最近マツッターで仲良くなった女の子と、雑誌で話題のオシャレなカフェでブランチを楽しむことになった。
僕だっていつまでもなまえちゃんばかりを追い掛けているわけにもいかない。以前から色んな女の子とデートはしてたけど、二人きりはなまえちゃん以外で初めてかもしれなかった。
そんなことにドキドキしながらも、結局話題は今季の新色がどうの、少女漫画みたいな恋がしたいとかそういうの。なまじ話が合うから恨めしいけど、あからさまに分かるほど初対面で友達枠確定の印を押されてしまったらしい。まぁ、べつに好みの子だったとかそういうんじゃなくて、僕ってなまえちゃん以外に恋出来るのかな、なんて漠然と心配になったりはする。
その子と解散してすぐ、僕は溜め息なんかをついてしまった。いかんいかん、これじゃまるで女の子とのデートに疲れたみたいじゃないか。…なまえちゃんとなら、そんなことないのに。
自分の未練がましさに頭を振って、時計を確認すると、時刻はまだ正午前。特にこのあと予定も無いからジムにでも行こうかなー、なんて考えながら、僕は家路に向かって駅への道を歩いていた。
あの子に今日のお礼を絵文字いっぱいのLINEで送って、またも、ふぅと一息。やっぱり疲れたのかもしれない。
今日はジムはやめて家でごろごろしようかな、なんて呑気に構えていたからだろうか。
僕の安穏とした今日の予定は、突然目の前に現れたお馴染みの顔によって、脆くも崩れ去ってしまうのだった。
「トド松、今暇だろ?暇だよな?よし、お前も来い」
「はあ?えっ、や、ちょっと!」
有無を言う暇も与えず僕の腕を掴んだチョロ松兄さんは、僕がたたらを踏もうとも関係なく僕を引き摺って行こうとする。文句を言おうと顔を上げたら、隣に文字通りずるずると引き摺られている同じ顔を認めて、出そうとした文句を引っ込めた。
「一松兄さん!?なにしてんの?!ていうか、なにこれ、ボクらどこに連れて行かれるの?!」
「知らないよ…おれも急に拉致られたんだから」
なんでそんなに静かなのかと思ったけれど、多分もう一松兄さんは存分に抵抗したあとなのだろうと思った。それでもチョロ松兄さんが無理やり連れて行こうとするから諦めた、そんなところに違いない。だって一松兄さんの目には既に闇が宿っている。
だいたいチョロ松兄さんがこんな切羽詰まった行動を取るなんて、よっぽどのことだ。そして、チョロ松兄さんがよっぽどのことに直面するとすれば、それは十中八九なまえちゃんに関連することに間違いない。そこまで考えて、僕も抵抗するのを止めた。なまえちゃん関連なら僕にだって知る権利があるし、正直知っておきたい。
もし別れるなんて話だったら、それは僕にとって吉報なのか凶報なのか。
着いた先はなんてことない、いつもの居酒屋だった。これは間違いなくヤケ酒愚痴コースだ。一松兄さんもうんざりした表情を隠しもしない。まぁでも僕としては、うんざりよりも少し興味のほうが勝ってしまったのが事実。
僕らは適当なテーブル席に案内され、とりあえず全員が生を頼んだ。
「ここチョロ松兄さんの奢り?」
「ふざけんな、んな金あるかよ」
にべもなく切り捨てたチョロ松兄さんは、既に目が据わっている。まだ酒は入ってないはずなんだけど。
隣を見ても、同じように目が据わった一松兄さん。安易にこの場に参加してしまった自分を、僕は早くも憎み始めていた。
程なくして運ばれてきた生三つにお通しの枝豆、僕らの目の前で勢い良く生ビールをぐっと煽ったチョロ松兄さんは、僕らが目を丸くしたことに見向きもせず、そのままぐびぐびと一気にジョッキを干してしまった。
これは、まずい。
チョロ松兄さんは、典型的な酒に飲まれるタイプの酒飲みだ。
というか、この場に居るのは兄弟の中でも酒に強くない面子ばかり。中でもチョロ松兄さんの酒癖の悪さったらない。
僕みたいに飲みすぎると具合が悪くなるか、一松兄さんみたいに寝ちゃうタイプならまだ可愛いと思うのだけど、チョロ松兄さんは酒が入ると本性が前面に曝け出されるタイプだから本っっっ当に面倒くさい。
ドン、とテーブルにジョッキの底が叩きつけられて、チョロ松兄さんはすぐに店員さんを呼びつけておかわりを頼んだ。
「ちょっと、チョロ松兄さん、飛ばしすぎ!」
