
「ここまで来ると、本当…魔性だよ」
「はい?」
「たまにムカつく」
「えっ!?」
ぐっと力強く手を引かれて、肩同士がぶつかった。
「ぼくはくっついていたいから、歩きにくくても頑張って歩いて」
やっぱり、杞憂かもしれない。
私たちは歩きにくいながらも寄り添って、家までの帰路をゆっくりと歩いた。
□
公園を出て、だらだらと帰路を歩きながら、なまえの頭の温かさだとか髪の滑らかさだとかを思い出してみる。
「…俺も、若いなー」
なんて、独り言を言ってみたりして。まぁ若いんだけども。あの状態じゃ、なまえは俺の言ったことなんて頭の片隅にも残っていないだろう。長い付き合いだ、それくらいのことは分かる。だから、このタイミングを利用したと言っても良い。俺ってば腐ってもお兄ちゃんだからね、弟の幸せを願うのも、まぁ仕事のひとつってことで。
…まぁでも普通にムカつくから、あとでチョロ松の秘密でもなまえに吹き込んでおこう。
閑話・未来の妹に愛を込めて
あー…妹もののAV借りて帰ろ
(2016.11.13)