「っんとに、クソムカつくんだよ…あんのクソ長男んんん…ッ!!」
怒りの矛先がこんなにも分かりやすいことって、あまりないよね。
隣の一松兄さんは、手羽先を注文しながら我関せずの姿勢を崩さないし、これは僕が聞かなきゃいけない雰囲気みたいだ。本当、末っ子ってなんでこんなに面倒な役が回ってくるんだろうか。
「おそ松兄さんがなんかしたの?」
「あのバカ!なにしたと思う!?」
「うん、今それを聞いたんだけど」
「ああもう…、あいつ、なまえに…」
ああ、やっぱりなまえちゃん関連だったか。チョロ松兄さんはおかわりの生を飲みながら、怒りに震える口元で枝豆を齧っている。既に顔は赤くて、ジョッキももう半分だ。
僕はちびちびとアルコールを摂取しながら、目の前の兄が歪んだ顔で管を巻くのをじっと待ち構えている。なんていい弟なんだろうか、あとで絶対なにかで返してもらおう。
「…………」
「…………」
しかしこの兄、一向に本題を話さない。隣を見れば、もう一人の兄がマイペースに手羽先を貪っている。なんだこの空間。
「それで、おそ松兄さんがなまえちゃんになにしたわけ?」
痺れを切らして聞いてみるも、チョロ松兄さんは言いにくそうにもごもごと口ごもってジョッキを呷るばかり。こんなに沈黙を守られると、逆に凄く気になるし、あのバカ松ならなまえちゃんに信じられないことをしてそうでとても心配だ。
「チョロ松兄さんってば!もう、普通そんな変なところで話しやめる?気になるから、ちゃんと言ってよ!」
つい語気を荒げてしまったのも、なまえちゃんを心配する気持ちからだ。そんな僕の気持ちが通じたのかどうかは知らないが、チョロ松兄さんが小さくなにかを呟いた。
「……た、んだよ」
「え?」
「だからァ!なまえに俺のオカズをバラされたんだよ!!」
「……は?」
ちょっと、大きな声で言われても理解が追いつかなかった。え?そんなことで怒ってたの?いやまぁ、確かに自分の彼女にナニするオカズがバレたのは恥ずかしいことだと思うけれど、なまえちゃんならそこらへん理解あるほうだろうから、そこまで怒る案件でもないような気がする。
「え、それだけ?」
「それだけってなんだよ?!」
「ていうか、チョロ松兄さんのオカズってなんだったの」
ここにきてやっと一松兄さんが口を開いた。手羽先二皿分を既に骨の山にして、暇を持て余したのかもしれない。
「……なまえの、写真」
「…はあ?!ちょっと待って、それってもしかしてボクから巻き上げた写真じゃないの!?」
以前梅竹さんの家でちょっと口を滑らせてしまい、僕のなまえちゃんコレクションは全てチョロ松兄さんに取り上げられてしまったのだ。それをオカズにするだけならまだしも、なまえちゃんにバレたとなれば、それはまずい。
「バレたってことは、まさか…」
「……うん、なまえに全部燃やされた」
「ファーック!!本当あげるんじゃなかった!!アレ、ボクが高校の頃から撮り溜めたやつなんだからね?!本当ありえないんだけど!?」
「仕方ないだろ?!ぼくだって死守したかったよ!!でも、なまえの部屋に置いてたのが見つかって「コッソリならまだしも、なんで私の部屋にあるの?!」って凄い剣幕で、ぼくがなにか言う前にはもうバケツに入れて燃やされてたんだよ!!」
「なんでなまえちゃんの部屋に置いといたの」
「そうだよ!!なんで本人の目につくような場所に置いておくかな?!」
「だって、家に置いといたらお前らに超絶可愛いなまえの色々な写真を見られるかも知れないだろ!?だから、使うときだけ持ち出して保管はなまえの部屋にしといたんだよ!!さすがになまえの部屋でシたことはないよ!!」
チョロ松兄さんは、独占欲がゆえに墓穴を掘ったということらしい。「あのバカ松がバラさなきゃ…」と頻りに言っていたけど、正直遅かれ早かれの結果だったと思う。なまえちゃんは案外綺麗好きだから、例えば部屋の掃除をしているときだとかに見つけていたはずだ。バカはどっちだ、とはさすがに言わなかった。
現物が無くなったことは僕もショックだけれど、ネガやバックアップが無いなんて一言も言ってないしね。高校時代の水泳授業のときに撮った写真なんかは永久保存版だ。…盗撮はしてないよ?
「ていうかチョロ松兄さん、本人が居るんだからオカズなんて必要無くない…?」
一松兄さんのその発言が、空気を一瞬にして凍りつかせた。
「……………」
「……………」
「……………え、ごめん、まだだったの?」
「うるせぇェエエエエ!!ごめんとか言うな!まだとか言うな!!」
そうだと分かってはいたけど、改めてホッとした。クソ童貞の沼は深いから、チョロ松兄さん如きがそう易々と抜けられるとは到底思えない。ぃよしッ!!
「チャンスはあるんだよ…!そういう、雰囲気っていうのかな?童貞のぼくでも分かりやすい感じの瞬間っていうのがさ!?」
「それで?」
「ぜんっっっぶスルーされるんだよ…」
「「あっ……(察し)」」
「察するなよッ!!違うからね?!べつに無理に迫ってるとか、ぼくのタイミングが悪いとか決してそんなわけじゃないんだ!!そのはずだ…っ!」
「ま、焦ることじゃないんじゃない?なまえちゃんだって心の準備みたいなのもあるかもしれないし」
「トド松…っ」
そんな日は一生来なくて良いと思ってるけどね。
「チョロ松兄さん、おれ思うんだけど」
「ん?」
「…それ、暗に拒否られてるんじゃないの?」
時間が止まった気配がした。
一松兄さんの一言に突然ゲロったチョロ松兄さんは、店員さんを困らせた挙句只今トイレに引き篭っている。
ゲロった瞬間は驚いていた一松兄さんだったが、チョロ松兄さんが暫く席を外していることで落ち着いてきたらしい。一杯目の生を半分残したまま、呑気にドクぺなんて飲んでいる。
「一松兄さん…、まずいよ、チョロ松兄さんアレでメンタル結構弱いんだから」
「まさかゲロるとは思わなかったし…」
「そりゃまぁ、ボクもあそこまでとは思わなかったけど」
なまえちゃんのことに関して、チョロ松兄さんのメンタルはこれでもかと言うほど虚弱になる。それは以前の出来事で理解はしていたが、まさかここまでとは。
そうこうと話していると、蒼白い顔のチョロ松兄さんがふらふらと戻って来た。
「えっと…大丈夫?」
「…………ぐすっ」
「泣いた!!あいやチョロ松兄さん、なまえちゃんが暗に拒否るとかそんな回りくどいことするわけないじゃん。なまえちゃんって結構ストレートに物言うほうだし!」
「でもなまえちゃん気遣い出来る子でもあるから…」
「っうううう…ッ」
「一松兄さん余計なこと言わないで!!」
「ぼ、ぼくは…もう、ダメなんだ…一生クソ童貞のまま死んでくんだ…っふぐ、うぐっ、うああああッ…」
「ほらもう面倒くさい!一松兄さんのせいだよ!!」
「チッ…めんどくせぇな…」
テーブルに突っ伏して泣き出してしまったチョロ松兄さん。メンタルが綿飴すぎて面倒くさいしうざい。
「チョロ松兄さん、」
「ふっ、うぐ、いちまちゅぅ…っ」
「べつにおれは一切悪くないけど悪かったと言っておくよ全然まったく一つも悪くないけど。でもよく考えてみてよ、チョロ松兄さんは本当になまえちゃんとそういうことがしたいの?」
「えっ…」
「心の繋がりだけじゃ不満ってこと?」
「そ、それは…」
「第一にチョロ松兄さんは本当になまえちゃんと付き合ってるの?」
「えっ」
「それはチョロ松兄さんの妄想で、本当はなまえちゃんはただの友達なんじゃないの?」
「えっ?」
「いやそもそもなまえちゃんなんて子はこの世に実在するのかな?そこから全てチョロ松兄さんの妄想なんじゃないのかな?」
「……えっ!?」
「えっ!?じゃねぇよ!!居るよ?!なまえちゃん!!実在するからね?!一松兄さんもなに言ってんの!?チョロ松兄さん今メンタルおかしいんだから、更にややこしいことになるでしょ!?」
「いや、根本的な原因を無くしてあげようと思って…」
「鬼かお前は鬼か!?」
精神科医も真っ青な一松兄さんのマインドコントロールにすっかりヤられて、うわ言のようになまえちゃんの名前を呼んでるチョロ松兄さん。さすがに不憫だし気持ち悪いし、このままだと本当に病みかねないので、僕はこの場をなんとかやり過ごすために一松兄さんが残した中ジョッキを引っ手繰ってチョロ松兄さんに差し出した。
「ほらチョロ松兄さん!飲んで飲んで〜!今日はじゃんじゃん飲もうよ!!」
「なまえ……なまえ…っ…」
「ハイ!飲もう!!」
顎を鷲掴んで、温くなった生ビールをチョロ松兄さんの口に流し込んだ。ついでに次のお酒を注文して、僕が残していた生ビールも流し込んでおく。ガポガポ言ってはいたけど、なんとか飲んでくれたみたいだ。あとはもう、酒の力頼み!!
「はいチョロ松兄さん次つぎぃ!どんどん飲もう!飲んで忘れよう!!」
「なまえちゃんのことを…」
「しつこいよ!一松兄さん!!」
それから、酒が来たら飲ませるを繰り返し、なんとかチョロ松兄さんはテーブルに沈んでくれた。
「ふぅ…、よし!」
「これ、チョロ松兄さん死んだんじゃないの…?」
「ちょっと眠ってるだけだよ。メニュー表の端から順に飲ませたから、ちゃんぽんされて良い具合に記憶無くしてくれるでしょう!」
「鬼畜かよ、このドライモンスターが…」
人聞きの悪い。むしろ僕は兄思いのいい弟だと思うんだけど。
やっと静かになった席で、一息ついた僕もお酒を呷る。一松兄さんは相変わらず静かにドクぺと手羽先のコラボを楽しみながら、沈んだチョロ松兄さんをぼんやりと眺めている。僕はそんな一松兄さんを横目に見て、気になることを聞いてみることにした。
「あのさ、一松兄さん」
「なに?」
「一松兄さんって、なまえちゃんのこと好きなの?」
「は?なに急に」
「いや、気になって」
「あ、そ…」
「うん。で?」
「なに」
「だから、なまえちゃんのこと」
「…べつに」
「べつに?」
「……………」
「……………」
「…べつに、お前に関係ないでしょ…」
「ふぅん。ま、いいけど」
そこで会話が途切れて、周りの席の喧騒だけが聞こえてくるようになった。
「…お前は」
「んー?」
「お前はどうなの…」
「なまえちゃん?」
「うん」
「好きだよ、ずっと」
「………」
「まぁボクの場合、高校の時に三回も振られてんだけどねー」
「お前…メンタル強いな…」
見開いた目と寄せて吊り上げた眉、一松兄さんは羨望にも似た表情で僕を見る。メンタルが強いわけじゃなくて、なまえちゃんが変わらず接してくれるおかげなんだけどね。…まぁ、そのおかげでぐずぐずずるずると引き摺ってるわけなんだけど。
「ぼくは一回で諦めたのに…」
「………えっ!?一松兄さんもしかしてなまえちゃんに告ったことあんの!?」
「まぁ…」
「マジで…」
衝撃の事実に愕然とする。あの真性コミュ障の暗黒大魔界底辺地獄ネガティブ闇松兄さんが、女の子に告白!?猫かトト子ちゃんにしか興味ないと思ってたのに、これは大ニュースだ。
「因みに聞くけど、なんて告白したの」
「はあ!?い、言うわけないだろ…」
「いや、超気になるんだけど。せめて、なんて断られたのかくらい教えてよ。ていうか、いつ告白したの?高校生のとき?え、どこで?」
「言うんじゃなかったって後悔させんのクソ上手いなお前…」
結局、一松兄さんはそのあと本当に貝みたいに口を閉じてしまった。強情な闇松め。しかし、僕は知っている。
貝ってのは熱すると口を開くのだ。
童貞たちの昼下がり
さあ熱しますか。
(2016.11.22)